第8話 消えた客

弁護士との話し合いは続いていたが、チャペルでの事故は未だ揉めている。

「ホテル側の責任だと言い張っています」

「勝手に忍び込んでいたのはどう説明したのですか?」

田辺は怒りを抑えて話す。顧問弁護士相手なので、そこまで感情を抑える必要はないのだが職業病なのだ。つい癖になっている。

「そこの話を含めて今、問い詰めています」

弁護士もかなり怒りを覚えているようだ。


それもその筈だ、警察には自分の不注意で落ちたと言っていたのに、ホテル側の責任だと言い出した。更に、話をする度、金銭の要求をする。金額もどんどん増えていく。

はっきり言ってクレイマーだ。


チャペルのイベント再開の目処すら立たない。苛立ちを隠せなかった。

更にさっき、本館のフロントから宿泊客が居なくなったと連絡があった。誰かと思ったら、チャペルで怪我をした大崎美緒の友人で原口純子と言った。


直前まで部屋に居たと証言した二人の内の一人かと思う。

友人だと言っていたが、証言した二人の顔には明らかに侮蔑の色が見て取れた。友人の振りをした偽善者か。

嫌なものを見てしまったと思う。この仕事をしていると少なからずそう人たちに遭遇するが、あそこまであからさまに表情に出すのを見るのは稀である。


取り敢えず警察には連絡をする事を勧めたが、帰ってくるかもしれないからともう一人の能村広子が言い出す。

この事で後にホテルの責任と言われては困るので、弁護士立ち会いで話をした。

「どう思いましたか?」

田辺は顧問弁護士の倉持洋一に聞いてみる。

「能村広子さんは原口純子さんが何処に行ったのか知っていますね」

やはりそうか。田辺も話を聞いていてそう感じた。なぜかそのことに大崎美緒は一切関わろうとしなかった。そこが不思議に思うが美緒の非情さを考えると原口のことなど関係ないと考えているのかもしれない。

倉持は手元の手帳を見ながら、先ほどの会話の録音データをもう一度聞き返していた。

「様子を見ましょう」

倉持は手帳に書き込んでいる。

田辺は嫌な予感がする。

まさかな……。


その予感は数日後当たる。

原口純子はその日も次の日も帰ってこなかった。

三日後、顧問弁護士の倉持に説得され能村が警察に行く。

五日後、原口純子の遺体が発見された。


「人に会うと言っていました」

「誰に会うと言っていませんでしたか?」

佐竹が聞いている。少し後ろに吉村もいた。能村広子は誰とは聞いていなかった。

佐竹は居なくなる前の様子を聞いたがこれといった手掛かりは見つけられなかったようだ。


「しばらくこちらに滞在されるのですよね」

「はい」

能村広子は大崎美緒を見て頷く。

大崎美緒がこのホテルに滞在し続けることの意味が分からないが、能村広子はどうしてこのホテルに居続けなければいけないのか。


田辺は吉村たちと部屋を出て駐車場まで送る。

「頭を殴られた痕がありました。菅田さんが襲われた近くです」

「関係あるのでしょうか?」

「今、調べていますが、原口純子は瀬田と直接関わりはありません」

「直接?」

「大崎美緒の会社の同僚、と言っても普段から特段親しかったわけではなさそうです」

吉村の言葉に何となく三人の関係が分かった気がしてきた。

響子が気になっていたこととも話が合う。

「菅田は……」

田辺が言いかけたが吉村から否定された。

「菅田さんが襲われた時、大崎美緒はホテルの部屋に居たと能村さんと原口さんが証言しています。そのあと、チャペルに行き、怪我をしています。時間的に無理があります」

「瀬田の関係者ではない?」

「瀬田には愛人が分かっているだけで十人ほどいました。まだ、全員を調べきれていません」

「瀬田の愛人ですか? それがどうして事件に関わりがあるのですか?」

「実は瀬田の息子と連絡を取り合っていた者が数人いました。何か事情を知っているのではないかと捜査しています」

「菅田が明日、退院します」

田辺が伝えると吉村は護衛を付けますと言って帰っていく。

大崎美緒がこのホテルに来たのは偶然か?

ホテル側の責任と言い出したのは父親が関係しているのか。警察は瀬田のことで逆恨みをしているのではないかと考えているようだ。

大崎美緒の目的が逆恨みだとしたら、能村と原口の目的は何だろうか。

あの二人は注意が必要だと思った。

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