第7話 夜の博物館
中学校の校庭に落ちた隕石のことは、全国はもとより、地元のニュースでも小さく報道されただけだった。町なかに隕石が落ちるなど、珍しいことではあったのだが、被害は全くなく、話題性は低かったのだ。
翌日の夜、同じく地元で起こったこととして、ずっと大きく取り上げられた事件があった。学校から十キロほど南にある原子力研究所から、放射能防護服の頭部が二つ盗まれたのだ。
研究所のロビーに、今は使われていない古いタイプの服を、見本用に吊してあったのだが、頭部だけを盗むなど。一体、何のために使うというのだろう。
『誰かが極秘に核実験をしようとしているのだ』などという噂も流れたが、あまりにも中途半端な泥棒である。それに歴史的な価値があるというわけでもない。では、いわゆる風変わりな
・・ ・・ ・・
「おおっ!」
隕石が落下してから三日たった朝のこと、新聞を読んでいた真一の父さんが、急に大声を出した。朝食を食べていた真一と稔は、ぎくりと顔を上げた。
「ほら、新聞に書いてある。先日の隕石が、もう、展示されるんだってさ。それもこの町の博物館に」
「それって、きらきら光ったりするの」
稔が聞いた。
「いや、鶏の卵ぐらいの大きさで、鈍い黒色だとさ」
「そんなの工事現場にごろごろしているよ」
稔は素っ気なく言ったが、真一の胸には何かが引っかかった。
『もう展示することになったって・・』
「父さんな、ずっと前から、こんな時を待っていたんだ。子供の頃、大阪で隕石博覧会があって、無人の探査衛星が小惑星から持ち帰った石も展示されたんだ。けど見に行けなくて、とても残念だったんだ。
でも今度は行ける。夜の九時まで博物館は開いているらしい。それに初日の来館者に限り、入館料は無料で十万円分の商品券が当たる抽選もあるらしい。今夜、さっそく家族で見に行こう。なあ、母さん」
立て続けにしゃべる父さんの目は、少年のように輝いていた。
台所で洗い物をしている母さんが、笑いながらカウンターをのぞき込んだ。
「私、その隕石博覧会を見に行ったわよ。どの隕石も、宇宙の石も、その辺に落ちている石ころと変わらなかったわ。それより、展示場を出た時に食べたアイスクリームの美味しかったこと。そっちの方がよく覚えているわ」
「そりゃ、そうだろうけどさ。今度の隕石には、魔法の力があるかも知れないんだぞ」
父さんは、なんとか真一や稔の関心を引きたいようだったが、稔の返事は、
「うん、僕も行きたい!だから帰りに、アイス買ってよ」
と、相変わらずつれないものだった。
「真一、おまえなら分かるだろう、男のロマンってやつを」
「分からないこともないけど・・」
真一は、胸に引っかかっていたことを口にした。
「正が言っていたけど、隕石を発見したら、その成分を分析するのに一ヶ月はかかるって。でもまだ三日しかたっていない。ちょっとおかしくない?」
「なんだよ、おまえも男のロマンがわからないのか。しかし、確かに正君の言う通りだ。早過ぎるといえば早過ぎる。うーん、いやいや、きっと博物館の館長が、特別に計らってくれたんだよ。もしかしたら、展示時間外に調べているのかもしれないじゃないか」
結局、何を言っても、父さんの勢いは止まらなかった。
「ねえ、お父さんの男のロマンというものに、付き合ってあげましょうよ。それに十万円分の商品券の抽選があるなんて、主婦としては絶対見逃せないわ」
母さんが目玉をくりっと回して言った。
「それでこそ僕の選んだ女性だ。じゃあ今夜、仕事から帰ってきてから、八時に出かけよう」
父さんはほくそ笑みながら、自分のウインナーを真一と稔の皿に転がした。
「ウインナーじゃなくて。アイスクリーム、ぜったい買ってよ」
強くせがむ稔の横で、真一はしぶしぶと頷いた。
「ついでに僕のお願いも聞いてくれる?」
「なんだ、小遣いのことか。それは母さんとも相談しないといけないんだが」
「ううん。大したことじゃないんだ。博物館に行った時にしてほしいことがあるんだ」
もじもじ言う真一に、父さんは拳を握って腕を突き出した。
「おう、なんだって大丈夫だ。裸で逆立ちだってオッケーだぞ!」
