第10話 現れた邪神
荒れ山に日がさし、二人はまぶしさのなかで目を覚ました。
溜まっていた疲れと、急に緊張がほぐれたせいで、深く眠ってしまったようだ。
足の痛みが軽くなっている一方で、蚊に刺され放題となり、顔も体もかゆくてたまらなかった。
「村井さんのおでことほっぺた、でこぼこになってるよ」
「平田君だって」
二人は互いのひどい顔を見て笑い転げた。真一があまりにも笑うので、しまいに綾乃は怒った。
「おかしくて笑うのも、限度ってものがあるわ!」
「ごめんごめん、ぶっ」
我慢できない真一の頭に、硬いげんこつが落ちた。
「それで、これからどうする?」
真一は綾乃の問いには答えないで、崖に突き出した岩に跳び乗った。岩の端には、すっかり錆びついた鉄の杭が打たれている。
「村井さん。こっちに来てごらんよ」
「まあ!」
怖々と岩にのった綾乃が小さな声をあげた。
眼下に広がる町が、かわいらしい箱庭のように見えていた。
・・手の平に乗るほどに見える大小様々な建物の中で、普段なら、人々がそれぞれの日々を送っている・・当たり前のことだが、とても不思議で大切なことのように思えた。
しかし、残念ながら、箱庭の町は美しいと言えるものではなかった。
あちこちに無理に林を横切ろうとする道があったり、湾岸には 海を濁して伸びる灰色の埋め立て地があった。四国にある地方の町だったが、最近、急に都市化が進んでいたのだ。
『自然を破壊してまで、道路建設や湾岸の埋め立てをする必要はない』
一部の住民が声高らかに叫んでいたが、『始められたものは止められない』と、その声は聞き流されていた。
「まるでセーターの虫食いだ。自分の服だと思ったら、絶対に許さないだろうに」
「だけど、こういうことって、世界の至る所で起こっているのよね。人間は自分勝手に世界の秩序を壊しているのだわ」
綾乃が顔をしかめて胸をおさえた。
「村井さん。あれ、おかしいよ」
視線を近くにずらした真一が、山裾を指さした。
中学校から歩いて五分ほどの神社に、数十人もの人だかりができていた。少し離れた神社にも、たくさん集まっている。
・・! ・・! ・・!
目を凝らした二人に、重いものを打ちつける音が聞こえてきた。
「建物の前で何か壊している」
「狛犬だわ」
綾乃の言うとおりだった。人々は、大きなハンマーやらつるはしを神社の狛犬に打ちつけていたのだ。
「狛犬って、悪い霊から神様を守るために置いてあるのよね。ということは、」
「町の人たちは、邪神を迎える準備をしているんだ」
真一は、震えそうになる唇に手を当てて言った。
「見て」
綾乃は、学校の校庭に目を向けていた。
「あれは博物館の車だ」
校庭の中ほどに、昨夜、玄関先で見かけたワゴン車が停まっていた。すぐにもドアが開き、大切そうに何かを抱えた一人が出てきた。その人は、先日掘ったままだった穴に入り、抱えていたものを置いた。
「隕石を元の穴に戻しているんだ」
やがて、掘り出した時と同じように、ショベルカーが動きだして穴を埋めはじめた。
陽が強く照り始めた頃には、校庭は平らになっていた。
ショベルカーは校門まで下がり、五、六人の人が、竹ぼうきで丁寧に校庭を掃きだした。
すっかりきれいになってから暫くして、白茶けていた土が濃い茶色に変わっていった。そして中心あたりがごっぽりと凹み、中から黒いものが出てきた。
「あれは・・」
それはまるで虫のようだった。
「アリジゴクだ!」
真一の横で、綾乃が口を押さえた。
アリジゴクの怪物は、巨大な体を揺すらせて、校庭をぐるぐると回りはじめた。バネ仕掛けのような黒い後ろ脚からは、弾かれた無数の土の塊が校庭の端に飛んでいっている。
「あれが邪神・・そう言えば田中君たち、校庭の真ん中にアリジゴクを埋めたって・・」
「そうだ。それに邪神が取り憑いたんだ。そして今、作っているのは巣。邪神は人間を引きずり込んで食べるための 巣を作っているんだ。ああっ」
唸るようにいった真一が、急に首筋に手を当てた。
ライオンに噛まれた傷跡が、我慢できないほどに痛みはじめたのだ。息もろくにできず、
「首に!」
突然、目を見張って叫んだ。
激しい痛みのなかで、真一は首をまさぐった。何かの形のように凸凹としている。
「首の傷が、ライオンの形になっているわ」
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