第13話

裏切りの証が僕の目の前で息をしている。

親友と呼ぶ彼女を、また、また僕は催眠の毒牙にかけたのだ。

どう贖罪すればいい。僕はいったいどうやって彼女に償えばいい。

仕方がなかったなどという言い訳は通らない。

これはどう考えても僕の欲望の結果でしかない。


僕は彼女を嬲るために彼女から意識を奪った。

そしてあろうことかその意識に強烈な暗示をかけ、彼女の精神を凌辱しようとしている。

許されざることだ。人ならざる行いだ。

それでも僕の欲望は彼女を犯すことを待ちわびている。

この舌で彼女に操りの糸を結びつけることを望んでいる。


―――いや、それは正確ではない。

僕は愛すべき親友を実験台にしようとしているのだ。

麗しきあの人を汚すための行為を、彼女で試そうとしている。

あまりにもおぞましく汚らわしいそれを、まずは彼女で試そうとしている。


その方が、良心の呵責がないからだ。


一度記憶さえ弄んだ彼女であれば、顔の見慣れた彼女であれば、すこしでもこの罪の意識が薄いとわかって僕は彼女をはけ口に選んだのだ。

僕にはそのひどく醜悪な思考が手に取るようにわかる。

このおぞましき甘寧邪智を振るう暴君こそがほかならぬ僕なのだ。

義勇なる者よどうか僕を殺してくれ。いまなら僕はたった一本のナイフでさえ受け入れるだろう。


ああ、ああ、ああ。


くだらない。

僕の大仰な悲嘆はいつもただの言い訳だ。

それを憂いて欲望を取り下げたことが未だかつて一度でもあったか。

彼女の瞳に映る僕の表情は斜陽に隠れ見えはしない。

けれど分かる、僕はそこに欠片ほどの罪をも抱えてはいないのだろう。


くだらない、くだらない、くだらない。


僕は今日もまた、すべての感情を欲望で塗りつぶす。

汚れた本性を今後知ることはないだろう憐れな彼女へと、そして僕は告げる。


5分間だけ、語尾に「にゃ」をつけて喋れ、と。


僕の命令を聞いた彼女はぱちくりと瞬く。

虚ろだった瞳が生気を取り戻す。

しかし普段通りになったように見えて、彼女はもうかつての彼女ではないのだ。

僕の舌に操りの糸を結び付けられた憐れな小鳥よ。

彼女は、ああ、彼女はそして僕の欲望を舌にのせた。


にゃんかお腹おにゃか空いたにゃ。


なんということだ。

彼女は僕の命令をこんなふうに理解するのか。

これは誤算だった。


彼女はそうとは気がつかず、なんども、なんども僕の欲望をその舌で舐る。

彼女のざらついた舌の心地は想像以上に心地よかった。

狂おしいほどに心臓が弾む。

親友であったはずの彼女の面影が見る見るうちに歪んでいく。


なんだこれは、なにが起きているんだ。

もう僕は、彼女の顔を正面から直視することさえできなかった。

そんな僕を不思議に思い、彼女はまた僕を舐るのだ。


ああ気づいてくれ、どうか、そして僕を罵倒してくれ、軽蔑してくれ、二度と顔も見たくないとそう言ってくれ。こんな、こんなことは僕の望んでいたことではなかった。

こんな、口調が変わるだけで、こんなにも萌えるだなんて……!


けれど、僕の願いは届くことなく。

300秒の夢心地は、あっさりと過ぎ去った。

彼女はなにも気がつかない。

思い出すことさえないのだろう。


とりあえずこれはお蔵入りにしよう。

彼女の声を聴くだけで弾む心臓を押さえながら、僕はそう決意した。

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