Slug.

 風が木から幾枚もの色づいた葉をふるい落とし、語源の通りに蛙が手を開いたような、軽やかな楓の葉が、爽やかな秋風の吹くにつれてさわさわと揺れていた。

 鈴虫が庭の草むらあたりで鳴き始め、細長い蜻蛉が、紗を思わせる青色の翅で、彗星のように飛び回っていた。

 晩秋の侘しくも涼やかな空気が美しく整えられたヴィアレットの庭園を包み込んでいた。夕方も5時を過ぎればすでに青空の向こうに茜色のグラデーションが見え、自然の作り出す無限の色彩のパレットが惜しみなく人々の目に映じ始めている。

 ゆずる=ヴィアレットは妹を連れ立って、庭園に設えられた殿堂の椅子に隣同士に座っていた。双子はともに紫と黒を基調にした柔らかなシルク生地の衣装に身を包み、陽の落ちつつある薄暗い木立の集まるなかに溶け込むようで、殿堂のなかにはちらちらと揺れ動く蝋燭を有したランタンが吊り下げられており、ゆずるには妹の赤と青のヘテロの瞳がより際立って輝いているように見えた。

 双子は肩を寄り添いあい、お互いの手を繋いで数時間ばかりを過ごしていた。

「綺麗だね」

 ゆずるは握った妹の手に少しばかり力を加えてそう言った。

「何が綺麗なのかしら?」

 ゆなは兄のその言葉に目を細めて答えた。

「目が綺麗だよ」

「あら、鏡をご覧になれば」

 ゆなは首をやや斜に構え、上目に兄をのぞき込んだ。

「口元も薔薇のようで綺麗だよ」

「当然よ。でもお兄様もふっくらとしているわ」

 妹がゆずるの唇を軽く噛むようにして答えた。

「眉も月のようになでらかで綺麗だよ」

「月がいくつもあるなんて知らなかったわね」

 ゆずるが妹の美しく切り揃えられた髪に隠れた柳眉をなぞるように顔を重ねた。柳に風が吹くような、手応え無い言葉に、ゆずるは目を伏せて、困ったように妹の指と絡ませた。

「もうおしまい?」

 ゆずるの艶やかな横髪に隠れた小さな耳を、妹の花唇が蛇のようにぬめらかに這った。

「そんなこと・・」

「いいのよお兄様。そんなものだわ・・」

 ゆなは言い淀む兄の言葉を遮りながらも、優しく絡ませた指とは反対の手で、兄の頬を撫でた。

 兄と妹の戯れは、ほとんどが妹による百合の絨毯を踏み歩くような優しい蹂躙の繰り返しに終始していた。砂糖菓子のむせかえる甘さに溺れさせられ、棘のひしめく茨の道に手を引かれ、暖かな暖炉の炎に身を寄せて、凍える雪の日の扉の前に立たされる。そのような情容赦のない愛になぶられた少年の心は、錘を抱えて海に沈むような安心感の入り交じった恐怖と、波間に揺蕩う眠気にも似た億劫な気持ちに満ちていた。

「ねぇ、お兄様。私のこと好き?」

 再び妹はその無邪気に輝る明眸にゆずるの姿を映し出した。

「好きだよ。愛してる」

 ゆずるは再び手を握り返し、妹の問いかけに答えた。

「どこが好き?」

「目が好きだ」

「目だけかしら?」

「鼻筋も整ってて好きだ」

「造形の極みね」

「唇も桜の花びらに見えて好き」

「紅色?桃色?」

「紅が映える」

「他には?」

「髪が春の草原のようで好きだ」

「お兄様は夏の新緑のようね」

 ゆなはそっと兄の目にかかる髪を撫でた。問いかけはなおも続く。

「顔だけが好きなのかしら?」

「そんなことないよ」

「ならどこが?」

「手が滑らかで綺麗だよ」

「爪はどう?」

「爪はまるで桜貝のようだね」

「他には?」

「腕も肩も丸くて細くて・・」

「小さくて可愛らしいかしら?」

 ゆずるはこくりと小さく頷いた。

「脚はどうかしら?」

「脚も細くて長くて・・」

「均整がとれているわね?」

 ゆなは兄の手の甲をなぞりながら答えた。

「他には・・」

 ゆずるが答えようとするのを妹が止めた。

「そうね。お兄様。こんな戯れは疲れるだけね」

 ゆなはそう言うと、兄の後ろ髪に覗く白い肌の首筋に桜唇を軽く這わせた。不愉快な石膏の擦れあう感触のなかに、ぞくぞくとしたくすぐったさが走った。

「ゆな・・」

 兄はどこか縋るような瞳をゆなに向けた。

「結局、これしかないのね」

 ゆなはそう言って、兄の背中に手を這わせると、絡ませた指に一層力を込めた。

 ゆらゆらと揺れ動く蝋燭の灯りの影が、双子の重なった姿を映し出していた。

 

 

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