第2話 来訪者
青木剛(あおきつよし)は自動車工場の期間従業員として働いていた。
自動車工場の期間従業員は無料の共同生活寮で生活をする者もいれば、家賃はかかるが近場のアパートで生活をする者もいる。
青木は初めは共同生活寮で生活していたが、会社でもプライベートでも同僚と生活するのに嫌気がさし、工場のすぐ近くの五階建てマンションの五階の端の部屋に住んでいた。
その日青木は遅番で、仕事開始は夕方からだった。
遅番時の就寝時間は明け方から午後三時位だったが、ちょうど正午頃に家のチャイムが鳴った。
━━━誰だよ、俺の安眠を妨害しやがって。
青木は不機嫌な気分でドアを開けた。
ドアの前には、気の弱そうな小柄で冴えない男が無理やり作った様な笑顔で立っていた。
どことなく、トカゲのような爬虫類を連想させる顔をしている。
左頬のあたりに大き目なホクロが付いてるのも特徴的だと思った。
「どちらさん?」
青木は一応質問したが、大体想像つく。
訪問営業の人間だろう。
遅番勤務の時はよく睡眠時にチャイムで起こされるので、青木は訪問営業の人間にある種の嫌悪感を抱いていた。
「あの・・・。今日はいい天気ですね」
男は自分の機嫌をとるためだろうか。
媚びた笑みを浮かべながら話し始めた。
「今日の天気予報はTVで見ましたか?この後天気が雨になるそうですよ」
青木はイライラしていた。早くコイツを帰して二度寝したかった。
だが男は中々本題に入らず、プロ野球はどの球団がお好きですか?
最近ではTVのゴールデンタイムに野球の放送が減りましたね。
ところでお仕事はこの曜日はお休みですか?
等と延々と世間話をしている。
「何の用件です?て言うか、初めに言っときますけど勧誘はお断りですよ」
男の笑顔はいびつな形に変化した。
「あなた何で話を聞く前から断るんですか?人の話はよく聞くように学校で教わらなかったんですか?」
何だこの男?
また随分と面倒臭いのが来たな・・・。
「じゃあ、何の用件なんですか?こっちも暇じゃないんでさっさと本題に入って下さい」
「暇じゃないって何ですか?私も暇じゃ無いんですよ?そもそもそんな言い方人間として失礼じゃ無いですか!」
営業の男が訳の分からない言いがかりを付け始める。
「じゃあお互い暇じゃないんでさっさと本題に入って下さいよ」
「その前にあなたが謝るのが先でしょう?そんな酷いこと言われたら本題何て話す気になりません!」
営業の男は酷く興奮している。
クソっ。面倒だが話を進めるためにはこちらが折れるしか無い様だ。
「確かに言い方が失礼だったかも知れませんね。謝ります。で、本題は?」
「全く謝り方に誠意が感じられません。何なんですかあなた?」
青木は話が一向に進展しないのでこれ以上この男の相手をする事をやめようとした。
「用件を話されないのでしたら私はこれで・・・」
青木がドアを閉めようとしたら営業の男はドアに手を挟んできた。
青木は驚いてその手を押しのけようとした。
住宅内に侵入されるかも知れないし、このままドアを強引に閉めても男の手がドアに挟まれてしまう。
「いま腕を殴りましたね!?痛いじゃないですか!暴行ですよ!!」
は?何言ってるんだコイツ。
しかもまた腕を扉の間に突っ込んでくる。
「この時間に在宅なら今日は休日なんですよね?じっくり話しましょう。まず、あなた誠意を込めて土下座して下さい」
調子に乗るなよコイツ!
今日は夕方から出勤だから俺は寝たいんだよ!!
青木はそう言いかけてちょっと待てよ・・・。と考えた。
コイツそもそも会社名も何の用件かも名乗らない。
初めの世間話では”この曜日はお休みですか?”等と聞いてきた。
そして今先ほど、”今日は休日なんですよね?”とか言っている。
・・・コイツ営業のフリした空き巣なんじゃねーの?
下調べに在宅情報を調べてる可能性があるな・・・。
青木は男が住宅内に侵入しないか警戒しつつ、寝室からスマホを持ってきた。
「何ですかそのスマホ?何するつもりですか?」
男を無視して青木は110番に電話した。
すぐに電話が繋がった。
━━━事件ですか?事故ですか?
「ちょっと喧嘩になってしまいました。住所は○○です」
相手も聞いている状況なので、自分にも非がある様なソフトな言い回しをした。
━━━どの様な状況ですか?
「営業の方と口論になってしまいました」
青木は話しながら横目で男を見る。
恐らくは警察に電話を掛けた時点で逃げ出すかと思ったが、意外にも男はその場にとどまっている。
━━━相手の方は住宅内に侵入していますか?
「腕だけ扉の隙間にいれてます」
━━━扉にチェーンはかかっていますか?
「かけていません」
かけておけば良かった・・・。
━━━相手の特徴は?
青木は少しもどかしくなってきた。
それより早くここに警察が駆けつけて来て欲しい。
「30代位の男性です」
━━━分かりました。そちらに警官が向かいますので十分に距離を取ってお待ちください。
ようやく電話が切れた。
どれくらいで警察が到着するんだろう?
「何で警察に連絡したんですか?まるで悪いのは私みたいじゃないですか!」
男は興奮してまくし立て、口のはしには唾が泡状になって汚らしく張り付いている。
「お互いに興奮してしまいましたからね。警察に仲裁して貰おうと思いまして」
出来るだけ相手を興奮させないよう言葉を選ぶ。
とは言っても青木は趣味でキックボクシングをやっていて、結構な実力者である。
子供の頃は空手もやっていて有段者だ。
相手は小柄だし万が一殴り合いになっても恐らく自分は負けないだろうと思っていたので恐怖感は無かった。
「ところであなた、いつまでそのスマホ握っているんですか?怖いんですけど。まさか録画撮影してないですよね!?」
青木は”その手があったか”と今更ながら気が付いた。
録画しておけばコイツが空き巣犯だったら証拠になる。
と同時に警察に通報してもこの男が逃げ出さなかった理由を理解した。
録画されて後々問題になるより、録画されたと仮定してその場に留まった方が得策だと判断したのだろう。
「撮影なんてしてませんよ」
青木は言った。
「信用できません。そのスマホ見せて下さい」
男は見かけによらず俊敏な動きで青木のスマホを奪い取ろうとした。
紙一重だった。
青木はかろうじてスマホを死守した。
もし奪われていたら、そのまま男は逃げ去っていたかも知れない。
青木のスマホは暗証番号や指紋認証などは設定していない。
初めは設定していたが、ロック画面でイチイチ解除するのが面倒で、設定するのを止めたのだ。
盗まれたスマホでどんな犯罪をされるか分かったもんじゃない。
「何でスマホを渡さないんですか?やっぱり録画してるんですね?」
男はなおも執拗にスマホに手を伸ばす。
「録画していません。何だったら警察立ち合いの元で確認しますか?」
青木は男に提案した。
この言い方ならスマホを奪おうとしないだろうし、警察到着まで相手は逃げ出さないはずだ。
男はその場に留まる様子を見せた。
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