晩秋と線路と都市伝説 6

 食事を終えた絵里香はふぅと一つ息をついて、玲を見つめる。

「で、どうするの?」

 察しの良い玲が絵里香のその問いで戻るか進むかを尋ねられていると気付くのは容易い。ここまで来たから進むのか、ここまで来て何もなかったから戻るのか。全員寝落ちしてしまったうえで、誰も命を落とすことなく、無事に目を覚ました時点で安全は保障されていると言っても過言ではない。しかも優里とジュール・ヴェルヌの話をしてしまった時点で二人の冒険心を止められるわけはない。

「この先に何があるか見ない限り帰るわけにはいかないよな?」

 不敵な笑みを浮かべる玲と嬉しそうに笑う優里を見て、絵里香も笑った。

「じゃあ行こう! 目指せセンター・オブ・ジ・アース!」

 人差し指を突き立てて、暗闇を差す絵里香の姿に二人はぽかんと、その姿を見つめていた。

「え、ジュールヴェルヌだよね? 違ったっけ? センター・オブ・ジ・アース」

 ジュール・ヴェルヌの作品名を知っていた絵里香に驚いたと言うことに気付いていない絵里香はぽかんとしている二人を同じく不思議そうに見つめる。

「日本に米軍基地があったことは知らなかったのに、ジュール・ヴェルヌの名作については知ってるのか。変に偏った知識だな」

 そう笑う玲の笑いが自分を小ばかにしているものだと理解した絵里香はむすっと明らかに怒りを露わにした表情のまま振り返り、暗黒に染まる道を進もうとする。

「待て待て、悪かったから」

 と笑いながら玲と優里は自らの荷物を拾い上げ、絵里香の後を追った。


「で、なんでジュール・ヴェルヌ?」

 馬鹿な割になんでヴェルヌだけ知っていたんだという明らかに嫌味の籠った言葉を押し殺して玲は絵里香にそう尋ねた。

「ディズニー」

「ディズニー?」

「うん、ディズニーシーのシンボルになってる火山あるでしょ」

「あー真ん中にあるでかい」

 玲は世界がなる前に友達と一緒に行ったことを思い出した。恐らく世界一のテーマパークで、玲や絵里香といった高校生たちからしたら非日常を味わえる楽園と言っても過言ではない。学校の行事が終わるごとに打ち上げと称して、気になるあの子とディズニーに行く。生き残りという特異的なステータスを持っている二人も、世界が崩壊する前はどこにでもいるような高校生だった。

 ただ心を殺すことに長け、ただ弟を守ることに長けていた。ただそれだけの若者。

「そうか、あのアトラクションの名前はセンターオブジアースだったな」

「そうそう。なんかパーク内だと少し設定が違うとかどうとか。滅茶苦茶ディズニーが好きな友達にそう教わったんだよね。元の小説があるって」

 もう既に玲は過去の話を止めることはなくなっていた。

「そこで読んでみたらって貸してもらったの。センター・オブ・ジ・アースと海底二万マイル。なんか難しくて読めなくて、結局返せなかったなぁ」

 絵里香の最後の言葉に、玲はハッと過去の話を止めなければならないという生きるうえでの鉄則を忘れていたことに気付き、苦い顔をして口を紡ぐことしかできない。

「あっ、ごめん。過去の話はダメだったよね。でもさなんか余裕なのかな? 最近は昔を思い出してもネガティブにならなくなってきたんだよ。しかもディズニーなんて楽しい場所があること思い出せたしさ!」

 振り向きながら笑う絵里香に何を思ったのか玲は告げる。

「バックトゥザフューチャーの次はディズニーか?」

「いいじゃん! 行こうよディズニー! 今行ったらだーれもいないディズニー貸し切りだよ!」

「アトラクションとかは動かないけどな」

「それでも十分だよ!」

 るんるんという効果音がつきそうな足取りで前を進む絵里香を見て、玲はふっと体に入っていた力が抜けていくのを感じた。

 最近になって来週とか来月とか未来の話をすることが多くなってきた気がする。それは明らかに今を生きる余裕が出来てきたからに違いない。一人が三人になって消費する食料も増えたが、その分仕事量も増えた。だから食料に余裕が出てきたと言うのもそうだが、何よりも心という目に見えない事象自体がふわふわと軽くなってきていた。

 血と悲鳴と硝煙の香。そんな非道なものたちに包まれていた生ではなく、明日と仲間と旨い飯。明らかに玲の冷え切っていた心がまた新たに人間らしく熱を帯び、鼓動を打ち始めたのは確かだった。


「――なんだろうこれ」

 先頭を歩いていた絵里香が自らの鞄にぶら下げていた懐中電灯を先に照らし、玲に指示を仰ぐ。

 その先には仰々しい金属の扉と、そのドアノブにぐるぐると巻きつけられた鎖が静かにたたずんでいた。扉は懐中電灯に照らされ鈍色に輝いているものの、ドアノブや鎖以外は全て一枚の金属板になっており、装飾やそれと言った他の何かがあるわけではなかった。

 何か注意書きがあるわけでもないが、言葉通り無骨という言葉が似あう佇まいと、何者も入れないと言う意思が表れたかのような鎖に三人は異様な雰囲気を感じ取っていた。

「扉――だな」

「開ける?」

「開けるったってどうやって? 鍵でも落ちてたか?」

「いや、映画とかで南京錠をバンバンってやって開けたりするじゃん?」

 絵里香の視線の先には鎖を繋ぎとめている南京錠があった。そこまで頑丈そうな南京錠ではないので、絵里香に渡した拳銃で何とかなりそうだが、このまま進んでよいのだろうか。ただのその不安だけが玲の決断を鈍らせていた。

 しかしその瞬間、耳をつんざくほどの激烈な破裂音と発光が洞窟を包み込み、少しすると金属塊が地面に落ちた音が辺りに鳴り響いた。

 玲、優里は同じく耳を塞ぎながら、まさに驚きという感情を表したかのような表情で絵里香を見つめた。その手には拳銃が握られており、別に何かを考えなくとも、絵里香が発砲したのがわかる。

「お、お前……」

「え、だってここでわざわざ引き返さないでしょ?」

「馬鹿か!? 撃つなら撃つって言うのも当然だけどそれ以前に跳弾とか安全について考えてから撃ったのか!?」

 明らかに怒りを露わにする玲に驚き、肩を落とす絵里香の腕から玲は拳銃を取り上げ、安全装置をかけ自らのベルトに収めた。

「一旦取り上げだ。持たせておくのは危なすぎる」

「えー、でも私のおかげで踏ん切りついたでしょー?」

「そういう問題じゃないだろ!」

 と怒鳴りつつも、しっかりと中心を捉えられて破壊されている南京錠を見て、玲は扉にかかっていた鎖をじゃらじゃらとドアノブから外し、地面に置いた。

 重い扉だったが、体をぶつけることでゆっくりとその扉を開けた先には、今までの洞窟とは打って変わって、しっかりと整備された道に、天井からぶら下がる蛍光灯にと、広々とした空間が広がっていた。

「研究所っぽい?」

 そんなことを言う絵里香の言葉に、さっきの今で素直に頷くのも気が引ける玲だったが、玲もその空間を研究所のようだと思っていた。

「そう、みたいだな」

 固唾を飲む二人に対し、優里は一人目をキラキラと輝かせている。

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