.and,Doll kissの解説または覚え書き

 今回のお話はいつも描くヴィアレット家の物語のなかでは毛色の違うものとなっていますが、ある意味この物語の中心部に触れるお話になったと思います。

 今回は「愛の確証」というのをテーマとして描きました。

 そもそも、ヴィアレット物語の根幹をなすテーマは愛情の示し方にあります。執事とメイドたちは命がけで双子を守ろうとします。もしくはお金を稼いだり、生活を豊かにする発明をします。これは全て愛情の奉仕の形です。

 ゆなは「自分が愛されている」ということを知っています。人形は愛されるために人間が作り出した存在なので、それをゆなもゆずるもアイデンティティとして理解しています。兄は優しくていつも一緒にいてくれているし、愛情の言葉も常に言ってくれています。ですが、人間がそれだけでは不安を感じるのと同じように、その愛情を心の底から感じなられければ、空虚でしかありません。

 ゆなは愛されている確証が欲しかったのです。

 そのために、ゆなはほんの少しの気まぐれと好奇心からゆずるにキスをねだります。人間の描く男女の愛情の表現、性行為による愛情がどのようなものか試してみたのです。

 でもそれは人間の男女なら、身体を重ねることで交換できる、伝え合う事ができたかもしれませんが、リビドーと性的エクスタシーのないドールの身体では確かめあうことはできません。そもそも、双子には生殖器官がありません。

 だからゆなは最初のキスでは、無機質な接触に終わったことに落胆し、もういいわと突き放すように言ってそっぽを向いてしまいます。それをゆずるは抱きしめて、愛情を示そうとします。ですが、それもゆなにとっては日常的なタッチングの範囲なので大して心に響きません。

 次にゆなはゆずるに愛していると伝えることで、言葉による最大級の愛情を引き出そうとします。下から見上げるようにして微笑んだのは男性がこのようにすると庇護欲を感じやすいと本で読んだからです。ゆなは読書家のため知識は多く持ち合わせています。

 でもゆなはゆずるから愛の言葉を返して貰っても、満たされる気持ちは起こりません。それは毎日のように聴いている繰り返しの言葉に過ぎないからです。

 「愛」はそれが自分にとってこれ以上無い最大のモノでないと相手の心を動かす程の力を持ちません。例えば心中なども一種の愛情表現の極致でしょう。しかし、「死」の概念のない人形には意味がありません。

 富も名声も地位も二人とも持っています。人間の男女が愛を確かめる性行為も双子は行えず、まして愛の結晶である子どもも持てるはずがありません。双子にとっては相手に愛を伝える方法は言葉くらいしか残っていませんでした。そしてそれも段々と飽きてきてしまった。

 ゆなはゆずるの愛の言葉を嘘と断じました。

 「その言葉は心の奥底から出るものじゃなく、考えて言ったものでしょ?」というのが、ゆなの嘘ねに続く言葉です。

 それはゆずるも同じです。ゆずるはゆなと同じ身体だからです。双子は常に鏡合わせのように同じように考えています。

 双子は愛を伝える方法を全て失った存在となってしまいました。

 この瞬間、双子に残されたのはキスを交わすことだけでした。これだけが唯一、双子がお互いに確かめあうことのできる愛の形なのです。

 双子が身体を重ねて向き合うとき、ゆなはキスがドールの身体で表現できる残された愛情の形だと理解しました。

 兄も自分もこれ以外に愛を確かめ合う方法はありません。

 だから最後にキスしてもらうことで満足したのです。

 もちろん、キスくらいで相手の愛の全てを受け入れるとはなんと子どもっぽいと断じてしまう人もいるでしょう。

 ですが究極を言えば、愛の授受は自己満足に過ぎません。相手が例え嘘の愛を囁いても受取手が満足ならばそれが全てなのです。

 それが虚構だろうとなんだろうとこれしかないのです。

 双子にとっての「キス」とは愛を確かめあう儀式なのです。

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