第14話

衝動というものは恐ろしい。

人間が本来は当然に有す理性の鎖をすり抜け欲望を吐き出すということ。他人に対する迷惑や、ともすればおのれの不利益さえも顧みずその瞬間の欲望のみを充足させんと滾る悪辣なる情動である。

ひとたびそれに支配されれば人はケダモノと成り下がる他ない。

社会的生物たる人間に存在するべきではなかった重大な欠陥とさえ言って差し障りはないのだろう。


欲望に犯され淫売と堕ちた親友の記憶は、耳を塞ごうが鼓膜を破ろうが消えぬものとなっていた。雑踏の中、静寂の縁に、それは前触れもなく脳裏を掠めるのだ。

それに苛まれていた僕は、だからあるものを目にしたときいともたやすく衝動に飲み込まれていった。もとよりそれを望んでしまっていたと言っても過言ではないほどにそれは当然の衝動だった。


気がつけば僕はそれを手にしていた。


いっしょにショッピングをしていた妹に悟られないように買い物袋の奥に押し込め、決してバレぬようにと祈った。帰ってまずしたことは手洗いではなくそれを自分の部屋に隠すことだった。

なんと恐ろしいことだろうか。

妹に実の姉のそのような無様をさらすことになるなど想像だにしていなかった。しかしその甲斐あって僕は妹に露見されぬままにそれを手にした。こんな卑劣な姉と知られたらきっと彼女は僕と縁を切りたいと願うだろう。


いま。


僕は、それを学校に持ってきていた。

そして目の前には、虚ろな目をした親友がいる。


短いスパンでの意識への干渉は彼女の意識に傷跡を残さないだろうか。

そう気がかりに思うのに、僕は彼女とともにいるだけでどうしようもなくなってしまった。せめて明日、それとも明後日、来週にと、そんなふうに少しでも遠ざけようと考えていたことさえ、彼女と共にあればあっさりとなかったことになった。


すこしでも早くこれを彼女に仕込んでしまいたかった。

そうしてまた彼女の鳴き声をききたい。

きっとこれを仕込まれた彼女の鳴き声は格別のものだろう。

スイッチを入れ動き出したこれが彼女をさらに惨めに飾り立てるのだ。

それを想像するだけで僕の欲望は豪雨にさらされる泉のように溢れ出す。


僕はその装着を命じながら彼女へとブツを手渡した。


僕の目の前で、彼女が、自らの手で自分を汚す様を見たかった。

そうすることで罪過がすこしでも僕の手元を離れるのだなどと思ったわけではなかった。

ただ、ふだんから自信に満ち溢れた、僕とは正反対の彼女が、僕の意のままに動くことに味を占めたのである。

外道だ。

知ったことか。


ほどなくして、彼女はその身に僕の欲望を着飾った。

試みにスイッチを入れれば、彼女には意識がないはずなのに、ぴくり、と弾む。

僕はどうしようもないほどに欲情していた。

震える舌先が、そして彼女をまた堕とす。


息を吹き返した彼女が僕へと話しかけるその口調は、また僕の記憶を埋めつくしていく。

彼女の身動ぎに合わせて動くブツに、彼女は落ち着かなさそうにしている。


それは最高の光景だった。

それは最悪の光景だった。

ダメだとわかっているのに、僕は彼女をスマホで撮影した。


彼女にとってそれはただの日常を切り取るだけの動画だ。

普段から恥ずかしがりながらもなんだかんだ僕の思いつきを叶えてくれる彼女はそれを拒むことはなかった。


僕にとってそれはアダルトビデオさえ凌駕するものだった。

観たこともないそれが、いま目の前にある生の彼女を越えられるとはとても思えなかった。

身も知らぬ女の裸体がなぜ猫耳と猫しっぽをつける親友の姿に勝るというのだ。

彼女の意思に合わせ動くと謳われる耳と尻尾はまるで生来から彼女に存在していたとばかりに自然だった。

恥ずかしいのを堪えるのに指先でしっぽをくるくると弄ぶ仕草など後付けのものとはとても思えない。


僕はこの300秒を、余すところなく切り取りスマホに収めた。

彼女の知らぬ汚れた300秒を、僕は今後なんど積み重ねることになるのだろう。

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