第14話 イベント 前編

吉村に説明して、能村広子に事情を聞いてもらう。

あの夜、大崎美緒と能村広子は外のレストランで食事をしていた。レストランのスタッフにも確認したが、能村広子は途中、レストランを抜け出し遊歩道を歩いている。


「レストランを抜け出したのも、遊歩道を歩いていたのも、電話をしていたからだと言っています。電話の相手にも確認しましたが確かです」

吉村の話に一番落胆していたのは鍋島だった。一緒にいた宇佐美は静かに聞いていた。


菅田はふと思い出し吉村に聞く。

「部下の方たちが、大崎様と能村様のどちらかが抜け出した可能性があると調べていたようですが、大崎様の怪我はまだ治っていませんよね?」

「治っているはずだと診察した医師は言っています」

「治っている?」

「はい。走る事はまだ出来ませんが、歩くのは可能だと」

だから抜け出すと思ったのか。

「それなら、話は解決しますね」

宇佐美は冷めた目で言った。

あぁそうかと菅田は納得してすぐに弁護士に連絡した。

案の定、話はすぐ決着がついた。

ただし、チャペルのイベントにもう一度参加したいと言い出して。

それを聞いた宇佐美は怒り狂った。菅田と何故かその場に偶然いた鍋島と吉村が宥め賺し、菅田がイベントの許可を出すと怒りは何とか収まった。

宇佐美はすぐにイベントの準備に取り掛かると言って部屋を出ていった。


「大変でしたね」

鍋島は宇佐美がいつもは笑顔が素敵な女性だと思っていましたが、と言う。

「来週、一組目の結婚式があるので、焦りがあったのです」

鍋島はそうでしたかとあまり気にしていない様子だ。

吉村はもう暫く、部下たちに張り込みを続けさせますと言って帰って行く。


「能村広子、どう思いますか?」

鍋島がソファーに座って、例の防犯カメラを見ている。

いつの間にか、鍋島は菅田の執務室常駐となっていたが、吉村たちからは都合がいいと言われている。

今西がまだ入院しているので、思うように仕事が出来ない事情がある。

「何か隠しているようだと思いますが、アリバイはあるからそれ以外の何かって事でしょうか?」

菅田は宇佐美の言葉を思い出している。

本当の友人ではない。これは何を意味するのか?

「本当に金ヅルは能村広子ではなかったのでしょうか」

鍋島はまだ能村広子を疑っている。

菅田と鍋島はもどかしさを感じていた。


三日後、チャペルのイベントは再開された。

準備が大変だろうからもう少し後でもと言ったが、遅れを取り戻したいからと言っていた。が、内心は一日でも早くイベントをして、大崎美緒たちに帰ってもらいたいと思っているようだ。

他のチャペルスタッフも同じ思いだったようで、かなりタイトなスケジュールでも、誰からも不満は出てこない。


「余程、腹に据えかねていたのでしょうね」

今、菅田と鍋島はチャペルのイベントを部屋の隅で見ていた。

鍋島は先程から大崎美緒を見ている。宇佐美は裏方に徹していた。

菅田と弁護士の意見として顔を合わせない方がいいとの判断だ。宇佐美も会いたくないとはっきりと言っていた。

「父親に似たのでしょうか?」

「あれは、恐喝ですよね」


菅田はイベントの直前まで続けられていた弁護士との話し合いに同席していた。

その内容を鍋島に話したところ、先程の言葉が返ってきた。


最終的な確認と書類はこの後、手続きをとることになっている。

大崎美緒の要求は治療費、ホテルの滞在費、休業補償、慰謝料等だ。

弁護士は自分から落ちたと警察に話していたことと、無断でチャペルの立ち入ったことを上げ、治療費、休業補償、慰謝料は却下させた。ホテルの滞在費の半分近くは却下させた。


ホテルの滞在費だけでもかなりの金額だ。

大崎美緒は怪我を退院した後、ホテルに責任を擦りつけ最上級の部屋に変えさせ、食事もホテル内の高級レストランで摂っていた。約二週間だ。それだけならまだしも、大崎美緒が怪我をした事でチャペルイベントは中止に追い込まれた。

菅田としてはその損失を請求したいくらいだ。宇佐美ではないが、さっさとお引き取り願いたい。

弁護士はイベントの損失もこの後請求すると言っていた。


「菅田さん、あれ!」

鍋島が菅田に声がけして、視線である人物を指す。

「何やっているのだ」

菅田はその人物の行動を凝視する。鍋島は持っていた携帯でその様子を撮っていた。


その人物は急に声を荒げた。

「何これ!」


慌てて側に行こうとしたチャペルスタッフを手で静止し、菅田はその人物の元へ行く。

「どうかされましたか?」

大崎美緒は声を掛けてきた菅田を見て一瞬驚いた顔をしたが、すぐ表情を変える。


「この食事にゴミが入っていたわ」

わざと周囲に聞こえるように言っているのだろう。菅田を見てと言うよりか、周りの様子を窺いながら話す。

「それで?」

菅田は侮蔑の意味も込め、冷たく言い放つ。

「はぁ? 何、その態度」

大崎美緒は更に声高に騒ぐ。

「ゴミは入っていたのよ。謝罪はないわけ」

大崎美緒の狙いを菅田は静か見ていた。ここで騒いで、この後の話を優位にしたいという思惑が透けて見える。


「ゴミは、ご自分で入れられましたよね」

鍋島が菅田の側にきた。証拠はありますよと、携帯を見せる。こちらも周囲に聞こえるようにわざと大きな声で話している。

宇佐美は心配そうに部屋を覗き込んでいた。

「大崎様、こちらへ」

菅田は有無を言わせず大崎の腕を掴み連れ出した。

「何よ!」

大崎は鍋島を睨みつけながら、菅田の手を振り払う。大崎美緒は車いすから立ち上がり、自分の足で歩いている。

「宇佐美、警察に連絡!」

菅田は既に平常心を保てなくなっていた。

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