最終章3
6月11日午後1時30分、グラーフはドローン地帯を突破し――別のフィギュア専門店に辿り着いた。
場所がどの辺りなのかは想像がつかないのだが、バイザーのマップを確認すると松原団地駅近くと言う事が分かる。
「この辺りの何処かにシャドウが――」
グラーフが周囲を見回すのだが、それらしい姿は見当たらない。あるいはステルス迷彩を装備しているのだろうか?
『フィギュアハンターに告げる! 何でも実写化を唱え、批判の矛先を都合よく捻じ曲げる超有名アイドルファンやスポンサー、それを指示する政治家に――』
バイザーに聞こえる声は、やはりボイスチェンジャーで変更された物だが、先ほどの無名の物とは違う。こちらの方は、どちらかと言うとボイスチェンジャーと言うよりは読み上げソフトを使ってまとめブログやアフィリエイト系サイトの記事を読み込ませているような気配さえ感じる。つまり、タダ乗り便乗で目立とうとしているコンテンツ炎上目的である事を感じさせる物だった。
おそらく、これはシャドウではなく別の勢力――ビジュアル系の夢小説や超有名アイドルを題材とした二次創作で目立ちたいと考える勢力の可能性もあるだろうか。しかし、そう誘導させるのもシャドウの罠とグラーフは考えた。最終的には、この声には耳を貸さずにマップで点滅した専門店の駐車場へと向かう。
駐車場にいたのはシャドウだったのだが、グレーのコート、サバゲに使う様なシューズ、右目に眼帯型のスコープではない。彼は二足歩行型戦車とも言えるような起動兵器に乗り込み、右側に装備されていたレールガンをグラーフに向けて放とうと言う状態でもあった。
その起動兵器の外見は、何処かのFPSで見かけたようなデザインだが――細部は若干異なっている。それに加えて、彼は何かを知っているような表情でグラーフの方を見つめていた。おそらく、それはアカシックレコードに関係した事だろう。
起動兵器の全長は10メートルまでは行かないが、駐車場に置かれている自動車の3倍の高さはあるだろうか。それに加え、この兵器は明らかに軍事転用できそうな技術が多く使われており、それはARゲームで運用されるガジェットのルールに反しているのは明白だった。
これに関してはグラーフも別の情報を検索する際に偶然発見し、その詳細を把握している。つまり、シャドウはARゲームにおける禁じてに手を出している事を意味していた。
「この技術さえあれば、超有名アイドルを神コンテンツとして崇める連中を黙らせる事が出来る!」
シャドウはレールガンのチャージが遅い事に気付き、脚部のミサイルを発射して時間を稼ぐ。しかし、グラーフは手際よくミサイルを手持ちのビームライフルで撃墜していく――その速度は、シャドウが想定している以上である。
「どうして、力で従わせるような手段を!」
グラーフの叫びも彼には届かない。聞く耳持たずではなく、バイザーの無線機能をオフにしているからだ。
『今の彼には何を言っても無駄――ならば、黙らせる為にもあの兵器を止めるしかない』
突如として聞き覚えのある声がした。それは、島風(しまかぜ)あいかである。どうやら、目的地に着いたと思ったら別の系列店だったらしい。
『彼の正体は、石田光成――過去にハンターとして活躍していた事もある人物よ』
島風の発言を聞き、グラーフは驚くのだが――そのレベルは大げさなものではない。
【石田三成ではなく?】
『その通りよ。敢えて漢字を変えることで、風評被害を押さえたつもりでいた』
グラーフはショートメッセージを送り、島風はその漢字ではない事をグラーフに伝える。
「彼は、どうしてこのような事を?」
『それは――無名と名乗る通信が全てを物語っている。あの人物の正体は誰か知らないけど』
「あなたじゃないのですか?」
『冗談言わないで! 私だったら、あっさり特定されるハンドルネームは使わない。もっと捻るわよ』
グラーフは無名と名乗る通信が島風と思ったのだが、それは否定された。どうやら、もっと別の人物がメッセージを伝えた物らしい。
島風との通信を行っている間にも、起動兵器の方は動いており、他にも駆けつけたハンター勢に向かって攻撃をしている。装備を見る限り、【ビスマルク】、【ローマ】、【リットリオ】、【大和】、【武蔵】、【三笠】、【金剛】といったメンバーだろうか。
彼女達はフィギュアハンターと言う訳ではないようだが、ガーディアン勢力でもない。おそらくはARゲームを純粋に愛しているからこそ、タダ乗り便乗や便乗宣伝勢力を許せないのだろう。
それに加えて、安易に超有名アイドルを神コンテンツにする為にガセ情報に近い実写化を炎上させるような含みを入れて拡散――。そうした勢力は、自分達が目立ちたい、アフィリエイト王者になりたい――そういった安易な考えでコンテンツ炎上を行う。だからこそ、彼女達は立ち上がったのだ。
援軍のハンター勢の方も苦戦する程、シャドウの扱うガジェットは兵器と言っても等しかった。ARガジェットでは火力の関係もあって、どうしても限界がある。そのリミッターを解除しなければ、あの機体には勝てないだろうか。
「リミッターを解除しなくても――最後まであきらめなければ!」
グラーフが飛行甲板から戦闘機を展開するが、それさえも撃墜されてしまう。向こうもミサイル、機銃、レーザーと球切れを起こしており、使える武装も限られているが。しかし、こちらの武装も限界があるのはグラーフにも分かっていた。このままでは負けるとも考え――。
午後1時40分、白銀の閃光がシャドウの起動兵器に直撃する。その一撃は瞬時に起動兵器を凍結させるまでに至った。
「どういう事だ?」
シャドウの方も状況を呑み込めていない。周囲のハンターも、この光景には驚くばかりである。
「結局、この兵器もチートだったという事ね」
グラーフの前に現れた人物、それは島風改二とも言うべき装備で姿を見せた島風だった。右腕の装備――それはアカシックレコードにも記されているはずのチートに対するカウンタープログラムであることは間違いない。
「チートキラーと言う事は――その腕はアガートラーム!?」
グラーフは驚くしかなかった。ARゲームの不正チートに対するカウンタープログラム、それは全てを一撃で消滅させる圧倒的な裁き――それが、アガートラーム。
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