第2話 邂逅
「お前、港区芝浦に住んでる赤澤ってんだろ? いいとこ住んでるんだなァ。俺はボロアパートで失業中だってのになァ。タワマン住んでるくせに貧乏人煽って遊んでるわけだ。おーおー、いかにも賢そうな口調だねぇ。HumanBookで本名で検索すると……おお、綺麗な嫁じゃねーか。イクメンってやつか? 娘さんとも仲が良いと。そんなやつはご自宅にロリコン向け雑誌をお届けだ」
数日後のある日。
電気をつけるのも忘れ、ぶつぶつと呟きながら天野はパソコンを操作し続けていた。名前と住所があれば通販サイトから商品を送れてしまう。支払いはクレジットカードだと足が付くと思われたのでプリペイドカードを買ってきて使用している。金はかかるが、画面の向こうで驚いている相手の顔を想像すれば何も苦にはならなかった。
Dabetterでバトルになった相手の本名を住所を確認したら、実名制のSNSであるHumanBookで検索する。すると大抵の場合、顔も背格好も家族も、場合によっては勤め先もわかってしまう。好き勝手な発言をする空間と、よそ行きの発言をする空間を紐づけてしまえば、相手の人生を丸ごと知ることができた気にさえなる。
天野もHumanBookのアカウントは持ってはいて、中学、高校時代の同級生の幾人かとはつながっているが、彼らの誰もが充実した毎日を送っているように見えた。朝から晩まで働き、上司に怒鳴られ顧客になじられながら何とか日々をやり過ごしている自分が如何にも惨めだった。しかし彼らが書き込んでいるDabetterの方を覗いてみれば、大量の愚痴と罵詈雑言と世の中への不満と責任転嫁の文言が乱舞しているのだ。これはとても愉快なことだった。少なくとも現在の天野にとって。
実生活が乱れれば、攻撃的なリプライの歯切れも悪くなる。最終的には捨て台詞を吐きながらブロックして逃走する、というのがお決まりのパターンであり、そのパターンにハメるのに成功するごとに、天野は勝鬨をあげた。
次のターゲットを探すべく、自分とは異なる意見を述べているアカウントを探す。そんなものはいくらでもある。天野にとって世界は単純なものだった。何故自分と異なる意見がこれほど存在しているのか、心底理解できなかった。
と。不意にリプライの通知音が鳴る。大抵はこちらから絡んでいってバトルが始まるのだが、このアカウント名には見覚えがなかった。
『あなたは本当に最低ですね。あと言葉の端々から頭の悪さがにじみ出ています。今すぐアカウントを消して引き篭もった方が世の中のためなのでは?』
安い煽りだ。そう思いつつ、煽られたからには相手にしないわけにはいかない。敵前逃亡は士道不覚悟。どんなバトルだって最後までリプライした人間が勝者になる。どんな戦場だって、最後に立っていた奴の勝ちなのだ。
しかし、いつものようにアカウント名の横に見える本名。これはまさか。
「裏アカウントか……?」
とある有名アイドルの名前と住所が、そこには表示されていた。
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