第6話 学校に落ちた隕石

その夜、真一は遅くまで起きていた。

時間は、とうに0時を過ぎているだろう。けれど体の内側が熱くてたまらなかった。先日、取り付けたばかりの冷房で、部屋を寒いほどに冷やしても眠気はやってこなかった。代わりに稔がやってきて、ベッドに乗り込んで、そのまま寝てしまった。


熱さの原因は、夕刻に白いライオンから聞いた言葉・・それがべったりと頭に張り付いて離れなくなっていたのだ。

『人の心を奪い、その体を食べる邪神が現れる。それと戦うために僕がいる。村井さんがこの町に引っ越してきたのもそのため。いったいどうなっている・・』


今は、高ぶった気持ちを落ち着かせようと、玄関で竹刀を振っていたところだった。


と、いきなり、廊下の電話が鳴った。

引きつるような手で受話器を取ると、震える少女の声が聞こえてきた。

「平田君?」

「うん、村井さん、だよね」

心のどこかで予想していた相手だった。


「どうしたの、こんな遅くに?」

「ごめんね。でも、どうしても話したいことがあって・・。私、眠れなくて、ベランダに出て空を見ていたの。そうしたら、急に輝くものが空に生まれて、流れ星みたいにこの近くに落ちたの。たぶん学校のあたりだと思うけど。もしかしたら、あれがライオンが話していた邪神なのかもしれない。ねえ、どうしたらいい」

取りとめもない質問だった。いや、そうであって欲しいものだった。


真一は、できる限りゆっくりと話をした。

「村井さんの見た通りなのかも知れない。でも大丈夫だよ。ほら、耳を澄ましてごらんよ。サイレンも何も聞こえてこない。もし邪神とかだったら、きっと町中が大騒ぎだよ。朝になったら学校に行ってみようよ。そうすれば、はっきりするよ」

「そうよね」綾乃の声は、少しほっとしたようだった。

「とにかく今日は寝ないと。こんなに心配性だったなんて、私、自分でも知らなかった。お休みなさい」

「僕だってそうさ。こんな遅くまで起きていたんだもの。でも、もう寝ないとね。お休み」


受話器を置いた後、治っているはずの首の傷がじんじんと痛みはじめた。鼓動が早くなり息苦しくなっている。綾乃を安心させるための言葉だったが、実際の所、邪神など見たこともない真一に何も言えるはずがなかったのだ。


「なんだ、まだ起きていたのか。さっき電話が鳴ったみたいだが」

二階から父さんが降りてきた。

「うん、間違い電話だった」


真一は嘘をついた。

夕食の時に、ライオンの言葉を聞いたことを話しても、父さんは信じてはくれなかった。母さんは「この子、病気かしら?」と心配そうに顔を見つめた。稔は「兄ちゃんなら、カラスの言葉だってわかるよ」とけらけら笑っていた。

だから、「邪神が来たのかもしれない」などと話しても、尚更に信じてもらえるはずがなかったのだ。


「こんな夜中に間違い電話か、迷惑なことだ。真一・・素振りもいいけど、早く寝るんだぞ」

父さんは、ぼりぼりと頭をかきながら、二階に戻っていった。


「村井さんも眠れないだろうな」

真一は首のかさぶたを撫でながら、天井に鈍く光る電球を見つめた。


・・ ・・ ・・


翌日、ほとんど眠れないまま起き出した真一は、食事をとると、さっそく学校に向かった。

夏休みだというのに、校門の向こうの駐車場には多くの人だかりが見えた。校庭の入口には、ロープで仕切りがされ、「関係者以外立入禁止」と書かれたプレートが下がっている。

『何があったの・・』

見物人を押しのけて前に出ると、三台のショベルカーが、唸りをあげて土を掘り上げていた。近くで作業している人は、皆、白いカッパのような服を着ている。


「放射能防護服だわ」

いつの間にか、隣に綾乃が立っていた。

「昨日の電話と関係があるの?」

真一が聞くと、綾乃が心配そうに答えた。

「あの流れ星はやはり校庭に落ちたのよ。それをああやって、掘り出しているのだわ。もしあの流れ星、いえ、隕石が放射能をもっていたら危険でしょう。だから、あんな服を着ているのよ」

