第24話 偶然の出会い 後編
大崎美緒は爪を噛んでいた。
どうしてこんなことになったのか、苛立ちを隠せない。
今日、父の裁判があった。
兄から一緒に行こうと誘われたが行く気になれなくて断った。しかし、なんとなく電車に乗り裁判所の前まで来てしまった。
兄に行かないと言った手前、裁判所の中に入ることを躊躇った。
駅ビルの中にあるコーヒーショップに入り窓際の席に座ると、裁判所の建物が見えた。
裁判所で何が起こっているのか想像するだけでも億劫だ。
美緒はただひたすら裁判所を見ていた。
美緒は父を犯罪者にしたホテルを恨んでいた。
確かに父は乗っ取りを企てたかもしれないが、元公認会計士だ、それなりに役に立ったはずだ。それなのに横領や殺人の罪を着せて何が楽しいのか。
数時間後、裁判所から人が出てくるのが見えたが、遠くて兄の姿を確認することは出来なかった。
父の犯罪はこれで二回目だ。
一度目は会社も同僚も最初はなんとなく遠巻きに見ていたが、時間が経てば以前のように接してくれた。しかし二度目となるとそれはなくなった。
前回、一度離れて戻ってきてくれた友人や同僚たちは再び戻ってくることはなかった。
そして美緒は会社を辞めた。
今は母の旧姓にして新しい会社に勤め始めている。
今度の会社では父のことは内緒にしている。絶対に知られたくない。
兄が父は騙されていると言っていたが、それでもだ。
一度目の時、離れることがなかった男性は美緒が付き合っていると思っていたが、二度目の直前、好きでもなければ付き合ってもいないとはっきりと言われた。
確かに付き合うと言う言葉はなかったが、常に一緒にいて美緒に優しくしてくれ、父のことがあっても態度を変えることがなかったのでそう思っていたのだ。
父の二度目の事件が分かった直後、その男が婚約したと噂に聞いた。
美緒は兄ほど父のことを思えなかった。だが、今回の父の罪状は横領と殺人、美緒でも簡単に信じることができない内容だ。それに父はいつの間にか再婚していた。相手は以前からの愛人、松川明美。
あの二人は、ずっと不倫関係にあった。一度目の事件があった時、両親は離婚した。それは母や私たちに迷惑をかけないためだと説明されたが、母は父に愛人がいたことを知っていた。それも何人も。
普通に離婚すれば慰謝料を取れるのだが、母は仕事をしたことがなかったので離婚する選択肢はなかったようだ。
父と離婚する時には父の財産は底をつき、母は慰謝料すら払われることなく離婚した。
美緒は馬鹿だと思った。
父と離婚してから慣れない仕事をして母は神経をすり減らしていた。
住んでいた家は父の犯罪が明るみになると同時にマスコミがやってきたので直ぐに家を出た。
どうしてホテル乗っ取りなんか考えたのかと父を詰りたくなるが、自分も同じだと思った。
一度、経験した優雅な生活、立場を夢見たのだろう。父は最初から誰かに使われる人生を送っていない。そのため、誰かの下で働くと言うことに納得できるはずもなかったのだ。
美緒だってそうだ、自営業とはいえ父は公認会計士だった。それなりの地位もあり収入もあった。その生活に慣れた自分もやはり自分が一番でなければ嫌だと思う。
それが最近、如実に現れていた。
それが良くないことだと分かっていても止めることが出来なかった。
私は皆の中心にいるに値する者だと自負している。自分を蔑ろにするものはやはり許せない。美緒は父譲りの虚栄心と自尊心を持ち合わせていた。
今の会社の同僚は父のことは知らない。
実際、父が犯罪を起こしたこの場所は美緒が今住んでいるところからかなり離れている。その為、この事件はそのうち忘れられるだろう。このまま、美緒との関わりがバレなければ問題ない。
美緒は席を立った。
冷めたコーヒーを返却口に戻し店を出る。駅のホームで電車を待っていると、先程のコーヒーショップで見かけた男性がいた。一瞬、マスコミかと警戒心を露わにすると、その男性に駆け寄る女性がいた。
なにやら親しげに話している。電車がきて美緒が乗り込むとその二人も乗り込んだ。
電車は座席指定で二人は比較的近い席だったが、男性がタブレットを操作していた。その横で楽しそうに女性が覗き込んでいた。
美緒は窓に映る景色を見ながら、父のことを世間が忘れるのにどれくらいの時間がかかるのだろうかと考えてみた。
前回は五年だった。今回はそれ以上だ。
父が出所してまた罪を犯さないとは限らないなと諦めにも似た境地になった。
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