April Fool,around

 例年になく底冷えのする3月が過ぎ、冬眠から目覚めた動植物たちの軽やかで生命力に満ちあふれた春の陽気が、ヴィアレットの庭園を彩り始めていた。枯れた草ばかりだった侘しいキャンバスは、日ごとに塗られる自然の絵筆によって、刻一刻と色鮮やかに装飾され、淡い木漏れ日光が差し込むしっとりと濡れた冷たい土にも、可愛らしい小さな双葉が顔を覗かせている。

 春の花が芽吹く草木を、一人の少年が寝転びながら眺めていた。メラメラと燃える太陽から遙か旅してきた光が、そのオッドアイの宝石の瞳に乱反射し、まるでひとつの銀河を形成するようである。

「薔薇の下には何があると思う?お兄様」

 ヴィアレットの双子の妹が、膝を枕に眠る兄の顔を優しく撫でながら聞いた。

「さぁ、何があるのだろうね」

 薔薇の季節にはまだ少しある。ゆずるは珍しくどこか上の空に、妹の質問に答えた。

「秘密よ」

 ゆなはその美しくしなやかに伸びる球体関節の指で、優しく兄の花唇をなぞった。薔薇の花びらに喩えるよりも、むしろ昆虫の硬い外骨格にも似た、艶やかなその感触は、浜辺に打ち上げられた貝殻の、あの無機物と化した生物の抜け殻を思わせる。

「いじわるだね」

 ゆずるは口元へ這わせる妹の指へ、白檀の蔓が絡みつくようにゆっくりと這わせると、それを口内へと招き入れた。

 双子の身体は人形である。無機物よりも生物らしく、有機物よりも石灰と金属の混合体を有する、不可思議な存在である。

 少女は兄の冷たく乾いた口内へと隠れた自分の指先を見て、いたずらっぽく微笑んだ。

「ねぇ、お兄様。薔薇の下には何があると思う?」

 ゆなは再び、兄へと問うた。

「さぁ、何だろうね」

 ゆずるは妹の掌へ頬を寄せて答えた。

「秘密よ」

 答えは同じ。

「秘密なんだね」

「えぇ、薔薇の下には秘密があるのよ」


※sub rosa(under the rose)はラテン語で「秘密」を表す。

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