第18話

もう彼女に近づきたくなかった。

もし、もう一度近付いてしまえばきっと、今度は本当に取り返しのつかないことをしてしまうと思った。


これまでやってきたことよりも、もっと、もっと大変なことを。


だから僕はこうして部屋のなかでひとりうずくまっている。

ひどく情けなかった。

このまま毒虫になってしまいたい。毒虫になった僕をどうか叩いて放逐してほしい。踏みつぶされて死んでしまいたい。

しかしどうだ、実際の僕はこうしてぬくぬくと布団にくるまれのうのうと息をしている。


そもそも親や妹にまで心配をかけて、その実態は我欲を抑えられないという想像を絶するほどくだらない理由なのだ。

もちろんそれは僕にとっては重大事だ。

だが彼女を汚したい欲望に理性が吹き飛ぶなどと言ってだれが僕に同情できる?納得できる?理解できる?


そんなものはただの性犯罪者じゃないか。


ああいや、間違ってなどいない。

彼女の性を弄ぶという罪を犯した、醜悪なるケダモノであるという事実は絶対的だ。

僕の所業をもしも誰かが目にしたのなら、きっとそれが神であってさえ身の毛のよだつ思いをしたに違いない。

それほどまでの下郎だ、僕は。


欲に任せて好き勝手に彼女の身体を弄んできたのだ。

その結果この身体を、人生をさえ欲に支配されるこの結末など誰にだって想像し得るものじゃあないか。いまさら嘆いていったいなんになるというのだ。

すべてはこれまでの積み重ねだ。

幾たびも溶かし砕き千切り壊してきた理性はもはや役になど立たない。


それだけのことだ。ぜんぶ僕のせいだった。それだけだ。


だから僕はこうして引きこもっている。

僕のせいは僕の努力によってのみ乗り越えられる。

だけど僕にその力はない。僕はもう終わりだ。催眠アプリというおぞましい力に飲み込まれて僕はとっくに死んでいる。

だったらもう、彼女から距離をとるしかないじゃないか。

他になにができるというんだ。

こんな僕に。

こんな、こんなどうしようもない僕に。


―――おねえちゃん?


声が聞こえた。

恐ろしかった。

今や実の妹でさえ欲望の矛先としてしまいそうで。

だから僕は彼女を遠ざけようとした。

怒鳴り、睨み、排斥し、そうすることで彼女を守ろうとした。

本当だ。


それなのに、ああ、我が愛すべき妹よ。


どうして、どうしてお前は僕の傍に来てしまうのだ。

僕の傍はお前が最も危険な場所なのだ。

それなのにお前はどうしてここにやってくる。

そう問いかければ響くように彼女は答えた。


おねえちゃんだから、と。

そう答えた。


ああやめてくれ、やめてくれ。

僕に触れるな、いけない、お前までけがれてしまう。

僕の腐肉からあふるる毒の臭気がお前には感じられないのか。


そう思うのに、願うのに。

彼女は僕を抱きしめるのだ。

僕の暗黒がなにでできているかさえ知らぬまま、暗闇をかき分け彼女は僕を。


気がつけば僕は彼女を抱きしめ返していた。


そこに劣情がつゆほどもなかったなどと僕は白々しくも口にすることなどできない。

彼女にもそれは伝わったはずだ。この弾む心臓は、荒れる吐息は、熱を持つ身体は、どれほど鈍感であろうとも生理的拒否感を引き起こすのに十分すぎる。


それなのに彼女は恐れも不安もなくただ私を優しくなでた。

だいじょうぶと、なんどとなく口にして。

まるで私のすべてを肯定するように。

たとえばもしも、彼女をいまこの手で汚したとしても彼女は許容するのだと思った。

そう思えるほどに彼女は穏やかに私を包んでいた。


そう思うと、不思議なまでに心が鎮まっていくのを感じた。

荒れ狂う欲望を客観的に僕は見下ろしていた。

それはおぞましい汚物ではあったが、それでも僕の中にしかないのだ。


彼女の熱に触れる輪郭が明確化され、ようやく僕はそれを知った。


気がつけば僕は妹とともに眠りについていた。

朝起きたとき穏やかな寝息を立てる彼女のまぶたに口づけをした。

それはどこまでも理性的な行いだった。


もう一度だけ、試してみようと思った。


奇妙な予感があった。

だから僕は今日も、学校へ行く。

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