「そんなの、私は絶対いや」
そう言いながらも母さんはクスクスと笑っていた。
その夜、父さんは八時十分前に帰ってきた。
そのまま一人分残してあった夕食をかきこみ、化粧を直している母さんを「早く」とせっついた。
家族の外出で、約束の時間通りに行動するなど、滅多にないことだったが、八時ジャスト、車はエンジン音も高らかに博物館に向けて出発した。
「ほれほれ、博物館がお迎えしているぞ」
ハンドルを握る父さんの言葉の通り、博物館は遠目からでも目立つほどに、煌々と明かりを灯していた。
駐車場には職員が立ち、ひっきりなしに訪れる車の整理に追われていた。
商品券の抽選のお目当てもあるだろう、それこそ、町中の人が来ているようだった。駐車場から歩いていく途中では、近所の人や学校の友人、他にも何人もの見知った顔と出会った。
『なにか、おかしい』
真一の胸に抱いていた不安が大きくうねりだした。
点々と続く照明の下、人々は、ただトツトツと帰り道を歩いていったのだ。まるで、命のないマネキン人形のように。
「おっ」
「やあ」
建物の入口の回転ドアの所で、健太の家族とすれ違った。恥ずかしそうにお辞儀をしながら通り過ぎていく。振り返れば、健太はガッツポーズをしていた。
「おい、真一、さっきの木沢君の家族だろう。なんで皆、サングラスなんてかけていたんだ?」
父さんが不思議そうに聞いた。
「そのことなんだけど」
真一は頭をかきながらも、手に持っていた小袋からサングラスを取り出した。
「僕、健太たちと約束してしまったんだ。隕石を見ることがあったら、家族皆にサングラスをかけさせるって」
「また妙な約束をしたな。それが今朝、言っていたお願い事ってやつか」
父さんはがくりと膝を落とした。
「父さん、言ったよね。裸で逆立ちしてもいいって」
「確かになあ。まあ、仕方ないか、友だち思いのおまえの約束だものな。なあ、母さん」
母さんは、どこでサングラスなど手に入れたのかと疑いの目を向けたが、そのいかにも手作りのような不格好さに、ひとまず安心したようだった。
「兄ちゃん、これ、格好いいよ。それによく見えるしさ」
さっそくサングラスをかけた稔は、Vサインを出してはしゃぎはじめた。父さんは腰に手を当て、母さんと顔を見合わせている。
「どうだ、まんざらじゃないだろう。母さんもいけてる」
そのまま父さんは、母さんの手を握り、さっそうと歩き始めた。
「まるでスパイ気取りだね。映画の観すぎ」
けらけらと笑った稔は、小走りに先頭を切った。
「こらこら、走ってはいけませんよ」
恥ずかしさのためか、いつもとは違う上品な母さんの声が廊下に小さく響いた。
真一は胸を撫で下ろした。
『健太はうまくやったんだ。正と村井さんもうまくいけばいいけど』
実は、真一が配ったサングラスは、盗まれた放射能防護服の頭部についていたものだった。謎の犯人は、真一と綾乃、それに健太と正だったのだ。
しかし何故、そんなことを・・。これにはしっかりとした理由があった。
隕石落下の朝、真一は、家に寄った健太と正に、白いライオンから聞いた邪神のことを話した。
「なんまいだい、なんまいだか・・・」
健太は怪しいお経を唱えながら頬をひくつかせた。
真一の話だけなら、全くの夢物語と笑い飛ばされただろうが、横には真剣に頷く綾乃もいたのだ。正は邪神のことは信じなかったが、やはり、隕石を掘り出した人たちの様子が妙だった事に気づいていた。
もちろん、剣士と巫女のことについては黙っていた。もし話したら、健太と正は二人を冷やかして、真面目に話を聞かなくなっていただろうから。
「それで、気づいてしまった僕たちは、何をするべきかなのだけど」
「大人に相談しましょうよ」
「そんなの信じてくれるわけがないよ」
「まずは、自分たちを守ることが肝心だよ」
あれこれ話し合った結果、将来のために準備しておくことになったのだ。
校庭から隕石を掘り出した人たちは、防護服を被っている時には、喜びの声をあげていたのに、車に乗って帰る時には、全く笑っていなかった。触っていないはずの人も皆だ。
