三年目 立秋 寒蝉鳴【ひぐらしなく】

晩夏と襲撃と無慈悲 1

 そんな木の実を横目に歩を進めていると、玲の脚は公園へと辿り着いた。しかしそれと同時にその公園に聳えている要塞の様なものに目を奪われ、「そうだった……」と吐き捨てながら肩を落とす。ここは玲と同じくこの街を拠点にしていた武装グループの拠点で、玲の最後の戦いの地であった。


 玲がアジトを構えているのは東京でも随一の大都市で、かつてはシーズンイベントのごとに警察が出動して、交通整備を行うほどだった。

 生存者と言うのは本来大都市を避ける傾向にある。それは感染爆発が起きたことで、単純に人数が多い場所に身を置くと言うことはそれだけリスクを背負うと言うことで、物資も明らかに足りていなかった。しかしそれは感染爆発直後のことであり、多くの人間が感染者から逃げるように都市外へ逃げて行った後は、ある種の安全が保障されていた。

 そのことに気付いた玲は、わざわざ大都市へと帰ってきた。というのも、ゾンビパンデミックものに必ずと言っていいほどついて回るのが人間の敵だ。どの物語も当初こそはゾンビや感染者が最大の敵として描かれるが、大抵の最終回はその感染者とではなく人間と戦っている。そう、この世界で一番危険なのは感染者ではなく人間だった。

 規則的な行動を繰り返す感染者に対して、何をしでかすかわからない人間。どちらが扱いやすいかは明白だった。しかも多くの人間は感染者から逃げているために、感染者というのはその脅威となりうる人間への盾となる。だから玲はわざわざ多数の感染者が蔓延る街を拠点として、生きてきた。

「死体残ってるよなぁ……。一年ちょっとだよなぁ。全部動物とかに喰われてたらいいけどなぁ。幽霊とか出るかなぁ」

「ひゅーどろどろ。イヒヒヒヒ」


 だんだんと感染者が樹へと変わり始め、漠然と終息を感じ始めた玲は、樹へと変化しないはぐれを狩り始め、生存者すらもいなくなった世界で本当の安寧を取り戻そうとしていたところだった。

 カランカランと空き缶で作ったサウンドトラップがアジト中に鳴り響く。感染者はサウンドトラップがあるような深部までは入って来ることが出来ない。襲撃者が来たらすぐにわかるようにアジトの入り口までを迷路状にしてあるからこそ、この音が鳴り響くということは人間が攻めてきている。

 それに気付いた玲は敢えて、散弾銃やライフルを入り口から近い机の上に置いたまま、二丁の拳銃を腰の後ろに隠し、ローチェアに座りながらカップを手に取った。

 すると武装した男が三人、入り口の扉を蹴り開け、アジトへと侵入してくる。

「手を上げて、立て!」

 焦ったような表情で銃口を向ける男を見て、慣れていないことを察した玲は鎌を掛ける。

「あと二人はどうした?」

 入り口の奥から悲痛な男の声が聞こえてくるのをみるに、一人は玲が仕込んでいたワイヤートラップに引っ掛かったのだろう。鋭利に尖らせた木材をしなやかにしなる枝へと縛り、ワイヤーが作動すると足元目がけて、その鋭利な枝が飛び出す――映画のランボーを思い出して作ったトラップだった。

 玲が居住している深部に辿り着くまでにそんなトラップが無数に仕掛けられていたから、ここにいる三人はそれを無事潜り抜けてきた安心感と同時に、それほど多くのトラップを仕掛けている者に対し、恐怖を抱いているのは確かだ。だからこそ、そんな焦燥感に駆られたような表情をしているのだろう。しかもその男は銃を向けられているうえに、見たところ丸腰だと言うのに不敵な笑みを浮かべている。

 人とのやり取りで大切なのは自分のペースにどうもっていくかということ。

「そうかやっぱり五人で来たんだな。一人がトラップで怪我をしたからもう一人はそいつを看病している」

 男たちの反応で人数を判断した玲に対し、男は口を閉じるよう命じる。

「だまれ! 物資を貰いに来た。何もせずに差し出すなら生かしてやる」

 虚勢だ。相手は俺にビビってる。それを察した玲は変わらず微笑みながら男に返答する。

「奪いに来たの間違いじゃないのか? 何もせず銃を向けただけで物資を貰えると、本当に思ったのならさぞかし良い奴等に囲まれて生きてきたんだろうな」

 ここが日本人の良いところで、悪いところだ。恐らく海外で同じような状況に陥ったら、玲は会話もなく撃ち殺されて終わりだ。しかし日本人はこんな状況にあっても旧世界の道徳観を忘れずに、弱者に選択肢を与える。それが間違いだと知らずに。

 玲の言葉に反論しようとした男は突然に鳴り響いた二つの銃声と、目の前で上がる白煙に驚き、いつでも撃てる準備をしていたはずの銃の引き金を引けない。

 それと同時に男の後ろに備えていた二人が地面へと倒れ込み、もう二発銃声が鳴ると同時に腕と足に鋭い痛みを覚え、声を上げていた男も地面へと倒れ込む。地に伏し、視界が落ちたことで後ろで倒れた仲間が二人とも、頭から血を流して倒れていることに気付き、動くもう一方の腕で自らの銃を取ろうとするが、それは玲の蹴りによって届かない所へ飛ばされてしまう。

「せっかくの居住スペースを血で汚しやがって」

 そう言いながら玲は一発男の顔面に蹴りを入れて、男の脚と手を縛り上げる。

「ちょっと待ってな」

 そう言って玲は入り口近くに置いておいた散弾銃と拳銃を手に、男たちが来たであろう道を辿る。

 するとすぐに罠にかかっている男と、その男を救出しているもう一人の男を見つけた。銃声が聞こえている筈だと言うのに仲間を未だ助けようとしている五体満足の男は愚かだ。

「お前ら本当にこの地獄で二年も生きてきたのか?」

 玲の言葉に気付いた二人は顔を上げるが、足に怪我をしていた方の男は散弾銃の一撃を、もう一人は足に拳銃の弾丸を食らい、地面に伏した。

「お前はついてきてもらう」

 と、拳銃で撃った男の銃を同じく蹴り飛ばし、縛り上げた後にもう一人の拘束した男がいる場所へと運んだ。


「よし、今からお前らに別々に一つずつ質問をする。答えが一致していたら次の質問を。一致していなかったらナイフが太ももに突き刺さる。だから注意して答えろ。言っても撃たれたのは二発。ちゃんと答えれば帰れるぞ」

 そう告げる玲の顔を見て、二人の男は恐怖で歪む。

「じゃあまずはお前からだな」

 その言葉と同時に、腕と足を撃たれている方の男を引き摺り別室へと運んでいく。

「い、嫌だぁ! 助けてくれぇ!」

 そんな無力な男の声がアジトに鳴り響いた。

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