第5話 ストーカー
俺は硬直した。
思わず叫び声をあげそうになって何とか踏みとどまる。
そうだ・・・。
110番・・・。
俺はスマホから110番をかけた。
出来るだけ声を潜めて状況を話した。
画面ごしに下田にこちらの声も筒抜けになっているのではないかとすら思えた。
幸い外は強い風と大雨が降っている。
そう言えば台風が来ているんだっけ?
台風の音でこちらの声が下田に聞こえる事は無いはずだ・・・とすら考えてしまう。
俺はこれまでに既に3回110番をかけている。
今回で4度目だ。
恐らく、俺の家まで警察が来るのは10分位だろう。
予想通り10分位で警察が来てくれたが、とてつもなくその時間が長く感じた。
俺はモニターごしに下田が警察に下の階に降ろされるのを見て初めて安堵のため息をつき、扉を開けた。
もうすっかり顔なじみになったレインコート姿の初老の警官と話をする。
「どうも、青木さん。毎度毎度災難ですなあ」
「あの・・・警察の方に見てもらいたい物があるんです」
俺は家の中に初老の警官を招き入れると、つい先ほど取った防犯カメラの映像をに見てもらった。
彼の目付きが険しくなる。
「・・・青木さん。私はこの市の警察署生活安全課の安藤と言います」
初老の警官・・・安藤さんは名乗った。
「これ、私の名刺です」
安藤さんは名刺を手渡してくれた。
━━━━━━━━━━━━━━━
○○市警察署
生活安全課
巡査部長
安藤 保彦
電話番号〇〇〇〇
━━━━━━━━━━━━━━━
「この電話番号は警察署の電話番号です。ここにかけて生活安全課の安藤に繋いでくれと言えば私が対応いたします。今後は緊急時以外の相談も私が受け付けます。いつでも困った事があればご相談ください」
「あ、ありがとうございます」
安藤さんは隠しカメラに目線を移す。
俺は聞いてみた。
「先日も同じことを聞きましたが・・・。下田がやって来ること自体を防ぐ事は出来ないんですか?ハッキリ言ってコレ異常じゃないですか!」
「そうですねえ。ここまで執着心を持っているとなるとひょっとして・・・おや、失礼」
安藤さんは何かを言いかけた所に携帯電話がなった。
「はい。こちら安藤。はいはい。あ、下田さんはまだそっちにいる?」
警官の連絡方法は無線を使うのが俺の中のイメージだったが、携帯で下田と対応している他の警官と会話している。
無線だったら俺も何を話しているのか聞こえるのだが、携帯だと安藤さんのセリフしか聞こえない。
「うん、そう。昨日の夜の19時位から今までずっと。14時間位。ねえビックリでしょ?理由を聞いておいて」
安藤さんは電話を切る。
「失礼。話が途中でしたね。下田さんがやって来ること自体を防ぐ事は出来ないか、と言う話でしたね」
安藤さんは腕組みをする。
「そう言う法律が無い事はないんです。聞いた事ありますか?”ストーカー規制法”と言う物なのですが・・・」
「ストーカーですか」
俺は思いもしない単語に面食らったが、全く違和感は感じなかった。
ストーカー・・・下田の異様な行動を表現するにはピッタリな単語に思えた。
「 ストーカー規制法では、つきまとい・待ち伏せ・過剰な面会の要求等に対して禁止命令等を出すことができる法律です」
「なら今すぐそれを適用出来ませんか?」
安藤さんは腕組みをしたまま、すぐには答えない。
「・・・ ストーカー規制法は公権力介入の限定の観点から、”恋愛感情などの好意の感情又は怨恨の感情に基づくものに限定”されているんです」
・・・?
どう言う事だ?
「ああ、言い方が難しかったですね。要はこの法律、恋愛感情を満たす目的からつきまとい・待ち伏せ等を行うのを想定して作られた法律なんです。なので今回の執拗な訪問営業に適用されたというケースは・・・私の知る限りではありません」
「それじゃあ、結局警察では対処出来ないんですか!?」
俺は思わず大声を出していた。
この異様な行動。
それを甘んじて受け入れろと言うのか!?
「いえ、ただ少しばかり特殊なケースなので・・・。おっと失礼」
安藤さんの携帯がまた着信音を鳴らす。
「はい、安藤。え!?あーそう。そんな事言ってるの?うーん。なるほどねえ。あ、一応釘さしておいて。うん。ストーカー規制法抵触の可能性。・・・うん、苦しい言い分なのは分かってるよ。少しは心理的な効力あるかも知れないから。あと防犯カメラの情報は?もらってるの。ああそう。それちょっとこっち持ってきて」
安藤さんがしきりに相手と会話している。
会話の内容が俺には断片的にしか分からないのが不愉快だった。
「下田が何か言い訳してたんですか?」
「ああ、はい。下田さん、いくつか面白い主張をされているらしいんですよ。・・・もうこの際ですから申し上げてしまいますが、下田さんはとあるTVの公共放送の委託営業会社のお仕事をされているんですよ」
「公共放送の営業?」
「ええ。それでね。昨日から今朝にかけて青木さんの部屋と、504号室の部屋からTVの音漏れがしていないかどうか確認していたそうなんですよ」
「TVの音漏れ?それにどんな意味があるんです?」
「放送法ではTVを所有する世帯では公共放送の支払い義務がありますからねえ。TVの音漏れがあればそれが動かぬ証拠となり、受信契約を迫れるんです」
安藤さんは俺の部屋にあるTVを眺めながら言う。
「青木さん宅と504号室の方は受信契約が無かったそうで。下田さんは営業会社の上司から”契約が取れないなら一晩中でも張りこめ!”と指示されたそうなんです。本当にその様な事を会社が言ったかどうかは分かりませんが・・・」
「まさかと思いますが・・・安藤さん。下田の主張を信じてはいないでしょうね?」
「あの下田さんという人・・・。思い込みが激しそうでしょう?もし会社の上司が”たとえ話”でその様な”大げさ”な指示を出したと仮定して・・・それを鵜呑みにしたと言う可能性は考えられます」
安藤さんはとんでもない事を言い出した。
確かに下田の思い込みの激しそうな性格からすれば有り得ない話では無いが・・・。
「ああ、それから。これは別件ですが9月13日の日曜日、青木さんから下田さんに何かメールを送りませんでしたか?」
「え?9月13日の日曜日にメールですか?」
安藤さんが何を言っているのか分からないが・・・。
そう言えば以前内容証明郵便が送られてきて、そこに書かれていたメールアドレスにGメールを送った覚えはある。
だがアレは確か・・・平日だったと思う。
俺は内容証明郵便の事を話し、それが到着した日にGメールを送ったを送った事を安藤さんに話した。
安藤さんが内容証明郵便とスマホのGメールの内容を見せて欲しいというので提示した。
「ご協力感謝いたします。うーむ。これによると・・・青木さんは9月11日金曜日には下田さんのメールアドレスが知りえる立場にあったという訳ですね」
「あ、はい。そう言う事になりますね」
そこまで話した所で別の警官が安藤さんの元へやって来て、ノートパソコンとメモ帳の切れ端を安藤さんに手渡した。
「青木さん。このメールアドレスに心覚えありませんか?」
安藤さんが俺にメモ帳の切れ端に書かれたメールアドレスを俺に見せる。
「いえ。特に心当たりありませんけど」
「重要な事なのでもう一度お伺いいたします。本当に心覚えありませんか?」
「無いと思いますけど・・・。どう言う事です?」
「実はですね。9月13日の日曜日に下田さん、このメールアドレスから大量に脅迫メールを送られたと言っているんです」
味方だと思っていた安藤さんが信じられない事を言い始めた。
「は?まさかそれが俺が送ったメールだとでも言うんですか!?」
「少なくても下田さんはそう疑ってらっしゃる様です。また下田さんのスマホには実際にこのアドレスから脅迫メールが送られているのを別の警官が確認済みです」
「そんなの下田の自作自演でしょう!?なんなら俺のスマホやパソコン見てもらっても構いませんよ。そんなの送ってませんから」
「・・・ご協力感謝いたします」
安藤さんは俺の部屋にあるパソコンやスマホを一通り調べた。
「確かにその様なメールを送った痕跡はなさそうですね・・・。まあ私もITには疎いので断言はできませんが・・・それともう一つだけ。9月8日の火曜日の11時から12時ごろ、青木さんはどこにいらっしゃいましたか?」
どう言う事だ?
下田が何か他にも意味不明な事イチャモンを付けてるのか・・・?
「先週は遅番でしたからその週はの午前中は基本的に家で寝てたと思います。・・・あの安藤さん、もしかして俺の事疑っているんですか?」
「いえいえ。逆です。むしろ下田さんの主張を潰すための質問です」
安藤さんはそう言いながら先ほど別の警官から手渡されたノートパソコンを眺めている。
しばらく安藤さんはノートパソコンを険しそうな表情で眺めていたが、再び温和そうな表情に戻る。
「なるほど。青木さんの言う通りですね。9月8日の火曜日は青木さんは深夜に2:30頃に帰宅した後、15:30ごろに出勤されるまで一度も外に出てはおられない様ですね」
「あの・・・どうしてそんな事が・・・」
分かるのだろうと思って俺は思い当たった。
マンションのこの階にある防犯カメラだ。
「安藤さん。そのパソコンの防犯カメラの映像、俺にも見せて貰えませんか?」
「あ、えーと。そうですねえ。この時間帯青木さんは外出していないのです」
安藤さんはパソコンをこちらに向けて早送りし、表示して見せた。
「それ以外の日の防犯カメラの映像も見せて貰えませんか?俺が隠しカメラを設置したのはつい昨日の事です。それ以外の日にも下田がやって来ていないか確認したいんですが」
今回みたいに俺の知らない所でずっとドアの前に立っていた日もあるかも知れない。
気味が悪いので下田のやって来た日やその時の行動を把握したいと思ったのだ。
安藤さんは俺の申し出にどうしようかしばらく迷っていたが、意を決した様に言ってくれた。
「分かりました。青木さんは当事者ですからね」
防犯カメラの映像を早送りしたり、一時停止したりしながら俺はメモを取った。
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