極道と領主

「ちょっと待ってくださいっ!

一体どういうことなんですかっ」


温厚なマスノが、家の前で珍しく声を荒げている。


「追加徴税はついこの間、納めたばかりじゃあないですかっ」


突然の来訪者、領主であるプルアル公と役人のアベル。この二人がマスノ一家に対して、無理難題を吹っかけて来たのだ。


「いや、前回のアレは分納の一回目ということになっていてね、二回目があるんだが」

「きちんと告知したはずだが、もしかして聞いてなかったのかな?」


当然それはプルアル公と役人がでっち上げた嘘で、当初の説明ではそんな話は微塵もなかった。だが、正式な書面などがあろうはずもなく、それが嘘だという証拠も無い。


マスノの様子から何かよからぬことが起きていると察して、屋内から心配そうに見つめるサゼヌ。そして、タミラは母に抱きついて怯えている。


「今これ以上、備蓄を取られてしまっては、私達家族は到底生きてはいけません」


「収穫後には必ずお支払いいたしますから、どうか、どうか今日のところはお引取りください」


マスノの必死な懇願を頑として聞こうとはしない領主と役人。



「おたくらも、随分と阿漕あこぎなことしとんなぁ、こんなんワイら極道となんも変わらんやんけっ」


見るに見かねたサブが横から口を挟むが、喧嘩っ早いサブにしては珍しく穏便なほうだ。


「あんたらも、これまでちゃんと真面目に税金払ってるんやろ?」


マスノに向かって声をかけるサブ。


「も、もちろんですとも」


「真面目に税金払ってる人間のほうが、そんなにペコペコ頭下げて許しを請わなきゃならないなんて、ワイらの世界じゃありえへんで?」


サブは馬鹿であるが故に、時々鋭いことを言う。


「なんだ、お前は?」


突然の乱入者にイラつきを隠せない領主。


「なんだ?

……うーん、なんやろなぁ……そうや、

この家に世話になった旅の者や」


「ふんっ、旅人風情がっ」


サブのことを無視して強引に話を進めようとする領主、どうしても本来の目的に早く辿り着きたいようだ。


「払えないというのであれば、労働で、体で払ってもらうしかないな」


「そうだ、ちょうど私の屋敷で、新しい奉公人を雇おうと思っていたところでね」


「そうそう、私の娘もちょうど同じ年頃の友人が欲しいと言っていたんだよ」


プルアル公は娘どころか、未だに結婚すらしていない。そして領民達の間では、そんなことは誰もが知っている。だが同時に、そこには触れてはならないという同調性圧力、暗黙のルールもこの村には存在していた。


「家に居る妻と娘も連れて行け」


領主の指示に従い、役人は家の中へと入り込み、サゼヌとタミラを無理矢理引きずり出そうとする。


「そ、そんなっ!」


役人を止めようとするマスノ。


「あ、あなたっ!」


役人に乱暴に腕を掴まれたサゼヌ。


「い、いやぁっ!」


怯えて嫌がるタミラ。


「どうかっ、どうか、妻と娘だけはお許しくださいっ!」


マスノはすがるように領主に懇願する。


「お願いですっ! お願いしますっ!

後生ですからっ!」


「ええいっ! しつこいぞっ!」


イライラの頂点に達したプルアルが、本性を現したかのように、マスノを蹴りとばす。


ガシャァァァァァンッ!!


ガラスか何かが割れたような大きな音。


しかし、頭から血を流して倒れたのはプルアル公のほうだった。


そして傍らには割れたビール瓶を手にしたサブが立っていた。


「プルアル公っ!」


倒れているプルアルに駆け寄る役人のアベル。


「大丈夫ですかっ!?プルアル公っ!」


「貴様ぁっ!何をするかっ!」


サブに向かって怒号を浴びせるものの、意識が戻らないプルアルの様子を見て役人の顔が青ざめる。


「い、いかん、これは……」

「急いで手当をせねば」


役人はプルアルを肩に担いで、馬車へと急ぐ。


「ええいっ! このようなことをして只で済むと思うなっ」

「いいな、そなた達っ、後ほど、こやつを捕らえに来るからなっ」

「この狼藉者を決して逃がすでないぞっ」


役人はそう言い残すと、足早に去って行った。


サブはサブで、不可解な顔をして、その場に立ったまま首をかしげている。


 ――ワイ、なんで突然、あんなビール瓶なんか出せたんやろうか?


