第21話 思惑 後編

ホテルに戻ると、いつものように原口が脅してきた。

今度は怪我を理由にホテルから賠償金を取れと言ってくる。

父親の敵が打てていいじゃないかと言ってくるが美緒はそこまでの思いはない。

もはや、あの父がいなければどんなに良かったかとすら感じる。しかし、その反面、あの父のおかげで美緒は周囲よりもかなり恵まれた生活をしていたことも理解している。


美緒は小さくため息をつき、考えを巡らせた。

父がよく使っていた手を思い出し、同じようにした。

同じセリフに同じ態度と表情を乗せて。


怪我をしたのはホテルの管理が悪いことにして、治療費、仕事の休業補償、更には宿泊している部屋の交換を申し出た。

どこまで受け入れてくれるかなんて保証はないが、原口は出来る限りの要求をしろと背後から圧力をかけてくる。

すぐに、ホテル側の弁護士が出てきて話し合いが始まった。

ただし、理由は分からないが部屋は最上階のスイートに変更してもらえた。気をよくした原口は美緒を使って、ホテル内のレストランを次々と指名して、毎晩のように豪華な食事を希望した。


兄の昌紀に原口たちに脅されていることを伝えると、父の復讐が終わったらそちらも片付けと言ってきた。


美緒は疲れ切っていた。

もう、静かに過ごしたいとそればかり考えている。だが、運命は美緒を休ませてはくれなかった。

なぜか、ホテルの従業員で堀内という男が美緒と兄が、副支配人を襲っている動画で脅してきたのだ。

すぐさま兄に連絡をすると、兄が何とかすると言ってくれた。


ある日、夕食を終えた後、原口は人と会うと言って出ていったきり帰ってこなかった。

部屋を出ていくときに、能村に何か話していたので様子を窺っていたが、それ以上のことは分からなかった。ただ、言えるのは美緒が兄と共にホテルの従業員を襲った人物は、父の事件とは直接かかわりのない人だったということだ。

美緒はこの件に関して一切の発言を控えた。下手に探られれば自分たちのしたことがバレてしまう。

今のところ、あの従業員を襲った犯人について詳細は分かっていないようだ。いつまで隠し通せるのか。美緒はこのことが頭から離れなかった。


もしかしたら原口は堀内に脅されているのではないかと思ったのは原口が行方不明になった翌日だった。

自分がチャペルの三階から落ちた時、あの場所にいたのが原口だ。そして、堀内は、あの時、チャペルの庭にいたらしい。原口は堀内に見られていたのだ。

自分も堀内から脅されていることは知られる訳にはいかない。

今すぐここから逃げ出したい。原口が行方不明になり、脅されることはなかったのが唯一救いだった。


刑事たちが何度も部屋を訪ねてきて、原口がいなくなった日ことを聞いてくる。

更にはホテルの弁護士までもが毎日、部屋に来ていて行方不明届を出すように言ってくる。

しかし、能村は一向に動く気配がしなかった

弁護士からの何度目かの説得にようやく応じた能村だったが、原口は遺体で見つかった。


てっきり堀内という男に会いに行っているとばかり思っていたが、そうではなかったのか。

美緒は急に心配になり、兄に電話をするが通じなかった。


美緒の不安はピークに達していた。早く家に帰りたい。兄の無事な姿を見たいと思った。

あんな、兄でも美緒にとっては大切な家族だ。

だが、能村はそれを許さなかった。


「原口さんのご両親が遺体を引き取りに来るのでしょう。私たちも、もう帰りましょう」

「何言っているのよ。こんなこと滅多にないのだから存分に味わなければ駄目でしょう」


ホテル住まいで高級レストランでの食事に味を占めた能村は原口のことを理由に滞在を伸ばすことを言ってきた。


「ねぇ、もうやめましょう」

再度、美緒は言ってみた。

「仕方がないわね。それなら、交換条件出してよ」

「え?」


能村はチャペルイベントにもう一度出たいと言ってきた。

美緒はそれで帰れるならとホテル側の弁護士に伝えると聞き入れてもらえた。

ただ、能村はそれだけでは終わらなかった。

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