第3話 事情聴取

警察の到着は10分後だった。

パトカーだったがサイレンは鳴らしてなかった。


青木はその10分が物凄く長く感じた。

もっと早く来てくれよ・・・と思った。


警官は初めは二人だったが、もう一台遅れてパトカーが来て、計四人の警官が到着した。


てっきり青木はこの男と一緒に事情聴取を受けるものかと思ったが、男と青木は別々に距離を取って、二手に分かれ、それぞれ聴取を受ける事になった。


恐らく客観的にお互いの言い分を聞くためなのだろう。


むしろ青木にとっては警察に対して思ったままの事を言えるので好都合だった。


青木は基本的な状況説明を温和そうな初老の警官に小声で話した。

異常なまでに感情的なあの男に聞こえるとマズイ内容も話すつもりだからだ。


「フムフム。状況はある程度分かりました。相手が会社名も名乗らず、名前も名乗らず、用件も言わず、扉も閉められない状況になって、それで青木さんは警察に110番した訳ですね」


「そうなんです。それであの・・・気になった点がありまして」


念のため男がいないことを確認する。

男は青木の部屋がある五階では無く、別の階で聴取を受けている様だ。


「”この曜日はお休みですか?”とか、”今日は休日なんですよね?”等と妙に私の在宅状況を確認してくるんです」


警官の目つきが少し鋭くなった。


「ほう。それは妙ですね」


「もしかしたら営業のフリをした空き巣犯の下調べの可能性があると思いました。警察に通報したのも、本当の理由はその為なんです」


「なるほど」


警官は熱心にメモを取る。

今までお世話になった事無かったが、警察はいざという時頼もしい存在だと思った。


下の階から別の警官がやってきて、青木に対応している警官に耳打ちした。


青木は少しだけ不満に思った。

何で自分には聞こえない様に話しているんだろう?


「ところで青木さん。相手がドアに腕をいれた時、青木さんはどの様な対応をされました?」


「え?ああ、ドアを閉めようとしたんですけど相手が腕を突っ込んでいる以上、そのままドアを閉めると相手が腕を挟んでケガしてしまいますからね。腕をどけようと押し返しました」


「なるほどなるほど。少しその状況を再現してもらっても構いませんか?」


「え、ええ」


それってそんなに重要な事なのか青木は不審に思いながら状況再現をする。


警官が部屋に腕を入れる仕草をする。


青木はそれに対して手の部分を押し返す。


「なるほどなるほど。しかし、手を押し返すだけでは完全に相手を外に押しやれないみたいですね」


そこまで言われて確かに、と気が付いた。


手を押し返すだけでは相手が肩まで腕を突っ込んでいる場合、肩まで押し返さないと完全には相手を外に押しやれない。


「確かに・・・。もしかしたら肩の部分も押していたかも知れませんね」


「なるほどなるほど。ちなみに相手の胸の辺りも押しませんでした?」


肩を押すと、必然的に相手の体全体を押すことになるかも知れない。


「うーん。それはどうでしょう?あの・・・それって何か重要な事何でしょうか?」


青木は率直に疑問に思ったので、尋ねてみた。


「いえね、非常に申し上げにくい事なのですが・・・。相手の方がね、腹部をドンと強く付き飛ばされたと主張しているんです」


一瞬耳を疑った。


「それで後ろによろめいたと。ここは五階ですから、そのまま廊下から転落するのでは無いかと非常に恐怖を感じたとおっしゃっているんです」


青木は気が付いた。

警官の目付きは険しかったがその対象があの男だけでは無く、自分自身にも向けられていることに。


そんな馬鹿な・・・。

そんな話があるのか・・・?


「人間ってものは実はそれぞれ主観が違うんですよ。実際に起こった事と主観が食い違うことがたまーにあるんですよ。あ、気を悪くされないで下さいね。青木さんの発言自体は嘘など言っていないのは分かっているつもりです。。これでも人が嘘を付く時の挙動は分かっているつもりです。職業柄的な経験で培った能力とでも言いましょうか・・・」


一応警官は青木に対してフォローを入れてくれた。

一応自分が嘘をついてない事だけは信じてくれている様だ。

青木は少しだけ安心した。


「ただ・・・。相手の方の聴取に当たっている警官もですね、相当なベテランで嘘を見抜く能力に優れた奴なんです。そいつも相手の方が嘘を言っている様には見えないといってるんですよ」


そんな馬鹿な!

・・・いや、もしかしたら・・・。

青木にもあの男に関して気になって引っ掛かっていた部分がある。


「そう言えばあの男・・・妙に思い込みの激しい性格の様でした。何と言うか・・・こう、被害妄想が激しいみたいな」


「なるほどなるほど。おっしゃる通りです。そう言う解釈も出来ると思います。それに事実がどうだったかは間も無く分かると思います」


また別の階から先ほどの警官がやってきて自分に対応している初老の警官に耳打ちした。


それを聞いて、初老の警官は満足そうに頷いた。


「青木さん。二つほど事実が判明しました」


「二つ?」


「一つは青木さんの主張が完全に正しかった事です。あなたは相手の肩どころか手の部分を軽く押し返しただけです」


「え?何で急にそんな事が分かるんですか?」


「防犯カメラです。このマンションは一階部分に入退出のドア等のセキュリティーはありませんが、各階の廊下部分に監視カメラが設置されてます。先ほど警備会社に情報提供を依頼した所、映像が届きました」


