聖女になるつもりはありません

「転移……」


 ”元の世界に戻る”それはきっと、私とあの御方との願いから生まれたものだと理解した。子ども達を今度こそ救う。その願いだけに、私は地球に生まれ落ち子ども達を救う知識を身に付けたのだ。


 私自身、保育士としてはまだまだペーペーだった。それでも、慕ってくれた人はいたし、保護者の方との関係も良好だった。知識だけを身に付けても、実際に動けないと意味が無い。だから、『私』としてあの世界に行けるのなら良いとさえ思えた。


「そこで君には再び聖女となって欲しい」

「お断りします」


 きっと言われるだろうと予測していた言葉。決まり文句のように私はにこりと微笑み、間髪入れずに即答した。それが分かっていたのか、アトラティス様は驚いた表情は見せずに爆笑していた。何処か楽しそうに。何処か嬉しそうに。

 まるで、私の返答が手に取るように分かっていたかのように。


「うん。そう言うと思ってたよ。だって君は、子ども達を救えなくて聖女と言えるのかっていう子だからネ。だからこそ、ボクは君に頼んでるのに」


 全てを見透かすアトラティス様神様。だからこそ、私の本心もきっと分かっていたのだ。聖女になってという願いを断ることも、その理由も。


「わかった。聖女になって、とはもう言わないよ」

「──ッ!」


 私の意図を汲み取ってくれたのか、諦めたのか、アトラティス様は折れてくれた。「でもね」とアトラティス様は言葉を告げた。


「リリィーちゃん、君はね、元の世界に戻る必要があるんだ」

「必要…?」

「…君を待ってる人がいるんだよ。誰だか分かるよね?」


 私を待っている人。其れが誰なのかは分かってた。百合として生きていた時も、名前は分からなかったが心の隅には必ずその人がいた。

 記憶を思い出した以上、その人の名前は分かる。


 私が愛した人。

 私を愛してくれた人。


 だから、アトラティス様の問い掛けに私は頷いた。


「分かっているなら良いよ。必ず、リリィーちゃんには”彼”と出会って欲しいから」

「……そ、そうですね。私も、会いたいです」

「恋する乙女だね」

「何、馬鹿な事言ってるんですか?」

「ククッ…神に対して馬鹿なんて。流石はリリィーちゃんだ」


 神様に対して「馬鹿」とは普通は言えないだろう。下手したら、神罰が下るかもしれない。でも、アトラティス様は愉快に笑っていた。まるで、それは娯楽であり、自身の癒しであるように。


「はァーお腹いたっ」


 アトラティス様は落ち着く為かひと呼吸置いた。そして、今度は真面目な顔で私の方を見てくれる。神様に対して、それこそ真面目な顔と思うのは可笑しな事だろう。けど、その言葉が当てはまっていた。


「じゃあ、そろそろ時間だ。君を転移させるよ。リリィーちゃん、───」

「まっ、なんて……」


 アトラティス様の言葉を最後まで聞き取れず、私は惑星マティアスに転移させられた。

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