『村井さんって、音楽が得意なだけでなくて、いろんなことを知ってるんだ』

真一は感心しながら改めて綾乃を見た。

「やっぱり隕石だったのかしら。それならいいのだけど」

Tシャツ姿の綾乃は、硬い表情のまま校庭を見つめている。


「よっ、ご両人。昨日の花火大会は、さぞかし綺麗だったでやんしょ」

はやし立てるような声とともに、真一の肩を叩いたのは健太だった。すぐに、正もやってきた。

「朝のニュースで言っていたよ。学校に隕石が落ちたって」

正が言うと、健太は少しむくれ顔になって言った。

「まったく神様は容赦なしだよな。俺たちのささやかな実験さえ、台無しにしてくれるのだから」

「実験って?」

「昨日、真一君が先に帰った後でね・・」

問いかけた真一に、正が答えた

「僕ら、売店の軒先でアリジゴクを見つけたんだ。それで広い所でも巣を作るか試そうと思って、校庭の真ん中にアリジゴクを置いたんだ。ほら、穴を掘っているあそこらへん」

「そこに隕石が落下だよ。まったく」

肩をすぼめる健太の一方、正は隕石の方に興味があるらしく、明るい目をして校庭を見つめている

「まあ、自然現象には逆らえないよ」

真一は健太の太い肩を、なだめるように撫でてあげた。


しばらくして、ガタピシと動いていたショベルカーが後ろに退き、シャベルやらを持った数人が、深く掘り込んだ穴に入った。

「もう少しで掘り出せる」

正が興奮ぎみに息を荒立てた。健太は、重い体を真一にもたれかけ、眠たそうに半目状態になっている。

四人の周囲で、がやついていた人々が静まり返った。

・・もしや、白いライオンの言っていた邪神が出てくるのではないか!・・

真一と綾乃の目が大きく開かれた。


マジックハンドのようなものを持った人が、慎重に穴から出てきた。その先には、小さな塊が挟まれている。さらに数人が、それに黒い箱を当てている。

「ガイガーカウンター」

また正がつぶやいた。勉強が得意な正は、特に理科には目がないのだ。

「放射能レベルを調べるのね」と綾乃。


隕石を調べていた人が、見物人に向かって手を振った。

「宇宙からの贈り物です。危険な放射能は出ていません」

防護服の頭部を外しながら、喜びの声をあげた。

どっと拍手が沸き起こった。真一と綾乃はほっと胸をなで下ろした。

「あー、ただの石ころを相手にそんなに騒がなくても」

健太がつまらなそうに首を振った。

「家に帰って、もう一回、寝ようっと」

「隕石だってすごいことだよ。地球にはない未知の鉱物が含まれているかもしれないんだ。もしかしたら、それで宇宙創造の謎が解けるかもしれないよ。何もなくても、どこかの博物館に展示されるはずだよ」

正は、もっと見たいとばかりに背伸びをしている。


それから間もなく、掘り出したばかりの隕石を載せた車が、横を走り過ぎた。

「今の見た?」

綾乃が小さく聞いた。

「うん、車に乗っている人たちの顔だよね。何か変だった。さっきまで、あんなに喜んでいたのに」

真一は首をかしげた。

窓の中に見えた人は、まるで、面でも被っているかのように無表情だったのだ。悲しい事件が起こったわけでもないのに、もう少し笑顔や愛想を振りまいてもよいはずである。


綾乃が、そっと真一の手を握った。

「人々の喜びと悲しみの心を奪う邪神・・」

真一はつぶやきながら、その手を握り返した。


「ちょっと家に来てほしいんだ」

校門に向かう途中、真一は三人に声をかけた。その真剣な顔に、三人は何も言わずに頷いた。


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