極道と徴税の対価
「さすがは組一番のトラブルメーカーだけはありますね、サブは」
それは、人間世界で言えば、十分ほど前のこと。
アロガ王の装飾品を売った金で新たな馬を買った後、ずっとサブのことを探していた
巨獣の咆哮が聞こえた方向を見やって、騎乗のマサはため息をつく。
「完全にサブがいる位置と一致してますよ」
遠目に見える巨大な動く影、それがこの世界特有のモンスターであろうことは一目瞭然だった。
「もう食われてたりすんじゃねえかな?」
二人は馬を並走させて先へと急ぐ。
そして、ちょうどそこへ逃げて来た兵士達と遭遇する。
「何があったんですか?」
通りすがりの旅人のフリをして訊ねるマサ。
「人喰いの巨獣が出たんだっ」
「なんだ、なんだ、それで逃げて来たってのか?」
「こんだけの数がいるのに、随分とだらしねえな、おい」
そこへやっと追いついた領主のプルエル公、肥満体型だけあって走るのも遅い。
「貴様らっ、邪魔だっ!!」
「どけっ!! 早くどかんかっ!!」
他人から偉そうに命令されるのが大嫌いな石動は、すでにこの時点でカチンと来ていた。
「貴様っ! 私を誰だか知っておるのかっ!?
ただの領主ではないわっ! 王家の血筋を引く者ぞっ!」
「ほぉっ、王家、ねぇ……」
「もしこの私に何かあれば、アロガ王も黙ってはおらんぞっ!」
プルアルはそう言えばひれ伏すとでも思っていたのだろうが、
「ああっ、アロガ王だろっ? よく知ってるぜっ」
「この間も城に招待されちまってなぁ、
まぁ、言ってみればあれだ、
――若頭も、そんな
城に招待されたってのは、あながち間違いじゃあないんでしょうけど
マサは内心そう思いながら、ため息を吐く。
「お前ら、今来た道を戻りな」
石動のその言葉は、正義感から出たものではない、マサにはそれが分かっている。
「村の奴ら、みんな喰われちまうんじゃねえか?」
「馬鹿を言うなっ! 外地の人間なんぞの為に命を賭けられるかっ!」
まるで助けてやる義理はないとでも言いたげな兵士達。
兵士にしてこれなのだから、領主は推して知るべし。
「こんな巨獣が出るようなところにおられるかっ!」
「こうなれば、こんな僻地は捨てて、さっさと内地へと帰らせてもらう」
「そうか、なるほどな」
「だが、どっちにしろ、おめえらは、
生きてこの先には進めねえぜ?」
そう言うと
馬が銃声に驚きいななく。
銃の脅威を、この世界の人間に分かりやすく理解してもらうためには、これが一番てっとり早い、そういうことだろう。
「まぁ、今のお前らには、二択しかねえよ」
「ここで俺に撃たれて死ぬか、戻って化け物を退治するか」
「どっちがいいか、選びな」
そこからは、カウボーイに追い立てられる牛の群れ、もしくは羊飼いに先導される羊達のごとく、領主と兵士達は石動の空砲に怯えながら、一度逃げ出した村まで戻って来たのだった。
-
しかし、戻って来たところで、兵士達に積極的に巨獣と戦う意志が無いのは明らか。
「おい、なんだ? 戦わねえのか?
おめえらよくそれで、偉そうに兵士とか名乗ってられんな?」
「いっそ、お前らが喰われてくれれば、このワンちゃんもお腹一杯になって、山に帰ってくれるかもしれねえぞっ?」
石動が本気なのか冗談なのかまったく分からない兵達は、戦々恐々としている。
ただ唯一、サブがスピードを活かして巨獣をかく乱しているが、その手には武器も何も無い。
「手負いの獣は厄介だからな
まぁ、一撃で仕留めたいところだ」
「おうっ、サブ、そいつの動き止めろっ」
石動がそう言うと、マサは叡智のノートパソコンを覗き込みながらサブにアドバイスをはじめる。
「いいですか? よく聞いてください。
あなたは身軽ですばっしこいですからね。
あの女神もあなたの特性に合わせて、ステータスをアジリティにほぼ全振りしています」
「捨ていたすとか味リッチとか言われても、ワイにはよう分からんのやけど……」
「捨て致したら味がリッチってどういうことやねんっ!? なんや? ワイに喰われろっちゅうことかっ!?」
サブのいつもの独りボケ独りツコッミを放置して、マサは説明を続ける。
「ただ、それでは攻撃力が圧倒的に不足してしまいますから、殴る瞬間だけあなたが頭に思い描いた鈍器を使うことが出来ます」
「それがあなたが女神に与えられた真の能力なんです」
サブが領主の頭を殴った時も、酒場で喧嘩する際にいつも使っているビール瓶が、たまたま頭に浮かんだということなのだろう。
「通常の場合、重い武器を持ったまま動いたのでは、当然動きが鈍くなってしまう訳ですが、攻撃するインパクトの瞬間だけ重い武器を手にすることで、最速の動きのまま超重量級の攻撃が出来るという訳です」
「いやいや、まったく分からんからっ!
