探し物と秘密と
アルドの足跡探し
妖精たちには様々な者がいた。
鳥のように空を飛び風を操る者、魚のように水底を泳ぎ湖を美しく保つ者、夜空の星のようにただほうわりと光る者、岩のようにじっと動かない者。
彼らに決まった姿はなかった。そして生まれた場所から動くことも少なく、その場所で己の生き方を全うしていた。
しかしある時から、彼らの中に強い魔力を帯び、自由に動き回る者たちが現れ始めた。
世界を旅し、各地で様々な種族と触れ合う中で、彼らは自らが妖精であると知らしめることに困難を感じた。
鳥の姿であれば鳥、魚の姿であれば魚、岩であれば岩と、他の種族には区別がつかなかったのだ。
それに困った旅する妖精たちは、自分達も一つの種族として、誰からも認識されるような姿になる事を望んだ。
集まって話し合った彼らは、余り有る魔力で、ある姿になろうと決めた。
大陸の東方を占めていた獣人でも、南方の海沿いに住む竜でも、岩山に隠れ住むドワーフでもなく、世界のあちこちに散らばってささやかに暮らす、人間という種族の姿を真似て。彼らとは良き友人になれそうだと、そう考えて。
こうして「エルフ」と呼ばれる種族が生まれた。
「はぁ、はぁ、うう……本ってのはどうしてこう重いんだ」
すっかり掃除されクロスを掛けられたテーブルの上に、七冊の本―魔導書を置くと、ボイドは肩で息をしていた。
「世話をかけるわね、今日はこれだけにしておこうか。どうせ一度にたくさんは読めないし」
「そうしてくれ」
レリナは軽くボイドの背中に触れながら、癒しの魔法を掛けようと口を開きかけ、あっと口を閉じた。彼に魔法による治癒は効果がないという事を、レリナはまだ時々忘れてしまっている。
ボイドが体力を回復する方法は食事と休息をとる事だけだ。その食事のための買い物も、困った事にレリナが同行することはできない。彼女一人ならば問題は無いのだが、ボイドに同行しようとすると、少し体が当たっただけで人間に化ける魔法が解けてしまうのだ。
最初にそれを見たボイドは、おやっと珍しいものを見たように片眉を上げると、何度もレリナを人間に変身させた。しかし触れればすぐに元のエルフ姿に戻ってしまうし、試しに肩に触れたまま変身しようとすると、バチッと魔力が反射されるような感覚がレリナの身の内で起こり、変身する事さえできなかった。
「おかしいな……」
何度もそう言って首を
「何がどうおかしい? お前の体質を考えればこれは当たり前だろう」
彼が意志を持って魔力を無効化しているなら分かるが、ボイド本人は何をしているつもりも無いのだ。悪意や恐怖、警戒心すらないのに起こるそれを
レリナはそう
「いや、確かにそう言われればそうなんだが、そうじゃなくてだな……」
明後日の方を向いて言葉を濁したボイドは、しばらく考え込むような顔をしていたが、その理由を訊いても答えなかった。
ボイドの言葉の意味は分からなかったが、それ以上レリナを変身させようとはせず、時々一人で買い物に出たり獲物を狩って来たりと、食料の確保は彼自身で続けていた。
彼が出ている間はアレックスと言葉が通じないが、その間にレリナは集めて来た魔導書をひたすら読んだ。
いつも綺麗に掃除された談話室で、また寄って来るようになった森蟲達に囲まれながら、暖かい陽の中で本を読む時間はとても穏やかだ。
ボイドが来るまでは埃っぽい自室に閉じこもって、見えない光を探すような孤独感があったが、今は細いながらもアルドに
時にはボイドが金を稼ぐために仕事をしてくるので、四、五日は帰って来ないこともあるが、そんな日々にも慣れてしまった。
ボイドが現れてから、はや二か月になろうとしているが、アルドの名が残された魔導書は予想外に多く、階層が下がるにつれて増えている。
今日持って来たのは八十階の本だが、レリナが魔力で飛びながら移動したのが十五冊、ボイドが運んだのが七冊、合わせて二十二冊もあった。
ほんの一行から一ページ埋まるほどまで、その記述内容はまちまちだ。
アレックスが教えてくれるのは「その名前がある魔導書」だけで、内容までは語らないし、自分で読んで判断してほしい、とボイドを通じて聞いている。
アレックスが何を思ってそう言うのかは分からないが、これまで読んだ魔導書の中で、少しずつアルドの過去は明らかになりつつあった。
アルドは様々な魔導書の中で、「まだ帰って来ないのだろうか」「彼が唯一の希望だ」「どこかに我らの住むべき場所は無いのだろうか」などと語られていた。
中には「彼のあの身をもってしても、この魔力の薄さでは耐えられなかったのか」というものもあった。
つまり今分かっている範囲では、アルドは残されたエルフが住める土地を探しに旅立って、消息が分からなくなっているという事だ。最悪の場合、その途上で死んでしまったと思われていたようだ。
彼は魔法をほとんど使えなかった。その代わりに気候の変化に弱い他のエルフと比べると、どんな環境でも平気で、魔力の薄い場所でも活発に動ける体だったため、エルフ王同士が互いの国を行き来する時の護衛を担っていた。
しかしそれほど重要な役割を担っていながら、彼はいつも王の背後に控え、自分から口を開こうとはしなかった。他の護衛たちは側を離れることはなくとも、他国の者たちとも気楽に話していたが、彼だけはじっと動かなかったし、誰も声を掛けなかった。
自国でもそんな調子だと聞いていただけに、この「唯一の希望」として扱われているのはずいぶん不思議な気がしたが、それより更に奇妙に思ったのは、ごく一部の記述の中に「彼はエルフではない」というような内容が書かれていることだった。
曰く、彼は湖で一番大きく育った魚が力を得たもので、エルフとして生まれたわけではない、または魔法に長ける竜族の中でもその力を持たずに生まれたはみ出し者であり、エルフの国に捨てられた者である、などと書かれているのだ。
そしてそんな者に希望を託すしかない自分たちの状況が恨めしい、とすら書いている者もいた。
彼は確かに他のエルフとは違っていた。
頬や額にまで及ぶ黒い鱗は、レリナの知る限り他の誰も持たないものだったし、ナイフで裂いたような切れ長の目は美しさより恐ろしさを感じさせるようなものだった。
しかし慣れない土地を訪れたために体調を崩し、気を張ってそれを隠していたレリナに気付いたのも、すぐに休める場所を用意して薬を持って来てくれたのも、落ち込む彼女を言葉少なに慰めてくれたのも彼だった。
少なくともレリナが出会った中では、誰より温かく優しいエルフだったのだ。
そんな彼が、進退
もしもこの本の持ち主に会えるなら、頬の一つも叩いて目を覚ませと言いたくなる。無論この書庫に魔導書を残した者は、つまり死んでしまったという事なので、今となっては何も言うことは出来ないのだが。
それでも時々、レリナはやり場のない怒りとも悲しみともつかぬ思いにとらわれ、しばらく読み進められずに呆然と外を眺めることがあった。
そしてそんなレリナの様子に気付くと、森蟲達はレリナの膝に集まったり手の平を撫でたりと、ぴぃぴぃ鳴きながら、彼女を励ますように動き回るのだった。
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