第20話 思惑 中編

美緒はどうしてこんなことになったのかと悔やんだ。確かに結花に恨みはあったが、こんな事は望んでいなかった。


原口純子は美緒の父親の事件のことを知っていて、それをネタに脅しをかけてきたのだ。結花が同僚の財布を盗んだらしいからそれを指摘しろと。

最初は断ったが、父親の事件のことをみんなに知らせると言い出した。実際、美緒のロッカーにニュース記事が入れられていた。

ロッカーに鍵をかけておいたのに、どうしてという疑問と共に、能村が部署の庶務的な仕事をしている関係からみんなのロッカーの合鍵を持っていることを知った。

もう、逃げられない。そう思った。昔の自分が原口と同じことをしていたから分かる。相手がどんなに懇願しても止めないことも。


美緒は結花が本当に財布を盗んだのか疑わしかったが、これ以上、父のことを知られたくない一心で原口の言葉に従ってしまった。そして、原口の言葉に踊らされた人物がもう一人いた。能村広子は噂好きで手癖が悪かった。

能村が同僚の私物に手を出して換金していたことを知った原口はそれをネタに脅し、取り込んだ。

要は能村が手を出したものを結花のせいに出来ると脅していたようだった。


結花の鞄から財布が見えて、周囲がざわつき始めた時、原口の視線を感じた。

美緒は目を一度強く瞑り、結花の鞄を指さした。

虐めの共犯に成り下がった瞬間だった。


「石川さん、これあなたの?」


その後は全て原口の計画通りに進んだのだろう。原口はその日から上機嫌だった。

美緒は原口から言われた通りのことをしただけだが、援護射撃があった。それが能村広子だった。

彼女も原口の思惑どおり行動したのだろう。あの後、原口の表情を見て美緒は理解した。原口はこれだけでは終わらなかった。


ある日、智司から連絡がきて、美緒は喜んで待ち合わせの場所にいくと信じられないことを告げられた。


「結花が自殺したよ。満足か」


背筋が凍るような感覚がした。


「私じゃない」


美緒は必死に訴えた。信じてもらえないかもしれないが、そんなつもりはなかったと。


「同僚という人から、結花が美緒に虐められていたと聞いた」

「私は虐めていない。人に脅されて、一度だけ鞄に入っていた財布を指摘しただけ」


なんとか分かってほしいと美緒は願った。


「どういうことだ、自分が聞いたのはお前が他人の財布を盗んでそれを結花のせいにしたと聞いたぞ」

「父のことを会社にみんなに言いふらすと脅されて、でも財布は盗んでいない」


智司は分かったとだけ言って帰っていった。

美緒はもう、智司は自分の方を向いてくれる事はないと悟った。


原口純子の言いなりにならなければ、こんなことにはならなかっただろう。美緒は智司にとって婚約者を自殺に追い込んだ悪人として認識されたのだ。


美緒は涙が溢れてきた。街中で立ち尽くしたまま涙を流す女に周囲は遠巻きに眺めるだけだ。

その後、どうやって家に帰ったのか記憶がない。しかし、会社では原口はことあるごとに美緒の父のことを持ち出してくるようになった。いつしかそれは原口だけに留まらず、能村も父のことを言ってくるようになった。

美緒と能村は同じ立場ではなかったのかと信じられない気持ちを抱えて、いつの間にか原口が頂点の美緒が一番下になるピラミッドが出来上がっていた。

原口と美緒の間には能村のほかに数人がいたが、どうしてだか、その人たちは美緒に何かしてくることはなかった。


家に帰ると兄は最近紹介された大企業の令嬢から交際を断られたと荒れていた。

「親父が犯罪なんてするわけがない。濡れ衣か、誰かを庇っているとしか思えない」


美緒に同意を求めてくる兄になんと答えたらいいのか分からなかった。

兄は父親が犯罪をする事はないと言いながら、父のことを隠して逆玉を狙っていたのだ。

これで二回目だ。


一回目の時は、兄に友人を紹介してその友人と付き合っているときに知り合った取引先の役員の娘との見合い話が出てうまくいくとあっさり美緒の友人を捨てた。

そして父の犯罪が表沙汰になるとあっさり婚約破棄をされた。その後、兄は友人と寄りを戻した。友人が戻ってきてほしいと言われたから仕方なく、と言っていたが美緒はその友人からはっきり迷惑だと言われた。


兄身勝手な行動に友人を傷つけ、美緒は友人を失った。父の犯罪のことを知っても変わらず接してくれた貴重な友人だった。


美緒は虚しさを感じて生活の全てに意味を見出せなくなったころ、なぜか原口と能村は父が犯罪をしたホテルに宿泊しようと言ってきた。

最初は断ったが、どんなところか見たいと思わないかとしつこく言われ渋々承諾した。


それを聞いた兄は復讐をしようと言い出した。兄は人を使って父を追いこんだ者たちを調べた。

美緒もなんとなくその気になってきた。そう、父のことがなければこんなことにはならなかったのではないか。

兄の計画に乗ることにした。


それとともに、原口と能村が何を企んでいるのか警戒した。その考えはホテルに着いた日にさっそく起きた。


チャペルのイベントで、騒ぎを起こせと言ってきた。それになんの意味があるのかと疑問に思っていたが、原口に逆らう事は出来なかった。いつの間にか会社でも結花を自殺に追いこんだのは美緒ということになっていた。


兄の計画のため、ホテルを抜け出して副支配人を襲った時、原口と能村はその場にいたのだ。

気づいたときにはすでに二人は立ち去った後だった。

ホテルに戻るとチャペルで待つと連絡があった。来たのは原口だった。

原口は先程の映像を見せながら美緒を脅してきた。明日のイベントでも騒ぎを起こせと。

美緒はもう止めたいと訴えたが聞き入れてくれる事はなかった。


気がつくと美緒は病院で目が覚めた。

原口と会っていたことが知られたら、何をしていたのか話さなければいけないと思い、自ら落ちたと警察に伝えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る