【隕石を近くで見る時は、防護服のゴーグルを通して見ないといけない!】
とりあえず出たこの結論から、さっそく頭脳派の正を、原子力研究所に行かせて下見をさせ、翌日、他の三人が、見学者に混じって防護服の頭部を盗んできたのだ。
次第はこうだった。
ロビーにいた見学者が移動したところを見計らい、健太が派手に水筒のジュースをこぼした。「まあ、たいへん」と受付のお姉さんが、モップを取りに行っている間に、真一と綾乃が、そそくさと防護服の頭部を外し、荷物置き場に置いておいた大きめのバッグに押し込んだ。そのまま、何くわぬ顔をして他の見学客に混じり、見学が終わって、そのままバッグを持ってバイバイしたというところだ。
あまりにも簡単なことだったが、それほどに防護服には注意は払われていなかった。それに、ゴーグル型の黒いビニルをはった白い紙袋を、代わりに被せておいたのも効果を発揮したようだった。
事件が発覚したのは、その日の夕方、警備員が見回りに来た時だったという。
そして「夏休みの共同製作なんだ」と、車の修理屋をしている健太のお父さんをだまし、工場の機材を借りてゴーグルを加工してサングラスを作ったのだ。
隕石を見なければならなくなった時に備えてのことだったが、こんなにも早く、その時がこようとは・・
先ほどのガッツポーズを見る限り、健太はいつもと変わりなかった。やはり、サングラスを通して見れば大丈夫なようだ。
「おや、杉山さん。こんばんは」
廊下で父さんが、隣の家の杉山さん夫妻に挨拶をした。いつもは愛想のいいおじさん、おばさんだが、こちらをチラリとも見ずに、そのまま通り過ぎていった。
「こんなサングラスをかけているから、気づかなかったんだ」
父さんがぶつぶつと言った。
「あれ?野山さんに、井口さん・・」
母さんも首をひねっている。ウォーキング仲間の二人も、素知らぬ顔をして通り過ぎていったのだ。いつもなら、出会ったら最後、三十分はしゃべり続けるというのに。
それから一旦、サングラスを外した真一の家族は、何人もの知り合いにお辞儀やら声かけをした。しかし、皆、ただ前を向いて歩いていくだけだった。
博物館から帰っていく人は、誰も笑っていなかった。面を付けたように硬い顔をして歩いていくばかり・・四人の推測は正しかったのだ。
「真一、これに何かあるな」
サングラスを指で弾きながら、父さんが真面目な声で言った。
「いつも通りなのは、これをかけていた木沢さんの家族だけだ。後で説明してくれよ。母さんに稔、真一のくれたサングラス、きちんとかけて、絶対に外しちゃだめだぞ」
「アイアイサー!」
稔が額に手を当てて返事をした。
「さすがだよ。気づいてくれたんだね」
真一が言うと、父さんは頷いて、ますます背筋を伸ばして歩きだした。
「だから映画の観過ぎだって」
ちゃかす稔の手を、不安そうに口をすぼめた母さんがぎゅっと握った。
四人は 流れ星のマークのついた矢印に沿って廊下を進み、二階の大ホールに入った。入口にノートがあり、見学者は名前と住所を書くようになっていた。気づかずに通り過ぎようとすると、
「記入された名前の番号で、商品券の抽選を行います、どうぞお忘れなく」
係員が記入するように指示していた。
「あれで来館者の名簿を作れる」
「来館していない人のチェックにもなる」
真一のつぶやきに、父さんが付け足した。
体育館のように広いホールの真ん中に、隕石は展示してあった。
新聞記事に書かれていた通り、鶏の卵ぐらいの大きさで、少しでこぼこしていた。スポットライトを浴びて、不気味に黒く光っている。
前に並んでいた若いカップルは、肩を寄せて幸せそうにイチャイチャしていたが、隕石を見た途端、それまで組んでいた腕をほどき、その顔は凍りついたように硬くなった。
「兄ちゃん、あれ、恐竜の卵みたいだ」
稔がこそりと言った。
真一たちは気付かなかったが、家族連れそってホールを出た四人の後ろで、係員が名前を記入したノートに何かしらを書き込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます