第7話 この館の入れ子構造について
荷物を置いて、それから僕らは客室以外の各スペースを見て回った。その中で、龍二がこの《入れ子の館》に滞在している人たちについて軽く教えてくれる。
原作にあった設定も含めて推理小説の冒頭よろしく登場人物一覧にするとこうだ。
綾城彩花 ――探偵
七原五月 ――助手
大城龍太郎 ――小説家、被害者(1)
大城
大城龍二 ――龍一の息子、七原の友人
比嘉
比嘉
大城
白間鋭利 ――料理人
駒塚にとろ ――使用人、被害者(2)
現在はほとんどが自室に待機しているようだが、図書室に向かう途中で大城次郎とすれ違った。
大城次郎は驚くほど透き通る白い肌で、整った顔立ちをした男性だった。髪の毛は金色に染められているが、それが不良みたいな品のない感じにならないのがすごい。壮絶な美少年が大人になったらこうなる、といった雰囲気だ。
彼は確かこの事件の犯人で、建築家だったか。この《入れ子の館》は彼が設計し、建設の段にも細かく指導したらしい。
次郎さんは気さくだが馴れ馴れしくはない笑みで僕らに向かった。
「叔父さん」龍二が会釈する。
「や、龍二くん。そちらは……初めましてだね。龍二くんの友達かい?」
「あ、はい。龍二とは高校のとき一緒で……七原五月です」
相手が人殺し(まだだけど)だと思うとめちゃくちゃ緊張した。不自然に声がうわずったかもしれない。手汗が酷いので、握手は遠慮した。
「どうも、綾城彩花です。わたしは――七原くんの雇い主といったところですかね」
ふたりは軽く握手。僕から綾城さんに流れが移ったので、僕は胸を撫で下ろした。
「僕は大城次郎。龍二くんの叔父だよ」
次郎さんが自己紹介をすると、龍二がひとつ付け加える。
「この《入れ子の館》は叔父さんが設計したんすよ」
その口ぶりはまるで自分の手柄であるかのようだった。叔父のことを尊敬しているらしい。先の展開を考えると複雑な気分だ。
一方で綾城さんは興味を持ったよう。目に関心の色が浮かび、声が他人には気づかれない程度に
「へぇ、次郎さんが? どういった意図で入れ子に?」
「ああ……僕はマトリョーシカ人形が好きなんだよ。だから意図というほどの意図はないかな。いわばこの構造それ自体が目的だから」
「なるほど」
納得しかける綾城さん。いやいや、そんな誤魔化しに納得しないでくださいよ。僕は横から口を
「でも、これって入れ子と言うより単に壁で仕切ってるだけですよね」
――僕の発言で、場に沈黙が降りた。
龍二が「おい」と言って僕の背中を叩き、綾城さんが「すいませんね。今日はちょっと調子が良くないようです」と僕の代わりに頭を下げた。
次郎さんは困ったように笑い、「いやあ、でも確かに七原さんの言うこともご
「おい七原、さっきのはなんだ。叔父さんに失礼じゃないか」
「そ、そうだよね。ごめん……」
「久しぶりに君に呆れたよ、七原くん。君は大きな失礼は犯さない程度には利口だと思っていたが……買いかぶりだったかな?」
《緑家》での僕のイカれっぷりは「呆れ」にカウントされていなかったようだ。なんかちょっと嬉しい。
と素直に言うのもおかしいので、僕はただ頭を下げる。
「すみません……」
「しかしまあ、君の言わんとしているところはわかるよ。確かにこの館の構造は入れ子と言うには少し無理がある。それを設計した本人に向かって言うのはどうかと思うがね」
僕がしおらしくしているとフォローを入れてくれた。こういうところ、好き。
綾城さんも同意してくれる通り、この館は入れ子構造を謳っているが厳密には入れ子構造とは言えない。単に一部屋を壁で仕切って二部屋にするというやり口を繰り返しているだけだ。
僕が次郎さんにああもぶしつけなことを言ったのは、そのへんの事情を一度強調しておくことでのちの綾城さんの推理の布石にするためだ。
必要ないとは思うが、なんというか思い立ったら考えるよりも先に口をついて出ていた。どうも僕にはそういう気があるみたいので、これはこの世界での立ち回りにおける今後の課題だと思う。
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