無敵の人

ちゃっぴー

プロローグ

第1話 訪問営業

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9月7日 月曜日

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冴えない風貌の冴えない顔をした男が歩いていた。


男の名は、下田直哉(しもだなおや)と言った。


下田はとある公共放送の営業訪問の仕事をしていた。


だが、残念なことに下田は営業の才能に恵まれているとは言えなかった。


訪問先であからさまに迷惑そうな顔をされる時。


訪問先の滞納集金に伺っても取り付く島もない対応をされた時。


明らかにTVを付けている音がするのに”家にはTVなど無い”等と無茶苦茶な言い訳をされた時。


下田はその度に負の感情を溜め込んでいた。


仕事を仕事と割り切って訪問先で塩対応をされても平気な人間ならこの仕事に向いているのかもしれない。


しかし、下田は繊細過ぎた。


━━━クソっ!どいつもこいつも僕を馬鹿にしやがって!


下田は不満な日常を送っていた。


母は下田を出産した直後まもなく死んだ。

自分達は逆子だったらしい。

母は生命保険に加入していたので数千万円の保険金がおりた。


父は母が死んだのが、下田の出産のせいだと憎み、父からは愛情らしい愛情を受けずに育った。

それどころか、酒が入ると、度々虐待を振るわれた。

母の死を境に父は仕事も辞め、昼間から酒を飲んでいた。


そんな父は下田が17歳の時死んだ。


警察の調べでは、事故死とされた。


父はアルコール依存症の傾向があり、死亡時も泥酔状態に近かった。

その様な状態で、階段から足を滑らせ、頭を打って死んだ。

それが警察の出した結論だ。


下田にとってはその後の十年間が唯一幸せな時期だったと言える。

一応、持ち家だったので児童養護施設に送られる事も無く、そこまで多くは無いが遺産も相続され、金銭的にも五年間ほど働かなくても良い状態だった。


少しでも父からの暴行を受けるのが嫌で家にいる時間を減らす目的もあり、中学・高校時は体育会系の部活はしていたが、元々他者とのコミュニケーション能力に乏しかった下田は高校を卒業後、家に引きこもって就職など一度もしなかった。


その間、ほとんど外部との接触をしていなかったが、下田にも孤独感はあった。


そんな気分を紛らわすためだろうか。

ある日、下田は捨て犬を拾って飼い始めた。


下田はその犬を溺愛した。


だがある日、犬が下田に噛み付いた。

その理由は分からない。

下田に何らかの敵意を向けたのか、ただ単にじゃれて噛んだだけなのか・・・。


下田は腹を立て、その犬を殺して燃えるゴミに捨てて出した。


またある日、下田は自分に近寄ってきた野良猫を気に入って飼い始めた。


下田はその猫を溺愛した。


ある日下田はからかい半分で猫が餌を食べている途中で餌を取り上げた。

猫は食事を邪魔された事に腹を立てたのだろうか。

下田の腕を引っ搔いた。


下田は腹を立て、その猫を殺して燃えるゴミの日に捨てて出した。


漫画やアニメ、ネット動画等を見て自堕落な生活を送っていたが、五年で資産が底をついた。


その後持ち家を売却して、その金で賃貸住宅に住んだが、その資金もあと一年か二年分しか残って無かった。


気が付いたら下田は30代に・・・34歳になっていた。


流石にまずいと考え就職活動を始めたが、どこも下田を採用しなかった。

職歴が無いのと、面接時の受け答えが余りにもお粗末だったのが原因だった。


一年近く就職活動をしていたら、一社だけ下田を採用した企業があった。


とある公共放送の外部委託企業の営業課だった。

ちょうど応募した時期に人手が足りなかったので誰でも良かったのだろう。


やっと就職出来たと喜んだが、下田は全く営業に不向きだった。


仕事を初めてまだ二週間も立っていないが、吐き気を催す程に仕事が嫌になっていた。


だが仕事は仕事だ。


下田は次の訪問先リストを見た。


マンションだ。


古いタイプのマンションなので、住民だけがカードキー等で入れる入口は無い。


だが、マンションの廊下部分には防犯カメラは付いている様だ。


このマンションで契約してないのは、五階の人間か・・・。


下田は深いため息をついて、訪問先へと向かった。

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