ヴィアレット家物語 双子についての話
Yuna=Atari=Vialette
.and ,Doll Kiss
季節が足並みを乱して進んでいた。
初夏から続いていたうだるような炎熱もいったん和らいだかと思えば、豪雨と凍えるような冷気に襲われ、そして再び白い積乱雲が地平線の向こうから現れ、ぎらぎらと焼け付くような暑さ、やり切れない酷暑へと再び変わってしまった。おぞましい溶鉱炉のような暑さがじりじりとヴィアレットの屋敷を圧迫していた。
双子は陽もまだ傾きかかった頃、湯浴みする部屋にこもっていた。そこには大人が一人身体を横たえる程の大きさの、艶やかな光沢を放つ
いつもなら、身体を拭いたり手入れを手伝うメイドが部屋に設えた椅子に座って待っているのに、今日に限っては誰も立ち入ることは許されず、椅子の上には人を呼ぶための鈴が置かれているのみだった。
二人は緩やかな曲線を描く浴槽に背中を預け、互い違いになるよう脚を伸ばし、帆船の船首のようになった縁に頭を置いて、じっと身体を横たえていた。
唐突に、向き合うように座っていた妹がゆっくりと身体を起こし、ゆずるの方へと寄せていく。ゆずるは特に身じろぎもせず、ただ黙って妹の好きにさせていた。妹の固く小さなぽっちりと盛り上がった胸が少年の平たい胸の上にそっとのしかかった。
カリ・・カリ・・
不愉快なあるいは耳障りな、石膏のもしくは紙きれの擦れあうような音が二人の身体が触れあうたびに小さく鳴った。
ねぇお兄様。
ゆなはテーブルや庭先や布団のなかでするような、気を惹く程でもない感動詞と共に兄を呼びながら言った。
キスして欲しいわ。
何の脈絡もなく、妹が兄へ懇願する内容は、ある種微笑ましい、それでいて背徳的なものだった。ゆずるは何も言わずに自分を押し倒すようにして寝転ぶ妹の薄紅く濡れそぼる唇にそっと重ねた。だがそれは、冷感的な、ガラス質にも似た、柔らかな肌を持たない無機質なモノの接触に過ぎない。二人はそっと離れた。
ダメねやはり。人形の身体だもの。
ゆなの瞳に映る星屑が、不愉快げにもしくは苛立ちにも似た色を帯びると、ゆなはばしゃばしゃと白い湯を跳ね散らかしながら背中を向け、もういいわと興味を失った子どものように冷たく言い放ち、兄の身体に自分の姿態をしなだれかからせた。
カリ・・カリ・・
肌が擦れあうたびにあの不愉快な音が小さく聴こえる。
お兄様。明日は何をしようかしら。それとも何もしないをしようかしら。退屈は嫌よ。退屈は嫌い。
二人を無粋に照らす照明へと重なるようにゆなは右手を掲げた。指の隙間から漏れ出る光のシャワーをふんだんに、滴る水をぽつりぽつりと浴びながらも、その手は見えない幻想を掴もうと伸ばすように見えた。
僕はゆなといるだけで楽しいよ。
ゆずるは妹の身体を抱き寄せ、頬をその濡れた緑色の髪へと合わせた。水をたっぷりと含んだ髪の束からじんわりと温かみを感じていた。
いつも一緒にいるじゃない。
ゆなは兄の方は振り返らずにどこか投げやり気味に答えた。
いつもじゃ足りないんだ。
ゆずるは妹の身体を抱きしめる力を少しだけ強めた。
ゆなは兄の抱きしめる両手を少し押しのけ、ほんの一瞬身体を起こすと、ぐるりとゆずるの方へと反転させた。二人は惜しみなく身体を重ねあう形となった。
好きよお兄様。愛しているわ。
ゆなは童女の妖しげなそれでいて無邪気に輝く瞳で、左手をゆずるの胸に置き、意味ありげな微笑を浮かべながら、愛の言葉を囁いた。
僕もゆなが好きだよ。愛してる。
紅と碧の反転した宝石の瞳が共鳴して光り輝き、同じ美しく整った顔が鏡映しにそこにある。
嘘ね。
ゆなは微かに瞼を閉じて言った。夜空に浮かぶ星空に白い雲がかかったようだった。
ゆなも嘘つきだ。
ゆずるは妹の後ろを流れる渦巻く乳白色の泡を見ていた。
あら、本当かも。
なら本当だね。
嘘は言わなければ存在できないわ。
儚いね。
「ねぇお兄様。キスして欲しいわ」
ゆずるは何も言わずに、妹の固い紅唇へと重ねた。今度もただの無機質なモノの接触に終わった。
だが、唇を離すと、少女は満足げに兄の胸へともたれかかるのだった。
ぴちょん。
どこからか落ちた水滴の音がけたたましく乱反射し、波の紋が消え行くようにやがて聞こえなくなった。
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