四年目 霜降 霎時施【こさめときどきふる】

晩秋と線路と都市伝説 1

「来週は何しよっか」

 山からの採集の帰り。まるでセリフに書き下ろしたら、語尾に音符がついていそうなそんな調子で絵里香は玲に尋ねた。

「来週?」

 来週もくそも、毎日採集だというニュアンスで発した玲に対して、その真意を悟った絵里香は不満そうな面持ちに変わり、続ける。

「週休二日って言葉知ってる?」

「もちろん」

「労働環境の改善を求めます!」

 まるでストライキを起こすかのように拳を掲げて高らかに言った絵里香は、なんのことやらと二人を見つめていた優里の腕を掴み、同じく掲げさせた。

「これは飯を食うためなんだから労働とは違うだろ」

「労基署に訴えてやるから!」

 不満な時に出るキンキン声で、そう続ける絵里香に対し、玲は溜息をつきながら「あるなら訴えてきたらいいんじゃないか?」と、当たり前なツッコミを返した。

 生憎ここは労働環境どころか人の命すらも危ぶまれる世界だ。明日は我が身とはよく言ったものだろう。油断した者から足元を掬われる。そんな世界で一度たりとも気を緩めたことがなかった玲は、絵里香の言う週休二日という気の緩みが、明らかに自分をダメにするということがわかっていた。

 でも今は個人プレーが許される環境でないのも確かだ。別にここで休みを取らなくても絵里香に殺されるなんて状況に陥ることはないだろう。でも絵里香の不満を毎日聞き続けるのも気が引ける。

「玲だっておかしくなっちゃうよ」

 ふと絵里香のそんな言葉が響いた。「玲だって」という玲を気遣った言葉に、変な驚きを覚えた玲は呆けたような顔で絵里香を見つめる。

「いや別に私が休みたいってのもそうなんだけど、玲も何か週末にこんなことが出来るからって考えながら生きないと楽しくなくない? 働くなら楽しみがあった方が、さ」

 そして一つおいて、「玲が本当に嫌なら別にいいけどね」と笑いながら言う絵里香を見て、休みの提案が絵里香からの気遣いであったということに気付いた。

「どこに行きたい?」

 絵里香の気持ちを汲んでやれなかった申し訳なさもあって、少し口ごもるような感じで言った言葉を、絵里香は機敏に察知し、嬉しそうに笑う。

「玲は行きたいところ無いの?」

「俺?」

「うん。思いつかないならさ、夜食べながら考えてみようよ」

「絵里香は行きたいところないのか?」

「私は先週街に連れて行ってもらったからいいよ」

「そうか」

 そんな話をしながら三人は山を下って行った。


 家についた三人はいつも通りの食事をしながら、週末の行き先について話し合っていた。

「玲は本当にどこも行きたいところ無いの?」

 パンをもぐもぐと咀嚼しながら、尋ねてきた絵里香に対して、玲は絵里香が満足いくような答えを持ち合わせていなかった。強いて言えば採集のために山に行きたいということなのだろうが、そんな返事は通用しないのはわかっている。

 自分も満足いく行先で、二人に休日だと思えるような場所。最近彼らと過ごすようになって、口数や感情が戻ってきた感覚はあったが、欲というものは未だ完全に戻ってきてはいなかった。

 もちろん食欲とか睡眠欲とかそういった最低限のものはあるが、娯楽に対するそれこそ高校生の時の様に、どうしてもカラオケに行きたい感情というのは明らかに欠如している。それこそ玲自身がキャンプとかアウトドアとかが好きなタイプであったがために、生きるためにしなければならない採集や探索という行為を苦と感じないどころか、それ自体を娯楽の様に感じている側面があった。だから別に特段娯楽を求めているわけではないから、この質問はいささか困るなと思いつつ、静寂でいるのも申し訳ないので「うーん」とだけ告げた。

「じゃあさ好きなものとか、ことは?」

「好きなものか。ラーメン」

「えーラーメン屋なんてもうないよ。他には?」

 困った顔で返す絵里香の顔を見ながら、玲は最後に遊んでいたゲームのことを思い出した。


――The Last of Usザ・ラスト・オブ・アス――


 寄生菌のパンデミックによって娘を失った主人公、ジョエルが崩壊した世界で感染者や略奪者と戦いながら、免疫を持つ一人の少女をレジスタンスの本部へと送り届けるまでの物語。

