寒月と焚火と火酒 1

 手あたり次第と言っても、今求めてるのは腹の足しになるものであったり、今後仕えて行けそうなものであるため、最初に探索した時に探した衣装ダンスのようなものの探索は後回しにする。

 そこでまずは鍋やキッチンコンロなどが置いてある炊事場に利用されていたであろう机周りを探索する。それほどまできつい悪臭などは香ってこないので、生鮮食品が放置されていると言うことはなさそうだが、明らかな獣臭がするのをみるに、大抵の食品はネズミに食い荒らされているだろう。それでもネズミの歯では食い破れないような缶詰などがあるかもしれない。

 目につく戸棚や引き出しを片っ端から開けていくと、中にずらっと物が詰まっている棚を見つけた。ウォッカ、ジン、ラム、テキーラ、日本酒、焼酎。今まで玲が触れることのなかった酒類がその小さな棚の中で一堂に会していた。触れることのなかったと言っても、度数の高い酒を消毒液として利用したり、火炎瓶の燃料として使うことがあったが、実際に飲料として使用したことは一度もない。

「酒か……」

「ぐびぐび、べろべろ、イヒヒヒヒ」

「明日もあるけど、飲んでみるか」

 そう思うようになったのは、恐らく玲が現実からの逃避を求めるようになっていたからだろう。それこそ今までは目の前に迫る現実になんとか立ち向かおうと、先んじて様々は対策を考えては、自らの無力さに打ちひしがれて涙を流していたが、今となっては全て問題が起きてから対処し、上手くいかなくても後悔はせずただ受け入れるようになっていた。

 思考や思想の変化の訪れは明らかに秋に起きた出会いと別れであることは確かだが、玲自身かつてより自分に生気がないと言うことにすら、気付くことが出来ない。だからこそ心の底で何かを変えなければならないと思っているのか、最近新しいことに手を出すことが増えていた。

「そういえばもう成人してるのか」

 もう自分の誕生日を祝わなく、祝われなくなって長いため自らの誕生日なんて忘れてしまっているが、パンデミックが起きて三年経っていると言うことで丁度二十歳か二十一の歳であることを確かめる。既に法を守らせる者どころか、守るべき人間もいなくなった世界だからこそ「お酒は二十歳になってから」なんて文言は、犬も食わない。

 そこで玲は適当なグラスと、酒棚の中で一番気になったラム酒を手に取り、カップラーメンの元に戻る。ラベルは年月のせいかボロボロになっており、ラムということは判別できるものの、そのボトルの銘柄までは判別できない。何より玲自身、銘柄がわかったとしても、それがどんな味でどんなものなのか全く判別することはできない。しかし記念として最初に飲んだ酒は覚えておきたい。

「普通の酒よりボトルは太ってるな。すらっと円筒状のイメージだけど、これはなんだろ幅広いな」

「ぶくぶく、でぶでぶぅ。イヒヒヒヒ」

「少し読めそうだな。キャプテンか。そうかキャプテンか」

 恐らくキャプテンの後に何か言葉が続くのだろうが、先程変わらずラベルはボロボロであるために、このラムの正式名称が何かを知ることはない。

 一度そのボトルはカップラーメンの脇に置き、先にカップラーメンを食べることにする。蓋を開けるともくもくと湯気が立ち上り、湯でほぐされた麺が顔をのぞかせる。変わらず粉末スープのタイプではなく、液体スープのタイプのカップラーメンであるために、液体スープは腐っているため、お湯にいくらかの塩を入れて味を誤魔化した。そしてさっと食べ終えてから、カップラーメンの脇に置いてあったラムを手に取り、グラスにゆっくりと注いだ。

 グラスは先ほど拭いたものの長い間の汚れで少し濁っている。それでも透明度は十分でラムが持っている鮮やかな茶褐色に染まっていく。仄かな灯りを漏らす蝋燭の奥で揺れるのはとても深い甘みのある匂いを醸す酒だった。

 酒と言うとビールの様に喉を鳴らして飲むような方法しか知らない玲は、蒸留酒スピリッツであるラム酒を一気に口に流し込み、グラスの半分くらいの量のラムをごくりと音を鳴らしながら呑み込んだ。もちろんその凶悪さについては口に入った瞬間に気付いていたが、どうにも止めることはできず、呑み込んだ激烈なそれに対し、特に喉が拒否反応を起こし、酷くむせ返る。

「つっよい……」

 他に比較するような酒は人生のレパートリーにおいて、お神酒くらいしかないがこの酒が所謂強い酒であることは十分に理解できた。

 まるで頭をがつんと殴られたかのような衝撃に驚きながらも、じっとグラスの中で揺れるラムの香りを改めて香る。するとやはり先程と同じような深い甘みが鼻腔を刺激するのだが、確かに奥の方に小学校の頃に実験で使ったアルコールランプと同じようなアルコールの刺激臭を感じた。

「割るものと言っても水くらいしかないし……」

 普通の酒のボトルとは違う形状をしたラムを見て、ある程度値の張るものなのかもしれないと察した玲は、何かで割る前にもう一度ゆっくりとこの酒を飲んでみることにする。先程の様にごくりといくのではなく、ちびりと飲むと言うより舐めるように、そしてゆっくりと舌の上で酒を広げていくような感覚で。すると多少なりとも度数の高さが故の鋭さが残るものの、明らかに奥深い味わいが口内に広がってった。

「ん……うまい!」

「アル中、アル中。イヒヒヒヒ」

「これならいけそうだな」

 と口にしながら、もう一つその酒を口にする。

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