あなたのことはお見通し

綾繁 忍

第1話 贈り物

『あなたが寝ている間に、今のあなたが一番欲している力を授けました』

 十二時間の眠りから起きた瞬間、頭の中に響く正体不明の女の声。まだ夢の中なのかもしれないと思い、古典的にも頬をつねったりしてみたが、見慣れた風景は変わらなかった。


 そこらじゅうに転がる空いたペットボトル。散在するコンビニ弁当の容器。床に直接積み上げられた漫画雑誌。煌々と薄暗い部屋を照らすパソコンの光。


 鬱を発症し、新卒入社で二年ほど勤めた会社をやめてから、今日で約三ヶ月。雀の涙のような給料だったが、非人道的な忙しさで使う暇さえなく、おかげさまで今日まで食いつなぐ程度の貯金にはなっていた。


「何だよ、力って……」


 寝起きの頭は、夢と現実の区別がつかないものだ。だからどうせ夢の中の話なのだが、わずかな期待を込めて呟いてみる。片手をぐっと握って、開く。特に変わった感触はない。


 天野あまのは目脂の溜まった目を擦りながら立ち上がると、顔も洗わずパソコンの前に向かう。昨日開封したペットボトルのミルクティーはとっくにぬるくなっていたが、構わず飲み干した。もったりとした液体が喉奥に張り付く。首をさすると、随分と贅肉がついてしまったような気がしたが、すぐに頭から追い出した。


 画面には、昨日から開きっぱなしのDabetterが表示されている。マイクロブログと呼ばれる、最近の出来事から社会への提言に至るまで、あらゆることがつぶやかれるインターネットサービス。


「ん……?」


 自分がフォローしているアカウントのつぶやきが表示されるタイムライン。その表示がいつもと違っていることに気づく。正確には、アカウント名の箇所がぶれて見える。どちらかというと、目が霞んでいるときの見え方に近かった。


「まだ寝足りないのかな……」


 天野は再度目を擦ると、画面に顔を近づけてタイムラインを凝視する。アカウント名に重なるように、別の文字が見えているような。試しに適当なアカウントをよく見てみる。


 金茂シノブ @Kanashige_X 【秋山豪一郎 東京都葛飾区小菅1-35-XX】


「なんだこれ、名前と、住所……? 仕様変更か……?」


 そんなとんでもない仕様変更が行われていたら一大事だ……が、パソコンのディスプレイに表示されているというよりは、あろうことか、自分の目と連動しているように感じられる。現実の空間に書き込まれているとでも言うべきか。念のため調べてみても、この件についてつぶやいている人は誰一人としていなかった。


 リプライ欄が目に入る。そこには、昨日まで激しく罵り合っていたいくつかのアカウントからの、攻撃的な返信が並んでいた。思い返せば、昨日は彼らのせいで地団駄を踏みたくなるくらいに腹立たしい気持ちを抱えたまま、布団に寝転んだのだった。少し考えただけでも、また胃のあたりがムカムカしてくる。頭の中が彼らへの罵倒で埋め尽くされる。


「一番欲している、力……?」


 まさか。

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