晩夏と襲撃と無慈悲 2

「よぉし。まずは治療しないとな」

 と言って、運んできた男を椅子に座らせ、手元にあったゴムチューブで男の撃たれている足の付け根と、腕の付け根を縛り、簡易的な止血を済ませる。玲の一時の優しさに一瞬本当に帰ることが出来るかもしれないと期待した男は、その部屋の異質さに気付き、その期待が一気に消え去るのを感じる。

「あー。襲撃者って結構いるんだよ。一人でさ細々と生きてるからそんな物資も無いのに。やっぱり拠点がしっかりとある奴なら、その拠点含めてマークしなきゃいけないからこういうことしなきゃいけないんだよな。本当は俺もこんなことはしたくないんだけどさ」

「嘘つき嘘つき。本当は甚振ることを楽しんでいるくせに。イヒヒヒヒ」

「うるさいな黙ってろよ、イヒ郎」

 男は玲が一人でぶつぶつと告げる独り言により恐怖を覚えたらしく、なんとか理性的であろうとする頭に対し、身体はどうしようもない震えを大きくさせていく。

「そうだ。もう一人も別室に運ばないとな。ちょっと待っててくれ」

 そう言って、玲はもう一人の拘束されている男の元に戻る。男はなんとか武器なりなんなりを取ろうとしたのか、少し移動していたが、玲によってアジトの居住区の外へ引き摺り出される。

 そして腰に差していたナイフを男の首筋に突き立てて、近くにあった台車の上に男の遺体を乗せた。


「じゃあまず質問をしよう。どこから来た?」

 玲は男に目線を合わせて尋ねる。男は目線を外しながら「仲間を売ることなんて出来ない」と答えた。

「仲間はいるんだな。でもバックパックとか持たないで銃だけで来てるってことは俺のアジトから結構近くなわけだ。それでもって感染者があんまり騒いでいないのをみるに、あそこか公園か」

「なっ」

「質問ってさ答えないからって、相手に答えがばれないわけじゃないんだよ。表情とか恰好とか。さっきお前が言ってた仲間は売れないって言葉も格好いいけど、仲間は別にいるってことを俺に伝えてることになるってのはわかるよな?」

 玲の淡々と告げていく冷静さに底知れぬ恐怖を覚えた男は下半身をゆっくりと濡らした。

「でも俺はお前の口からちゃんと聞きたいな。お前が来たのはあの要塞みたいなものを作った公園からか?」

 涙を浮かべながらも未だ口を噤んでいる男に対して、玲はナイフを膝に突き立てた。男はナイフが根元までしっかりと自らの膝関節に突き刺さっているのを見て、衝撃に驚き、遅れてきた痛みに苦悶の声を上げた。

「ぐぅううう。はっ、はっ、はっ」

 だらりと涎が垂れ、目から大粒の涙が溢れ始める。

「膝蓋骨っていう膝の皿と足の骨の間に今ナイフが刺さってる。これが痛いみたいで、皆これで吐いちゃうんだよね」

 と玲はそのナイフの柄を軽めにぽんとハイタッチするように叩くと、男はもう一度鋭い悲鳴を上げる。

「もう一回聞こう。お前が来たのはあの公園か?」

「そ、そうだ! 物資を蓄えているやつが街にいるって聞いて、襲って物資を奪って来いって。ぐっくぅううう。悪かった。だからもう抜いてくれ!」

「いや、悪いけどもう一個聞く。人数は? 何人いる? ライフルにショットガンとしっかりとした銃をもった男が五人も。結構な大所帯だろ」

 男はもう屈したようで玲の質問に素直に答える。

「人数は戦える奴が二十人くらい……。ぐっ。ふぅ……全部で五十人はいる……」

「五十か、結構多いな。弾も結構あるのか?」

「ああ。物資は沢山ある。いくらでも持ってっていいから助けてくれ」

「よし」

 玲のその言葉に喜びを覚えた男は、突然引き抜かれたナイフの痛みに耐えかねて、また五月蠅い悲鳴を上げた。

「よく頑張ったな」

 項垂れながらも、玲からの労いの言葉を聞いた男は嬉しそうに顔を上げたが、玲の手に握られている血濡れた金属バットを見て、改めて絶望の深淵へと突き落とされる。


「やっぱり重いな。キャリーケースとかにしたらよかった」

「がぶがぶ、ぐちゃぐちゃ。イヒヒヒヒ」

「つってもなぁ」

 と、黒い格好に着替えている玲は普段使っているリュックと、別に持っている鞄の位置が定まらずむずむずしていると、公園に聳える要塞のようなものを見つけた。それが目に入ったところで、近くの茂みに隠れるように背を低くした。

 辺りは既に陽が落ちており、墨のような漆黒が広がっている。しかし要塞のようになっている敵の拠点は木組みのバリケードに、フェンスで作られたであろう外壁、門がある脇には銃を持った男がスポットライトを動かしながら辺りを見回している高台があった。あれは恐らく見張り台であろう。

 高台の男のライトに照らされないようにゆっくりと、一番暗闇が深いところからフェンスに近づき、重いと言っていた鞄を下ろした。そして二回ほどその鞄に蹴りを入れた後、ファスナーを開け、勢いよくフェンスの向こうへそれを投げ入れた。

 ちゃんと鞄がフェンスを越えたことを確認した玲は、要塞が見渡すことの出来る木の上へと昇り、ゆっくりと時が来るのを待った。

 するとごそごそとその鞄の中から赤ん坊が二人と幼児が這い出てきて、要塞の中へと進んでいく。しかしもちろんその三人は普通の子供ではなく、傷だらけで体の一部が欠損した感染者の子供であった。

 これが玲のやり方だった。武装した人間が多い拠点に身一つで攻めていくのはもちろん無謀である。しかしだからといって危険性がある敵対勢力を放置しておくわけにもいかない玲が思いついたのがこの方法だった。

 設備がしっかりしていて、住人の絆も固いコミュニティが恐れているのは感染者より、他の人間のグループだった。だから本来光に反応する感染者を気にせずにスポットライトで偵察に来ている人間を探している。そのうえで感染についても明確なルールがあって、外から帰ってきたものは一定時間監禁したりしているはずだから、中から感染者が湧いてくるなんて発想は毛頭ない。

 感染者は寄生菌の影響か、身体能力が劇的に上昇しているために、子供や赤ん坊でも想像だにしない動きをしてくる。

 玲はその子供たちが要塞を中から崩壊させるのを待ち、混乱に乗じて、残りの生存者をライフルで撃っていくというわけだ。

 少しすると要塞の中から悲鳴と銃声が鳴り始める。誰かが噛まれ始めたのだろう。感染してから症状が現れ始め、人を襲い始めるのは四、五時間程度だ。だから玲は樹の上で、耳を澄ませながら、鞄に入れていた本を取り出した。


「さぁ始めるかぁ」

 銃声が減り始めた辺りで、そんな声を最後に玲の目から光は消えた。

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