第19話 思惑 前編

美緒は納得できなかった。食事に誘ったのに断られた。今までなら私の誘いを断る事はなかったのに。


北見智司の行動を数日観察して、もしかしてと思い同僚に探りを入れた。その結果、美緒の想像した通りの返事が返ってきた。

智司には恋人がいると。


智司の恋人は私ではなかったのか。美緒は怒りを覚えた。その日から智司の仕事帰りをつけてみた。智司の恋人の顔を見て驚いた。智司が通勤で使っている駅で時々見かけていたからだ。

どうして!

美緒は怒りに震えながら智司の恋人を見続けていた。



○○○

美緒は新しい職場にいた。


父親が犯罪者として捕まった事が会社で広まり、いづらくなって親戚の伝手を使って智司の恋人がいる会社に転職した。

最初から何かしようと思っていたわけではなかった。智司の日常を少しでも分かればという思いと、もし恋人と別れたら自分が智司の恋人になりたいと秘かな望みを抱えていた。

職場に来てすぐに気がついたのは、自分以外にも智司の恋人の座を狙っている人物がいたことだ。そしてその人物は智司の恋人を陥れようとしていた。


智司の恋人は石川結花、そして恋人の座を狙っているのは原口純子。美緒は二人の関係を見ていた。純子は明らかに結花に敵意を持っていた。


結花が智司と婚約したと同僚が話しているのを聞いた。美緒はショックで目の前が真っ白になった。

智司には自分こそ相応しいと思っていた。その為、時間が経てば結花と別れて美緒のもとに来てくれると思っていたからだ。

その日から純子の結花への対応は酷くなっていった。美緒はそれをみて、なんとか心の平穏を保っていた。多分、純子がやらなければ自分がやっていたかもしれないと。

それほど、結花への憎悪は増していた。


純子は結花への仕事のミスを指摘し、美緒には結花のことを愚痴るようになってきた。

その純子の行動全てが智司を取られた苛立ちを結花に向けているのが分かった。そして美緒に愚痴るのは、美緒のことを知っているのだと悟った。

美緒はどこか冷めていた。いずれ智司の恋人になり、幸せな結婚を夢見ていた。それほどまでに智司は美緒が出会った男の中でも一番、穏やかで信頼でき、優しさに溢れていた。


純子は智司とはただの知り合いでしかないのにと美緒は密かに侮蔑の目を向けていた。純子の結花への行動はどんどんエスカレートしていく。自ら結花に何かするのは得策ではないと作戦を変えたのだろう。しきりに美緒にも結花に注意するように言ってくるが、美緒は適当に返事をしておいた。そんなことをすれば智司に軽蔑されるだけだと分かっていた。


同僚が結花を擁護しているのを偶然その場に居合わせた。そしてその様子を純子は影から見ていたのに気づいた美緒は恐怖を覚えた。

同僚が結花に同情的になればなるほど、それが純子には気に入らなかったのだろう。そのうち、擁護していた同僚の持ち物に手を出すようになっていった。


「ないわ」


美緒の斜め前に座る女が隣の席の女と話していた。


「よく探した?」

「探した……」


二人はお昼休憩に出掛けたところから記憶を探ってどこに行った、何をしたと話し込んでいる。


「何かあったの?」


美緒は聞いてみた。


「セキュリティーカードを失くしたみたい」

「総務に連絡したほうがいいと思う」


美緒は言ってみた。二人はそうねと言い合い、カードを失くした女は席を立った。


「カードケースの中にマネーカードも入っていたって」


一緒に会話をしていた女が言ってくる。


「それは困るよね」


美緒は同情するように答えた。少し前に、そのカードケースを触っていたのは純子だ。きっと純子が何かしたのだろう。

純子はカードケースを取って、何をするのだろうか。美緒は出来るだけ巻き込まれないようにしなければと思った。


最近、美緒に親しげに話してくる原口純子と能村広子。あの二人が何かを企んでいるのは分かっていた。その後、美緒の部署では物が無くなることが頻発していた。


「ねぇ、あれって」


結花の机の上に置かれている鞄を指差しながらヒソヒソと話している数人に気がついた。

でも、という者やしかし、という者が入り混じっていた。皆がどう反応していいのか不安そうに周囲の様子を窺っているようだった。


美緒は結花に聞いた。


「石川さん、これあなたの?」


美緒は結花の鞄から見える海外ブランドの長財布を指さした。


「えっ?」


結花は驚いた顔をしてそれを手にした。

自分の物ではないと言いたげだ。周囲で様子を見ていた能村が結花から財布を取り上げ、中を見る。


「これ、どうしたの?」


キツイ言い方で結花を責めている。

きっと結花の物ではないのが分かったのだろう。そう、あれは結花の物ではない。

持ち主であろう者が近づいてきて、能村から財布を受け取る。


「私のだわ」


持ち主は長財布の中からクレジットカード類を出しそこに刻印された名前を確認した。


「どうしてこれがあなたの鞄に入っていたの?」


能村は結花に詰め寄る。


「知らない」


結花は首を振りながら言う。


「でも、あなたの鞄に入っていたでしょう」


追い討ちをかけるように美緒が言うと最初に集まっていた者たちが結花に批判めいた視線を送る。


あれから結花は孤立していた。

紛失物は結花の引き出しやロッカーの中から次々出てきた。それは原口と能村が仕向けたことだ。


全ては結花を陥れる為、それも美緒が決定打を打つようにする為わざと美緒が話に加わりやすい場所にいる時を狙った。

あんなに簡単にいくとは思わなかった。それまで結花に同情的だった者たちが一斉に距離を置くようになった。 

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