「そ、そうですか・・・」


青木は言われるまで自分のマンションに防犯カメラが設置されている事すら知らなかった。

改めてみると割と分かりやすく設置されている。

青木は自分の観察力の無さを少し恥じた。

隠しカメラの類では無く、空き巣などの犯罪者に対して事前に思いとどまらせるのを目的に設置されているかの様にこれ見よがしに付いている。


「青木さん。今後は相手の方に腕を入れられても体には触れない様にして下さい。どんなイチャモン付けられるか分かりませんから」


「でも、そのまま何もしなければ部屋に侵入されるかも知れませんよね?」


「今後はチェーンを付けてから訪問客には対応して下さい。そうすれば侵入されることはありませんから」


確かに・・・。

当たり前と言えば当たり前の話だ。


「ところで・・・先ほど”二つ”事実が判明したとおっしゃていましたよね?もう一つ判明した事実は何ですか?」


「先ほど相手の方に名刺を見せて頂いたのですが・・・。その名刺の会社に問い合わせした所確かに相手の方はその会社に所属していて営業の仕事をしているとの事でした」


青木は少し残念に思った。

アイツが空き巣等の犯罪者で無い事がハッキリしたからだ。


「あの男の所属する会社は何だったんですか?」


「それは守秘義務に関わる事なので申し上げられません」

警官はピシャリと断言した。


「え?私は直接の当事者ですよ?知る権利はあると思うんですけど・・・」


「いえ。相手の方にもプライバシーはございますから。ただ、一応は信用できる会社名なのでご安心ください。ただ、会社に所属する営業マンがその肩書と訪問業務を利用して本当に空き巣を実行したケースもあります。相手の方には二度と青木さんのお宅には訪問しないよう厳重注意をしたので、もしまた訪問した場合は110番へご連絡下さい」


厳重注意したならあの男も恐らくこの部屋には二度と来ないだろう。

あの男・・・?

そう言えば青木はあの男の名前すら知らない事に今更気が付いた。


「えーと、それじゃあ・・・。あの男の名前は何なんです?」


「それも守秘義務に当たるので言えません」


「それじゃあ、あの男は一体何の用件で私の部屋に来たんです?それ位は教えていただけますよね?」


青木が尋ねると、警官は初めて答えてくれた。


「営業訪問のため青木さんのお宅に来たようです」


いや、それ位は青木にも分かっている話なのだが・・・。


「ところで青木さん。相手の方はしきりにスマートホンの録画状況を知りたがっているそうです・・・。何でも警察立ち合いの元で録画していないと確認すると約束されたとか・・・」


ああ、そう言えばそんな約束をした覚えがある。

だが青木はあの男の情報を何も知らないまま煙に巻かれることに不満を覚えた。


「スマホの録画状況の情報提供を拒否する事は出来ますか?私にも守秘義務的な権利はあるのでしょう?」


警官は少しだけ戸惑いの表情を浮かべた。


「ええ、それは確かに青木さんの任意です。ただ、口約束とはいえ相手の方と約束したのは事実でしょう?」


「事実ですが気が変わりました。一方的にアイツばかり守秘義務とやらで情報に守られているのに満足いきません。私も少なからず迷惑を被ったので少しくらい仕返しをしたいんです」


「青木さん。悪いことは言いません。こう言うケースは相手を納得させないと後々面倒な事になるケースもあるんです。録画状況の情報提供をどうしてもいただけませんか?」


「嫌です」

今度は青木がピシャリと警官に断言した。


「そうですか・・・。分かりました。ただ一言だけ忠告させて下さい。仮に相手の方を録画していた場合、youtube等のインターネット上には絶対公開しないで下さい。肖像権の侵害で賠償問題になる可能性があります」


「わかりました。録画はしてませんがインターネット上には公開しない事にします」


「録画はしてないのであれば、インターネット上にそもそも公開出来ないのでは無いですか?」


警官は苦笑いしながら指摘する。


「そうですね。言い間違えました」


青木は意味ありげにニヤリと笑いながら返事をする。

もちろん録画などしてないから精一杯のコケ脅しなのだが・・・。


「分かりました。相手の方にはその様に伝えます。本当に、よろしいですね?」


警官は念を押すように青木に確認する。


「構いません」


階段を行き来して警官数名が何度かに渡って情報伝達をする。


数分後。階段の踊り場からあの男が駆け上がって来るのが見えた。


青木の部屋は五階の一番端、ちょうど階段の踊り場が見える所に位置していた。


警官が二人掛かりで必死に体を抑えているが、あんな小柄な体の何処にそんな力があるのだろう?


警官の制止にも関わらず、階段の踊り場から微動だにしない。


トカゲの様な顔をした男は爬虫類の様な目で青木を睨みつけると大声で喚き散らした。


「青木さん!アンタとんでもない嘘つき人間ですね!嘘はいけないことだと小学校で習わなかったんですか!?アンタ小学生からやり直した方が良いですよ!?悪いことした人間は神様が天罰を与えますよ?あなたは死んだら絶対に天国では無く、地獄に落とされるでしょうね!」


”青木さん”、か。

表札を見たのだろう。

アイツだけ自分の名を知っている。

自分の住所だって知っている。

なのに自分はあの男の顔がトカゲみたいだと言う事しか知らない。


だがアイツは自分のスマホの録画状況は知らない。

録画状況の有無を曖昧にすることで青木はアイツに一矢報いた様な優越感を味わった。


三人目の警官が取り押さえた所でやっと男はズルズルと階段から下の階に引きずり下された。


初老の警官はため息を付くと、青木に言った。


「青木さん。念のため戸締りは確実に行って下さいね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る