第23話 偶然の出会い 中編
後ろの席から聞こえる声が煩い。
長谷航はノートパソコンを開けた。メールが何通か来ていた。
ここで合流する予定だった者たちは、それぞれの理由で来ることが出来なくなったと連絡が入っていた。
それを読んで返信をしていたが、先程から聞こえる男の話し声に苛立っていた。
自分の父親は騙されたのだと言っている。
この向かい側にある裁判所であった裁判の関係者だろう。
長谷航は隣の県に出張に来ていた。今日の朝一で一仕事終えて、入ったコーヒーショップで周囲を見渡す。みんなカジュアルな服装ばかりで自分のスーツ姿が周囲から浮いているのが感じられた。
ジャケットを脱ぎ、ネクタイを外し、シャツのボタンを上から二つほど外すと何とか店の雰囲気に紛れることが出来た。
航は心を落ち着かせながらコーヒーを飲む。これからまだ重要な仕事が残っている。
航は急いでメールのチェックを始めた。
後ろの男の声はだんだん大きくなっていき別の席に座る客が後ろの男にチラチラと見ているのが分かった。それすらも航は気になり落ち着くどころか苛立ちが増していた。
一緒にいるだろう女性の声はここの店に入ってコーヒーを頼んだ時から聞こえない。男が一人で話しているようだ。
それにしても長い。かれこれもう二時間は話し続けているのではないか。
あまりの苛立ちで、メールの返信も怒りに任せそうになるのを必死で思いとどまり、何度も冷静になれと自分に言い聞かせる。
話の内容から半年くらい前にニュースでやっていたホテルのっとり事件の裁判だと分かった。そうすると、後ろの男は主犯の息子だろうか。
後ろの男は、父は無罪だと言っているが、確かニュースでは殺人の容疑と横領の容疑もかけられていたのではなかったか。
それも、かなりしっかりとした証拠もあったように記憶している。
ホテルを乗っ取るために、邪魔な人を陥れていたはずだ。偽の不正をでっち上げ、邪魔な者を排除してホテルの中枢に入り込んだとワイドショーでも何度も取り上げられていたから航もよく知っている。
瀬田和馬、前科のある男をよく会社の中枢に入れたものだと別の意味で感心する。
当時の総支配人は不正を調べていて亡くなって、ホテルの従業員も何人か殺されたと新聞にも出ていた。
確か前の時は直接ではないが、死者が出ているとニュースでやっていた。あの男が動くときは死人が出るのだと思った。まるで死神だ。
それでも無罪と言い張る息子に親も親なら子も……か、と思う。
航は店員にコーヒーのお代わりを頼んだ。
先程来ることができないと連絡があった者から再度、連絡が入った。少し考えて予定変更を伝え、ある提案を送った。
直ぐに返事が来たのは眼鏡の男からだ。あの男も別の場所で動けないでいるようだ。
今日、ここに集まる予定だったのは三人。みんなの最終意見を聞くことになっていた。
眼鏡の男からある提案がなされた。
ふっ。
航は笑みを漏らした。
良いかもしれない。そう思うと直ぐに返事をした。
(了解)
その直後、別の者から返事が来た。ロングヘアの女からだった。
そのメールの内容を確認して、航は少し驚いた。眼鏡の男も同様だったようで先程の提案を少し手直しして送ってきた。
眼鏡の男:(了解)
ロングヘアの女:(御意)
方向性は決まった。
後ろの連れの女性の声が聞こえた、コーヒーを頼んでいる。まだ、いるつもりか?
いい加減にしてくれと言いたい。
メールに返事をしていると航が先ほど頼んだコーヒーが運ばれてきた。
砂糖を多めに入れ一口飲み、ほっと一息つく。
窓の外には高級外車が止まっている。ある所にはあるのだなと思った。
その時、急に後ろの男が立ち上がる気配がした。
やっと帰るのかと思ったその時、驚愕の言葉を聞いた。
「急用が出来たから帰る。お前も適当に帰れ」
一緒に来たのではないのか?
思わず振り返りそうになったが、ここで見るのはどうかと思い、後ろの様子に神経を尖らせた。
バタバタと店を出ていく足音が聞こえたと思ったら、先程の高級外車に乗り込む一人の男が目に入った。
「ありがとう」
後ろから女性の声が聞こえた後、カチャッと音がした。そう言えば、コーヒーを頼んでいたなと思い出した。
高級外車はかなりのスピードを出して走り去っていく。それにしても、女性を置き去りか?
航はそっと後ろを振り返った。
そこには無表情でコーヒーを飲む女がいた。
航もテーブルに置かれたコーヒーを飲んだ。
新たなメールがきた。
航は少し考えて、返事を返した。
(了解)と返ってきた。
航はコーヒーを飲み干すと急いでパソコンを閉じ、帰る準備を始めた。
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