 ラストオブアスの世界はまるでこの世界の写しなのではないかと思うほどに、酷似していた。ラストオブアスの感染者は長い間時間をかけてその姿をキノコに変化させていく。この世界の感染者は樹に変化する。別にこのラストオブアスをモチーフに寄生菌が作られたなんて陰謀論を思いついたことはない。

 ただ玲は世界にまだ多くの人間が生きていた時代から、滅んだ世界に憧れを持っていた。憧れというよりかは廃墟マニアに似た滅びに対するノスタルジーのような感情で、別に世界が滅亡したらいいのにということを思っている痛い奴なわけではない。

 でも確かに、フィクションで描かれる崩壊した世界で生きている者たちの破壊からの再生の小さな希望の光というのが玲の心に感動を与えていた。

「ポストアポカリプス」

「え? ポスト? なに? 手紙でも出したいの?」

「ポストアポカリプス。終末ものかな。昔はそんな映画とか小説が大好きだった」

 絵里香は少し考えてから続ける。

「壊れちゃった世界が好きだったってこと? じゃあ今が最高?」

「いや、崩壊した世界への憧れってのは、世界が崩壊していないから成り立つ感情なんだ。だから世界が滅んだ今、もうそういう小説を読む気にはなれない」

 絵里香は何とか玲の言葉を自分なりに解釈しようとするが、全く意味が分からなかったようで、もう一度同じことを尋ねる。

「他には?」

「オカルト」

「オカルトって幽霊とか?」

「幽霊は信じてない。都市伝説とか陰謀論とかそんな奴」

「えー、どこか行きたいって話だよ? 都市伝説好きが行きたいようなところってどこ?」

 玲は少し悩んだ後、思いついたように話始めた。

「絵里香はさ、駅の前の道をずーっと行くと米軍の基地があるの知ってるか?」

「基地? 知らないけど、ここ日本だよ?」

 惚けたように言う絵里香だが、その様子から見るに本当に知らないような素振りをしている。いくら都市伝説とかを知らないような女子高生だとしても、日本に米軍基地があることくらいは知っておくべきだろうと玲は溜息をつくが、そのまま続ける。

「まあ日本なんだけど、米軍基地があるんだよ。その基地へ続く鉄道の名残が、少し離れている駅にある。それを辿ってみたい」

 基地専用線と呼ばれる米軍の燃料輸送を担っていた路線。それが玲の言っている鉄道の名残であり、都市伝説というよりかはあまり知られていない現実といったところだろうか。

 この山が近い地域で生活すると思い立ったのも、昔この専用線について調べたことがあり、辺りの地域に知見があったからだった。もし週末の二日間、遠出が許されるというのであれば、そこを歩いてみたい。

 玲の頭にはスティーブン・キング原作の映画『スタンドバイミー』の線路を歩くあのシーンが思い浮かんでいた。

「電車オタクって奴?」

 少し怪訝そうな顔で尋ねる絵里香に、冷静に反論する。

「電車は興味ない。本当にそんな線路があったのか知りたいだけなんだ。陰謀論というか、まあ都市伝説みたいなものかな」

「いいじゃん。線路私も歩いてみたいかも。優里も電車好きだったよね?」

 ぼーっと二人の話を聞いていた優里も玲が電車の話をし始めてかっら、心なしか瞳が輝き始めたような気がしていたのは間違いではなかったようだ。

 絵里香のその問いに、ぶんぶんと言いそうなほどに強く頭を縦に振る優里は、かなり電車が好きなのだろう。そのリアクションに、玲は基地専用線の探索を提案して良かったと、数少ない自分の選択肢が正解であったことに胸を撫で下ろした。

「目的地までかなり距離があるし、備蓄もかなり増えてきたから、明日は自転車でも探しに行こう」

 突然そんな提案をした玲に絵里香はにやつきながら尋ねる。

「採集はしなくていいの?」

「せっかく生きるなら楽しい方が、だろ?」

 絵里香は嬉しそうに笑った。

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