極道と人喰い巨獣

「あかんかぁ……あかんのかぁ……」


覚悟を決め、領主をる気満々だったサブではあったが、いかんせん敵の数が多過ぎた。


ヒーリングで回復した後、三十名もの兵士達を連れて戻って来た領主プルアル公。敵もまたやる気満々だったということか。


女神から与えられた自らの能力について何も知らない今のサブには、それだけの兵士達を一度に相手にするのは荷が重かった。


兵士達に殴られ、蹴られと、ボコボコにされている。



サブに言われた通り、マスノとサゼヌは再びやって来た領主と役人、そして兵士達の前にサブを差し出して許しを請う。そこまでは計画通り。


サブは自身のすばっしこさを活かして、隙をついて敵の剣を奪い、領主を刺し殺す予定だったが、サブが領主の前に差し出された瞬間には、もうすでに重量級兵士の膝蹴りがすでにサブのみぞおちに決まっていた。


あっけなく先手を取られてしまったわけだ。


息も出来ずに倒れ込んだサブに容赦ない兵士達の暴行、そして現在に至る。


そもそも、計画があまりに雑過ぎたのだが、その辺りが自他共に認める馬鹿たる所以ゆえんでもあろう。



「娘がどこにもおりませんっ」


願いむなしく、マスノとサゼヌを捕らえた兵士達は、娘のタミラが家の中に居ないことを領主に報告する。


万一の場合を考えて、タミラだけはここから少し離れた畑で、背が高い草木の中に隠れているように言って聞かせてあった。


 ――せめて、せめて、タミラちゃんだけでも

 やり過ごしてくれや……


「貴様らっ! 娘をどこに隠したっ!!」


マスノもサゼヌも固く口をつぐんだまま。


「この辺り一帯をくまなく探せっ!」


「貴様ら、いいか覚えておれよっ、

母娘ともども私の慰み者にしてくれるわっ!」


「まぁ、娘こそがメインディッシュだがなっ」


もはや自身の変態的な性癖すら隠そうとしない領主プルアル公。


その言葉を聞いたマスノとサゼヌ、祈るような、苦悶の顔がその心中を体現していた。


-


馬のいななきが聞こえる。


その鳴き声に、もしかしたら石動が助けに来てくれたのではないかと淡い期待を抱いたサブだったが、それは一瞬にして絶望へと変わった。


狼に酷似した巨大な獣。

それは全長十メートルを優に超えている。


それが、領主と兵士達が乗って来た馬車、その車を踏み潰し、馬を喰い散らかしている。


「あっ、あの目は……」


夜道でサブが見た巨大に赤く光る二つの目、その正体がこの巨大な獣であった。



ウオォォォォォォォォォォーッン


馬を喰い尽くした巨獣は、天に向かって咆哮を上げると、その音が伝播して、周囲の空気すらも震えている。


その巨大な姿を見上げていた兵士達は、次の獣の行動を見て愕然とした。


「な、なんてことだっ……」


馬を喰い尽くした獣は、馬車の見張り番をしていた兵士をも喰った、鎧ごと。


それはこの獣の前では、防具は何の意味もなさないことを示し、兵士達の戦意を喪失させ、恐怖を増大させるには十分だった。


「う、うわぁぁぁぁぁっ」


畏怖に支配され、理性が決壊した兵士達は、我先にとその場から逃げはじめる。


「ま、待てっ、待たぬかっ!」

「私を、私を守らんかっ!」


領主プルアル公ももちろん走って逃げるが、肥満体系であるために足はかなり遅い。


プルアル公が連れて来た兵士達は、この地がアロガエンス王国の領土となった際に、内地から赴任して来た者達ばかり。


ここでの任期が終わるまで適当に任務をこなそう。みんながみんな、そんな腰掛け程度の気持ちだったのだから、この土地や地元民に対して、誰一人、愛着を抱いてなどいるはずがなかった。むしろ、こんな外地の僻地で死んでしまってはたまらない、それが彼らの本音だろう。



蜘蛛の子を散らすように、兵士や村人達が逃げて行く様を、巨大な狼は首を振ってキョロキョロと見回している。どの人間から餌にしようかと吟味していたのかもしれない。


巨獣が歩き出した方向を見て、殴られて倒れていたたはずのサブが、飛び跳ねて起きる。考えるよりも先に勝手に体が動き出していた。


 ――あかんっ!!

 そっちにはタミラちゃんが隠れてる畑があるやんけっ!!


 何があってもここを動かないで、じっとして、隠れていて


 ワイ、タミラちゃんにそう言ってしまったやないかっ!!


