第6話 密談 前編

田辺は窓からチャペルを見ていた。

いつまでもイベントを中止にはしておけない。来月には実際に結婚式の予約が入っている。


正式に事故として処理されたと先程、担当した刑事から連絡があった。

その直後、吉村から連絡があって大崎美緒は瀬田の実の娘だと分かった。

苗字が違うのは瀬田がこのホテルに来る前に犯した犯罪のため両親が離婚した。その時、母方の苗字に変えたらしい。

瀬田の名前が出たことで田辺に不安がよぎった。

父と娘、同じような人間だと思いたくないが、嫌な予感がした。


このまま何事もなく、イベントを再開出来るかと思っていた矢先、田辺の予感は的中した。

怪我をした大崎美緒が突然、ホテルを訴えると言ってきた。

それも、怪我をしたのはホテルの管理が悪いからだと。

田辺にしてみれば、勝手にチャペルに入り込み、自分から落ちたと言っていたではないかと言いたい。


響子は自分が話を聞くと言ってきたが、内容からして得策ではないと思い、顧問弁護士に連絡をして事情を話すとすぐ来てくれた。今は話を聞いて今後の対策を考えていると言っていた。美緒は話を聞くたび、違うことを言ってくるため予めすべての会話を録音していた。

数日分を昨夜、弁護士と一緒に聞いたが、とてもではないが響子に聞かせられない。その為、美緒については弁護士に任せ、美緒周辺のことは社長の奥さんで昔、このホテルに勤めていた宣子さんに頼んだ。

宣子さんには怪しい動きをしたらすぐに連絡してほしいと頼んでおいた。


響子があの夜、大崎美緒だとすぐに名前が出てきたのはイベント中にクレームを言っていたからだ。それもアレルギー物質が食事に入っていると言い出した。

食事を作ったシェフとデザートを担当したカフェに問合せても、大崎美緒が言うアレルギー物質は使われていなかった。


イベントのことと言い、今回の怪我のことと言い。大崎美緒の好きにはさせておけなかった。

やっと、世間ではあの事件の記憶が薄れてきたのに、また新たな火種をまき散らされてはたまったもんじゃない。

それも、あの瀬田の娘ともなれば世間は面白おかしく囃し立てるだろう。

それだけは何とか阻止したい。


これ以上揉めてはと専門家の弁護士に依頼したが、難航しているみたいだ。社長に報告すると、こちらが折れる必要はないとはっきりと言ってきた。

現社長も、本社での瀬田の行動に疑問に感じて密かに探っていた人物だ。そして、その証拠を集めて、瀬田から損害賠償を求めている。


瀬田との裁判はまだ続いているが、賠償金が支払われる可能性は限りなく低い。

なぜなら、瀬田はこのホテルに来る数か月前まで服役していたからだ。

出所して、すぐに別の企業に入り込もうとして失敗し、このホテルの前社長をだましてこのホテルの役員として入り込んだ。そこで乗っ取りを計画していたのだが、証拠を集めて瀬田を追い詰めた。

瀬田とその共犯者の、松川明美は自分たちの欲望の為なら人殺しも厭わない人物だった。

甘い言葉で自分たちの手先のように使い、不要になったら殺す。

偏見かもしれないが、大崎美緒の要求がここまで来ると流石、瀬田の娘だと感心する。

だからこそ、大崎美緒の要求には一切応じない、ただ、下手に噂を流されてもいけないので、その匙加減が重要になってくる。


これが片付かないとイベントの再開は難しいだろう。

一緒に来ていた友人も大崎美緒にどこかよそよそしく接しているようにも見えた。会社の同僚だと言っていたが、色々ありそうで、そこも面倒に思った。


携帯電話が鳴る。出ると、吉村刑事からだった。

「お話があります。出来れば内密で」

菅田を襲った人物がわかったのかと思ったら少し違うとのことで、今夜、カフェに来てもらうことにした。

今のところ、従業員に被害は出ていない。ただ、チャペルの事故があり、従業員には詳しい事情を話さずに一人で行動するなと言っているので、不安がる者も出始めている。


菅田のことで何か進展でもあれば、説明できるのか。不安を与えないようにしたつもりが、かえって不安にしてしまっているのだ。

夜、こっそりと抜け出し、カフェに行く。


「どうぞ」

佐伯が出迎えてくれる。

カフェの中に入ると、既に吉村と佐竹がきていた。

カフェの窓には全てのブラインドが降りていて、入口のドアには鍵がかけられた。


「お待たせしました」

吉村たちは六人掛けのテーブルを陣取っていた。

田辺が吉村の向かい側に座ると、佐伯がコーヒーを出してくれる。吉村が佐伯さんも、と声をかけたので佐伯は田辺を見て首を傾げる。

田辺はよく分からないながらも、何か事情があるのだと悟り隣の席に座ってもらう。

吉村は一息つき、丁寧に言葉を紡いだ。


「ケーブルテレビの今西さんが昨夜、襲われました」


田辺は思わず立ち上がったため、テーブルにコーヒーをこぼしてしまう。

隣にいた佐伯に促され座る。


「どういうことですか」

佐伯が聞く。


「昨夜、今西さんは会社の駐車場で倒れているのを近くを通りかかった人に発見されました。頭と背中を殴られたようです。凶器は鉄パイプ。近くに落ちていました」


「それで、今西さんは?」

田辺が心臓の音がどんどん大きくなるのを感じながら聞いた。


「今朝、意識を戻しました」

田辺と佐伯が安堵するように息を吐く。


「今西さんを襲った人物は菅田さんを襲った人物と同一だと思われます。二人に共通するのは何だと思いますか?」

吉村の挑むような眼をした。


「瀬田……」

「彼はまだ刑務所にいます。今朝、確認をしました」

「では、誰が?」

「瀬田の関係者とみています。今、瀬田の愛人や関わりのあった者を洗い出しています。そして、瀬田の子供たちも」

「瀬田の子供たち?」

「大崎美緒には兄がいます。大崎昌紀です。念のため、一番に大崎昌紀のアリバイを調べましたが、東京で友人といたと、一緒にいた友人に確認が取れました」

「それであるなら、副支配人の部下というのは少し違ってきますね」

佐伯は冷静に言う。


佐伯はあの事件に表立っては関わっていないが、何があったのか知っている。

「そこなんです。目的がはっきりしませんが、鍋島さんには警護をつけました。総支配人、佐伯さん、宇佐美さんにも護衛をつけます」


「瀬田の事で菅田は余り関わっていないが、どういうことでしょうか」

田辺は佐伯に聞く。

佐伯も菅田が狙われる理由に疑問を感じているようだ。


瀬田の悪行の証拠を集め、追い詰めたのは田辺と鍋島、今西だ。菅田と響子は危険だと判断して関わらせていない。

佐伯には話してさえいない。が、佐伯は薄々気が付いていた。


田辺が狙われるのなら分かるが、菅田が狙われるのは腑におちない。別の理由があるのだろうか。

今西を襲った人物は単独犯だと吉村が言ってきた。隣の会社の防犯カメラに今西が襲われるところが映っていたらしい。

吉村たちは、菅田を襲ったのが複数犯で今西を襲ったのが単独犯なのも気になっているようだった。

瀬田に関わる者がこの付近に潜んでいるのだろうか。

一年たってもまだ災いをもたらす瀬田に少なからず憎しみがわいてきた。

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