第4話 チャペル 後編

「副支配人と響子に連絡して救急車を呼ぶように」


田辺は叫んでいた。

後ろから島崎が何か言っていたが、構わず広間の奥の階段へ向かう。


庭園に音がした瞬間、チャペルの三階の窓に人影が見えた。最終確認をしていたのだから誰もいないはずだ。

見間違いかと思ったが気がつくと走り出していた。三階の部屋に行くと誰もいなかった。やはり気のせいかと思った。部屋に入り周囲を見渡すと一番奥の窓が開いていて、カーテンが揺れていた。

ここから落ちたのか。窓から庭園を見ると、落ちたのは女性だった。傍では座り込んで動けないスタッフと少し離れて電話をかけているスタッフが見える。胸元に島崎とネームプレートがついていた先ほどのスタッフだ。微かに声が聞こえる。響子に説明しているのだろう。あの様子ならすぐに響子が来るはずだ。


部屋を出て辺りを見渡すと非常階段のドアが開いていた。田辺はドアに近づき外を見る。

一瞬だがチャペルの裏口に人影が見えた。田辺は思わず、非常階段を駆け下りていた。

一番下まで降りると誰もいない。裏口から遊歩道へ続く道に人影が見えた。

田辺は走ってその人影を追いかけた。本館の近くまで来ると、かろうじて見えていた人影は見失ってしまった。


肩で息をしながら本館の入口を見るが夕食時間でもあり、本館の周辺には人だかりができていた。これから敷地内にあるレストランへ行く宿泊客たちだ。

後で、防犯カメラで確認しようと考え、一旦きた道を戻ると遊歩道沿いにあるカフェのバリスタ、松本が立っていた。


「何かありましたか?」

「君か」

田辺は何故か安堵していた。いつもなら自分の傍には副支配人の菅田がいる。緊急事態が起こったときの菅田の冷静さはとても役に立つ。一人で少し心許なかったが松本も菅田と同じような性格をしていて、田辺を安心させる雰囲気を醸し出している。


「先程、宇佐美さんが走ってチャペルに行くのを見かけたので、佐伯さんが心配して様子を見てくるように言われました」


「菅田は?」

菅田もチャペルにと呼んだはずだが。

「副支配人は今日、もう上がったはずです。ここ数日、残業が多くなっていたので早く帰っています」


そう言えば、今朝そんな話を聞いた。


「悪いが時間はあるか?」

この後のことを考えると人手は多いほうがいい。しかし、誰でもいいかというと少し違う。佐伯が寄越したという事は、使っていいということだろう。田辺は一応、松本に確認をした。


「大丈夫です。佐伯さんからも総支配人を手伝うようにと言われています」

「行こう」


松本の言葉を聞いて、田辺はチャペルへ戻る。

途中、今までの経緯を説明しながら。

田辺達がチャペルに着くと同時に救急車と警察がやって来た。

先程までは一部のライトしか点けられていなかったが、すべての外灯が点けられていた。


数人の警官が周囲を調べている。

田辺の元に私服の若い男が近づいてきた。

「稲垣といいます」

警察手帳を見せながら名乗る。

「責任者の方は?」


「総支配人をしています、田辺です。こちらがこの建物の責任者で宇佐美です」


田辺は先程の状況を簡単に説明した。ただし、あの人影を除いて。

稲垣はその後、響子と島崎にも話を聞いていた。


堀内は先程と変わらずその場に座り込んでいる。無理もないか。目の前に人が落ちてくれば誰だって少なからず動揺もし、恐ろしく感じるものだ。


担架に乗せられ運ばれていくのは、白いブラウスに花柄のスカートをはいた若い女性だった。気を失っているのか目は閉じたままだった。


響子が近づいて来た。


「イベントの参加者よ。友人と一緒にホテルにも宿泊している」

響子はそう言い残し、救急車に乗り込んだ。


「明日からのイベントは中止する。関係部署に連絡してください」

田辺は松本に伝える。この状況では明日のイベントは無理だと判断した。そして、明日以降をどうしようかと田辺は考える。


警察の検分にまだ、時間がかかりそうだった。

座り込んでいるスタッフをそのままには出来ない。田辺は島崎に堀内を連れて帰るようにいい、その場に残った。

 

先程スタッフが座り込んでいた場所の見分は終わったようだ。波が引くように人がいなくなっていく。

その場所に田辺が立ち、三階の窓を見上げた。

窓のカーテンが大きく揺れている。その為、部屋の中までは見えなかった。

ここにいたスタッフは誰も見ていないと言っていた。

本当だろうか。それに、先ほどの人影も気になる。

田辺は警察の調べが終わるのを庭園の隅から見守った。

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