STAGE1

この仕事は天職です

「──おしまいおしまい」


 絵本をゆっくり閉じ裏表紙を子ども達に見せる。そして、一呼吸着いたら表紙をまた子ども達に見せて絵本の読み聞かせが終わる。


 絵本は”絵”が主役。だから、表紙と裏表紙もしっかりと子ども達に見せないといけない。反対に文や文章は補助的な役割を持っている。

 だからと言って、文章を疎かにしては良いとは私は思っていない。絵本の文章は言葉と絵が一体となって完成させられている。

 つまり、絵本の言葉を変えてしまうとその世界観が間違って子ども達に伝わってしまうのだ。


 絵本は”絵”が主役。其れを私─白城百合しらきゆりはこの職業に就いて知る事が出来た。子ども達を笑顔に出来るこの保育士という職業は何処か私にとっても天職なような気がする。


「ゆりせんせー。またねー」

「うん、またね」


 手を振り保護者の方と帰宅する子ども達を見ていると、何故か心が暖かく感じる。そしてその場に立ち竦んでしまう。離れたくなくて離れ難くて。


 あーやって、笑顔で帰宅する子ども達は当たり前に帰る場所があって、美味しいご飯も暖かなお布団もあって。衣食住が揃っている事の素晴らしさをしみじみと感じてしまう。

 私にだって、衣食住は揃っている筈なのになんでそう感じてしまうのか。不思議でたまらない。


「──せい……百合先生」

「─ッえ、は、はい!」

「大丈夫?何回か声は掛けたんだけど」

「すみません。少しボーとしてました」

「そう?でも、無理はダメよ。先に上がって大丈夫よ」


 先輩保育士さんがそう言ってくれる。それに私は有難く頷く事にした。確かに今日は何処かずっとボーとしていた。


「すみません。そうさせて貰います」

「明日はちゃんと元気に来るのよ!皆、百合先生の笑顔が大好きなんだから」

「はい!」


 ガッツポーズをする先輩に苦笑してしまう。なんでも出来るような勇気が湧いてくる力を先輩から貰ったような気がした。心が暖かくワクワクするようなそんな気持ち。


「では、お先に失礼します」


 そう言って私は園から帰宅した。

 真っ暗な道。街灯はなく月と星明かりだけがその道を照らしている。目先には道路を渡る子ども。背後には急加速しながらスマホをいじる男が運転するトラック。

 その後瞬時に何が起こるかを予測した私、いても経っても居られなく無我夢中で子どもの方に走りに向かった。


 ───こんな所で死なせて良い子じゃない。


 ”また”助けられないなんてそんなの嫌だ。



 子どもを奥に突き飛ばす事に安心したのが運の尽きだった。私はトラックに轢かれた。いや、気付いた時にはもう轢かれてて。泣け叫ぶ子どもの声が遠くの方から聞こえるが、もう何も耳に通らない。そこで私の意識は途絶えた。

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