サブは無我夢中で、ただひたすらに走る。


 ――子供にとって大人の命令は絶対やっ


 それがどんなに理不尽なことでも、無茶苦茶でも、ぐっと我慢して服従せなあかん


 子供ってのはそう思ってしまうもんなんや……

 ワイがそうだったように



そこでサブはようやく、女神から与えられた自身の能力の一端を垣間見る。


 ――ワイ……こんなに速く、走れたか?


転生前から素早さと身軽さには自信があったサブだが、それでもその速さが尋常ではないことを感じていた。


そもそも、夜道でこの巨大な狼から逃げ切ったのも、この脚力があったからこそなのだが、そこまではまったく頭が回っていない。


 ――こんなん……

 まるで、空飛んでるみたいやんけっ


村人を喰いながら進む狼を尻目に、先に畑へと辿り着いたサブは、生い茂る葉に隠れ、じっと丸まって、震えているタミラを見つける。


「タミラちゃんっ!!」


「……おじちゃん」


不安げで泣き出しそうな顔で隠れていたタミラ。


「よう、頑張ったっ」


タミラを抱っこすると、今来た道をサブは一目散に戻って行く。


-


マスノ、サゼヌの元へとタミラを連れて帰ったサブだったが、次の餌を求めて向きを変えた巨大な狼は、徐々にこちらへと進んで来る。


「ここはワイが食い止めるからっ、

あんた達は、逃げるんやっ」


俊敏で、一歩のスライドが数メートルはあるだろう巨大な狼が、本気で走って向かって来たら、すぐに追いつかれるのは一目瞭然。間違いなく、逃げられるはずがない。


「ワイが、時間を稼ぐから、この巨体では入れないような、どこか狭いところに隠れるんや」


「しかし、それではあなたが……」


この世界にありながら、心底善良なマスノはサブを心配する。


「ワイは極道やからな……」


「ここの領主みたいな悪どいこともするし、人から金を巻き上げるし、女だって風呂に沈めるわ……」


「この犬コロみたいに、すぐに暴れ回って、世の中に迷惑をかけたりもする」


「えぇーっ!」


突然のサブのカミングアウトにマスノは困惑の色を隠せない。


「そいつらとワイは、何が違うんやろなぁ……」


「せやな……」


「死んだ親父おやじさんも、兄貴も、いつも言ってたわ」


「受けた恩は必ず返さないとあかん、例え、命に代えてでもって」


-


サブは巨大な狼に向かって正面から突っ込んで行く。


「こっちやっ!!」

「来いやっ!ワンコロッ!」


そして、巨獣の注意を十分に引き付けてから、右に曲がる、さらには左。


「ワイはな、お化けじゃなかったら、コワくないんじゃあっ!」


さすがに直線勝負では野生の巨大狼にはかなわない、そのことをサブは本能的に理解していた。


突っ込んで来た獣をかわし、大きく跳躍するサブ。


筋力五倍の跳躍力は本人も驚くぐらいの高さまで飛び上がり、そのまま巨獣の体に背中に飛び乗った。


「ワイかてなあっ、威勢会いせいかいの狂犬と呼ばれとるんじゃあっ!」


手に武器を持たないサブは、そのまま獣の背中に思いっきり嚙みついた。


「お前が人間喰うっちゅうんならなあっ、

ワイかて、お前のこと喰ったるわいっ!!」


もうめちゃくちゃな言動。闘争本能、勢いと気迫だけでなんとかなるものではないが、それでもサブは命賭けだ。


巨獣からすれば、蚊に刺されたぐらいのものかもしれないが、それはそれで異物感があって鬱陶しいのは間違いない。


巨大な狼は、犬が蚤を追い払うかのように体を回転させて、地面にこすりつける。


危うく押し潰されそうになるサブは再び跳躍したが、暴れる狼の大きな前足が当たり、弾き飛ばされる。


地面を転げた後、倒れているサブ。


「あかんかぁ……あかんのかぁ……」


天には青い空が広がっている。


「おいおいっ」


そこで、聞き覚えのある声。


「随分と男前の顔して寝てやがんな」


空を見上げるサブの視界に入って来る巨漢の男。


「あ、あ、兄貴ぃっ!!」


「おぅっ」


「こんなとこで寝て、何やってんだ、おめえはっ?」


「そうや……そうや、ワイは……

ワイは、『一宿一飯の恩』を返さなあかんのやぁっ」


石動の姿を見たサブは、自らの気合で再び立ち上がる。

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