-


「あんたっ! 一体なんてことしてくれたんだっ!」


それまではまったく姿を見せなかった周囲の住民、村人達が、いつの間にかワラワラと現れたかと思うと、開口一番そう言ってサブを責め立てた。


「あの領主に睨まれたら、これ以上どんな嫌がらせをされるか分かったものじゃないっ!」


「まったくだっ、とんでもないことをしてくれたっ!」


すごい剣幕の村人達に負けじと言い返すサブ。


「なんでやっ!?」

「ほなこの人達が連れて行かれてもいいっちゅうんか!? あんたらはっ!」


「い、いやっ、そうではないがっ……」

「し、しかしだなっ」


マスノ一家の手前、一瞬口ごもる村人達ではあったが。


過酷な環境である異世界、自分達だけが生き残るだけでも精一杯だ、時には誰かが人柱になることも、人身御供も必要だと、そう言いたいのだろう。あくまで自分ではない誰かに限るが。


「なんでやっ!ワイは納得なんかせんからなっ!」

「あかんと言ったら!あかんのやっ!」


頭に血が上ったサブは、再び暴れ出しそうな勢いで叫ぶ。


-


家の裏で独り考え込むサブだが、どうにもスッキリしない。


「ワイはホンマにアホなんかなぁ……」


 ――なんも考えんとすぐ行動してしまう

 良かれと思ってやったんやけどなぁ


「あの時と一緒やなぁ……」


サブの父親はギャンブル中毒で、家にある金はすべてギャンブルに注ぎ込むような典型的なダメな大人だった。

酒を飲んで酔っ払うといつもすぐに手をあげ、子供の頃のサブと母親は、体中に生傷と痣が絶えることはなかった。

母親はいつも耐え忍んで独り泣いていた。


 ――ワイはおかあちゃんを守ってあげたかっただけなんやけどなぁ


毎日、泣いている母親を見ていたサブは、いつか母親を守れる男になろうと、必死に体を鍛えた、子供の頃から何年も、ただひたすらに。


そしてついに、泣いている母の姿を見て辛抱出来なくなったあの日、サブは父親に反撃したが、サブはもうすでに遥かに父親より強くなってしまっていた。


サブが我に返って気づくと、母親はサブの足にすがりついて、号泣しながら叫んでいた。


「あんたっ!この馬鹿っ!

なんてことしたんだいっ!

この馬鹿っ!この馬鹿っ!」


サブの目の前に倒れている父親は、もうすでに息をしていなかった。


あの時の母の号泣が、叫びが、サブにはいつまでも忘れられない。


 ――ワイはただ、ただ、おかあちゃんを守ってあげたかっただけなんやけどなぁ


-


そんなサブの元へとやって来るマスノとサゼヌ。


「どうか、このまま逃げてください」


サブの顔を覗き込むようにして、サゼヌは声を掛けた。


「私達をかばってくださって、ありがとうございます」


「……正直なところ、あの領主には村のみんなも散々虐められて来たので、あなたがぶん殴ってくれたお陰で、ちょっとスッキリしちゃいました、ふふふ」


サゼヌは口に人差し指をあて、憂いを隠した笑みを浮かべる。


「内緒ですよ」


そのサゼヌのなんとも言えない美しさに、サブは思わず見とれてしまう。


「あかん……」


「あかんわ、こんなの惚れてまうわ」


「えぇーっ!」


旦那が目の前に居る人妻に向かって、堂々と惚れたと言うサブに、マスノは困惑の色を隠せない。


「こんなに美しくて、こんなに優しいだなんて……

こりゃ間違いなく、ワイまで惚れてまうわ」


首を左右に振って、邪念を振り払おうとするサブ。


「あかん、あかん、この人はタミラちゃんのお母さんやぞ」

「旦那から奥さんを奪うのは構わんけども、子供から母親を奪うのはあかんわ」


「だ、旦那から奪うのは構わないのですね……」


サブ独自の倫理観に困惑するマスノ。


「……」


「ワイ、ここから逃げるなんて、ようせんわ……

そんなことしたら、あんたらが逃がしたって、あの気色悪いデブにまた責められてしまうやろ?」


「そうそう、逃走幇助とうそうほうじょというやつや」


サブが知っている難しい言葉は、だいたいマサに教えてもらったものだ。


「今度こそ間違いなく、あんたら連れて行かれてしまうで?」


「いえ、あの領主は、最初から、なんだかんだと難癖をつけて、私達を連れて行くつもりなんです……」


「領内のあちこちの村でも、もう何人もの女性が屋敷に連れて行かれて、そのまま帰って来ないそうです……」


「……」


「だったら、みんなで一緒に逃げようやっ!」


「私達の足では、逃げ切れる訳がありません……

この村には馬もありませんし……」


沈痛な声のマスノに、サゼヌが言葉をつなげる。


「でも、でも、あの娘は、あの娘だけは……」


「私はどうなっても構わないから、せめてタミラだけは許してくださいと、土下座してでも、命に代えてでも、守るつもりです……」


「あかん、あかんわ……」


「ええか? あんたらはワイをあの領主に突き出さなあかんのや」


「そしたら、今回だけは見逃してもらえるかもしれんやろ?」


例え、今回見逃してもらったところで、元凶を取り除かない限り、この家族に降りかかる災厄が解決する訳ではない。


 ――ワイがさっき仕留めておけばよかったんや

 いつもツメが甘いって、兄貴にもよう怒られたわ


 ――でもあんなビール瓶が咄嗟とっさに出てくるだなんて、思わへんもんなぁ……


目の前で泣き崩れるサゼヌと、それに寄り添うマスノ。

母の泣く声に気づき、走り寄って来たタミラもまた一緒に泣きはじめる。


家族のその姿を見て、サブは覚悟を決める。


 ――やっぱり、ワイがあの豚をるしかないわ

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