簡単にっ!簡単に頼むわっ!」
「まぁ、要するにですね、相手の死角に回って、何か重くて硬い物を思い浮かべてください」
「なんやよう分からんけど、やってみるわっ!」
俊敏な動きで巨大狼の背後へと回ったサブは、筋力五倍の跳躍力で一気に敵の頭上へと飛び上がり、そのまま攻撃へと転じる。
頭に思い浮かべた物を手に殴りかかるサブ。
しかし、そこでサブが手にしていたのは……
どこかのお寺にありそうな人間大ぐらいの仏像らしきものだった。
確かに巨獣の後頭部にヒットはしたが、当然ながら致命傷にはほど遠い。
「おいっ、もしかしてあいつ、重くて硬いの意味、間違えてねえか?」
「確かに、重厚そうで堅いイメージではありますが……」
「おいっ、サブの頭じゃ、そんな難しい能力、使いこなせないんじゃあねえのか?」
「えぇ、確かに……予想以上に残念な感じです。
サブにはイマジネーションが足りていないかもしれませんね……」
「特性を活かしたって割には、サブの脳ミソの出来まではまったく考えてねえな、あのクソ
「頭上からとんでもなく大きな鉄球みたいな重い物を落とせばイチコロなんですけどね」
「使い方によっては、我々の中で一番チートですよ、あの能力は」
「兄貴っ、すんませんっ、これぐらいが限界ですわっ」
「馬鹿野郎っ、限界なのはおめえの脳ミソのほうだよっ」
「まったく、馬の耳に念仏、豚に真珠ってやつだな……」
そこで、石動は思い出す。
「おいっ、そこの豚」
はるか後方に隠れて震えている領主プルアル公のことを。
「お前だよっ、デブッ」
呼びつけられて、おそるおそる石動に近寄るプルアル公。もう傲慢さは微塵も見られない、完全にびびっている。
「また、いかにも贅沢の限りを尽くしましたって感じの、だらしねえワガママボディだな、おい」
「どうせ、領民から金を巻き上げて、私腹を肥やしまくってたんだろ?」
プルアル公のぷにぷにのお腹の肉をつまむ石動。
「だから、こんな腹になっちまってんじゃねえか」
「いや、そこを責めてる訳じゃあねえ、
まぁ、俺ら極道も似たようなもんだからな」
「まぁ、でもよ、だからこそよ」
「だからこそ、こういう時は、領民のために体はらなきゃならねえ、そうは思わねえか?」
「えっ? …… いやっ、あのっ、そのっ……」
返事など、最新から聞く気はない。
「そうかい、そうかい、そうこなくっちゃなぁ」
領主プルアルの胸ぐらを右手で掴んだ石動は、そのまま片手でひょいっと持ち上げる。
「じゃあ、頑張って、
体はって来てくれやっ!」
そしてそのまま、元々の常人離れした馬鹿力プラス五倍の筋力を存分に発揮して、プルアルを宙へと放り投げた。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
投げ飛ばされたプルアルが落ちたのは、ちょうど巨獣の目の前。
唸り声を上げ、大きな赤い瞳で眼前の獲物を見る巨大な狼。
「ひぃぃぃぃぃっ」
プルアルは腰を抜かして立つことすら出来ない。
次の瞬間、その丸々と肥えた体に巨獣はパクっと嚙みついた。
「おっ、ようやく動きが止まったな」
巨獣の頭の方向も、位置も、すべてが石動の想定通り。
その一瞬を逃さず、石動は巨獣の眉間を銃で撃ち抜く。
「ワンちゃんには悪いがぁ、
舎弟の『一宿一飯の恩義』がかかってるんでなっ」
石動はそのまま、続けて鉛弾を何発もぶち込む。
人間世界には居なかったこんな巨大なモンスターが、いくら眉間とは言え、銃弾一発で死ぬとは限らない。
巨獣が完全に動かなくなるまで、石動は銃を連射し続けた。
-
移動手段を失った兵士達がとぼとぼと歩いて帰りはじめた頃、生き残った村の人々が、ようやく姿を見せ集まって来る。おそらく家の中や森に隠れていたのだろう。
マスノ、サゼヌ、タミラの一家はサブ達に何度もお礼を言った。
「おじちゃん、ありがとう」
「どや、タミラちゃん、今度こそワイに惚れてしまったやろう?」
「だから、大きくなったらワイと結婚しようやぁ?」
「それは無理」
「かぁっ~、あいたたたたっ、
タミラちゃんは手厳しいわぁっ」
「でも、ちょっとカッコよかった」
「ありがとう、おじちゃん」
タミラの愛くるしい笑顔にメロメロのサブ。
乗って来た馬の無事を確認し、再び馬に乗り、地平に沈む夕陽の中へと消えて行く三人。
その去り際に、石動は村人達に向かって言った。
「なぁ、あんたら、
こんなロクに守ってももらえないような国に金を納めるのはやめて、その金を俺に払わねえか?」
「そしたら、俺が守ってやるよっ」
「魔獣からも、魔王からも、軍隊からも……
もちろん、この国の軍隊からもなっ」
「まぁ、その気になったら、いつでも言ってくれっ」
「もう一頭馬を買わないと、ですね」
馬が二頭しか残っていなかったので、マサとサブは二人乗りで行くしかない。
「しかし、さすが兄貴やっ」
「あのクソ領主が、死んでもいいようなロクデナシなのもお見通しだったなんて」
「まぁな、ああいう輩は匂いがすんだよ、
下衆野郎の匂いがな」
本当のところ、石動には今回の騒動の背景やら、あの領主が死に値するような人間の屑であるとか、そんなことはどうでもよかった。
自分が気に入るか、気に入らないか、本当にただそれだけのこと。
「しかしまた、とんでもないことを言ってましたね」
サブはいつもの癖で眼鏡を指で押す。
「そうか? みかじめ料とか、極道の世界じゃ、よくある話じゃねえか」
「やはり、自覚はないんですね」
「今の国に金を納めるのを止めて、自分に払え、その代わりに守ってやるって、それはもう独立国家みたいなもんですよ」
「独立国家ねえ」
「まぁ、そういうのもいいじゃねえか」
騎乗の
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