晩秋と休暇とボウリング 3

 その言葉に玲は単純な疑問を浮かべた。

「どうやってやるんだよ」

 ボールはあれど、レーンどころかボウリング場全体の電力がダウンしている現状、ピンを直してくれる機械も、レーンの向こうへ転がっていった球を手元に戻してくれるレールも動かない。それでどうやって遊ぼうというのだという疑問をその一言でぶつけた玲に絵里香は首を振りながら続ける。

「そんなん手でやればいいじゃん」

「ピンを十本一々立て直すのか?」

 絵里香は玲の言葉を全て聞く前にレーンの奥まで走っていき、転がっているピンを立て始める。

「優里はレーンの上にある石とか枝とかどけて!」

 絵里香の指示に優里は嬉しそうにレーンの元へ入っていき、小石やら枝やら、ボールを投げるうえで邪魔になるようなものを取り除いていった。

 玲もただ見ているだけではと思い、二人に靴のサイズを尋ねた。

「私は二十三で、優里は二十二だったかな」

 それを聞いた玲は一度受付があったエントランスまで戻り、ロッカーから二十二、二十三、二十七のシューズを一つずつ持って、レーンまで戻った。

 その頃にはレーンの整備がある程度終わっており、絵里香と優里は自分が投げるボールを持ってきていた。

「玲も早く持ってきなよ、ボール」

 持ってきたシューズを二人に渡した後、玲はシューズを履き、そしてボウリングボールを取りに行く。ずらっと並んでいるボウリングボールのいくつかは蔓が張り付いていたり、苔むしたりしていたので、その中でも特に綺麗に見える十三ポンドのボールを持ってレーンに戻った。

「玲ってボウリングやったことある?」

「まあこんなになる前はちゃんと高校生してたからな」

「え、結構遊んでた感じ?」

 絵里香の言葉は明らかに、本来の遊ぶではなく、女遊びとかに使われる少し悪いイメージを孕んでいた。それをわかっていながらも玲は少し惚けたように言った。

「どういう意味だよ」

「うわぁ」

 優里まで絵里香と似たような表情を浮かべてるのを見るに、二人が姉弟であることを痛感した。

「なんだよ、優里まで。そんななら俺が先に投げるからな」

 と、言って玲はボールを投げた。

「え、ちょっと!」

 意外にも綺麗なフォームで投げられたボールはドンっと音を鳴らして、レーンを転がっていく。鮮やかな直線を描いて、先頭のピンに当たったボールは華麗に全てのピンを倒して見せた。

「うわぁ、何かこの期に及んで上手いのムカつくね」

「酷い顔だな」

 と、悪態をつく絵里香の苦虫を噛み潰したような顔にツッコミを入れた。

「何颯爽と帰ってきてんの、自分で倒したのは自分で直すの!」

「あ、そうですか」

 まるで当てつけの様に言った絵里香の言葉に反発することなく、玲は黙々とピンを立て直した。

「遅ーい、早くしてよー」

 なんて野次が背後から飛んできたが、玲は自分のペースで淡々と作業した。そして玲が立て直し終わり、レーンの奥へと行ったボールを取った後、レーンの外に出た瞬間、絵里香は嬉しそうにボールを投げた。

「行くよ!」

 フォームは意外にも整っているが、明らかにボールの速度は遅く、玲が投げたボールより二倍くらいの時間をかけてピンの所へ辿り着く。ボウリングに知見のない玲でも、この勢いではまっすぐ行ったとしてもストライクにはならないとわかっていた。

 案の定絵里香のボールは全てのピンを倒すことなく、レーンの奥へと吸い込まれて行く。しかも残りのピンは三本だが、真ん中が割れているスプリットという状態だ。

「もー! なんでよ!」

 キンキン声でそう叫んだ絵里香は悔しそうにボールを取りに行き、もう一投を行う。しかし一投目の雰囲気を見るに、スプリットを的確に倒すような実力は、絵里香にはない。

 先ほどと同じくごろごろとゆっくり進んでいくポールは割れているうち二本の方を狙っているらしいが、逆に狙いすぎたのかガターに落ち、一本も倒すことはなかった。

「えぇー!? なんでぇ」

 ぶつくさと文句を言いながらも、自分で言った手前ピンを直し、ボールを取ってきた後、順番を優里に変わった。

「子供がやる用の台とかってなかったっけ? 滑り台みたいなやつ」

 と、絵里香は辺りを探してみるが、そういったものは見当たりそうにない。それに気づいた玲は優里にそっと近づき、彼用のボールをしっかりと持たせた。

「両手でいいからそっとまっすぐ一番手前のピンを狙って投げるんだ」

 優里はこくっと頷き、その体ではかなり重いはずのボールを両手でそっとピンに向かって投げた。

 すると早速右へと曲がり、ガターに落ちるかと思えば、そのボールは軌道を変え、左に曲がり始める。と、思えば右に曲がり始めたりと、言葉通り蛇行しながらゆっくりとピンの元へと転がっていく。そのスピードは明らかに絵里香のボールより遅かったが、ピンにぶつかった瞬間、華麗にその全てを薙ぎ倒して見せた。

「待って待って!? どんな仕掛け? 明らかにガターの軌道だったじゃない!」

「ビギナーズラックだろ?」

 と、笑う玲に対して、絵里香は明らかな不満を顔に出した。それを横目に、優里は嬉しそうに自分の倒したピンを立て直す。それから自分のボールを手に二人がいるところへ戻ってきた。

「よくやった」

 玲は優しく優里の頭を撫でた。


 それから何回か三人で投げ続けていたところで、絵里香のもう腕が痛いと言う言葉をきっかけに、一度休憩することにした。休憩すると言っても、今日はもうボウリングはしないだろう。

 それももう辺りは陽が落ち始めており、崩落した天井から肌寒い風が入り始めていた。ここから夜道を二時間かけて歩いて帰るのもいいが、絵里香や優里の体力の残り具合を考えて、今日はこのボウリング場で一日過ごすのが最適解だろう。

 流石に天井が落ちていて、外気が吹き抜けるレーンよりかはましだろうということでエントランスに戻ってきた三人は待合用のベンチを寄せ集めて、簡単なベッドを作った。

 これで床冷えはしないだろうが、やはりまだどこか肌寒い感じがするため、玲は持ってきていたリュックから一枚の毛布を取り出し、二人に渡した。

「あ、ありがとう。玲は大丈夫なの?」

「大丈夫だから、二人で使え」

「ごめんね」

 と絵里香が言うと、ぐぅと優里の腹が鳴った。

「そうだよな、腹減ったよな。少し待ってろ」

 玲は鞄を置いて、鉈と銃だけを持ち、エントランスから外へ出て行った。


 元が人であったと考えるとかなり気味の悪い話だが、人樹たちの足元には茶色くなった葉がいくつも降り積もっていた。まだ完全な冬ではないので、乾ききっているかと言われれば怪しいところだが、燃やすには十分だろう。

 その葉と枝をいくらか手にした後、二人の元に戻り、絨毯が剥がれてコンクリートが剥き出しになっているところにそれらを置き、火をつけた。

 そして鞄の中からペットボトルとやかんを取り出し、水を入れたやかんを焚き火の上に置いて、鞄からカップラーメン二つ取り出す。

「一日分しか持ってきてなかったから俺はいらない。二人で食べてくれ」

 と、粉末スープタイプのカップラーメンを二つ、優里と絵里香に渡した。玲のリュックサックには最低限と言いながらも、色んなことに対応できるようにかなり様々なものが入っている。

 毛布、ナイフ、剣鉈、弾薬、応急手当セット、ヘッドライト、やかん、水、ライター、そしてカップラーメン。

 まるで四次元ポケットいや、宝箱のような玲の鞄に絵里香はドラえもんみたい、ではなくパズーみたいだと言った。

「ジブリが好きなのか?」

「お父さんがね、ラピュタが好きだった」

 ああ、またやってしまったと思った玲は「あたりの戸締りを確認してくる」と言って、その場を離れようとする。

「一緒に食べようよ、カップラーメン」

 絵里香のその言葉にまるで銃で撃たれたかのような衝撃を、玲は感じた。

「そうだな……。でも食事の前に戸締りだけでも」

「ボウリング中あれだけはしゃいでたのに、誰も来なかったんだから大丈夫だよって言っても、見てくるよね?」

 絵里香も玲の性格をだんだんとわかってきているようだった。

「そうだな、気になっちまったから」

「じゃあ作ってるから十分くらいで戻ってきてね?」

 そう言って、絵里香は玲への視線を外し、やかんの中の水が沸騰するのを待った。


 玲は、ふと頬を流れた雫に驚きを覚えた。が、それもそうだろうと自分の心の変化を納得した。

 そう、今日は三人でカップラーメンを啜る。

 三人で。

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