あきのとみふゆがただイチャイチャしてるだけ―②

 ※


 大学の後輩で、妹の友人のあきのは、酔うとすっごくめんどくさい。


 普段は、清楚でおしとやか。見栄えもよくて、さらに成績もよくて人当たりもいい。人の中心で話せて、さりげなくそれとなく人心を掌握する術に長けている。あとルームシェアしてるから、わかるけど家庭面や私生活も隙がない。家事も万能、抜けているということがほとんどない。


 あと、自分で自分を性悪と称する程度に、あくどくて、何かと私を依存させようとしてくる、そんな後輩だ。


 ただし、酔うとめんどくさい。


 多分、普段から色々と抑圧して生きてるから、そこんとこのタガが外れた時にそれが爆発しているのだろう。


 特徴としてまず、スキンシップが多くなる。さっきまで、晩酌しながら私と食卓で向き合っていたのに、気付けば隣に席を持ってきて管を撒いている。


 意味もなくしなだれかかってきては、時折、私の首をもってがくがくと揺らしてくる。


 「みーふーゆーさーんー、きいてーーーまーすー?」


 あと、凄く酒に弱い。飲んだのは缶チューハイ一本のはずなのに、この出来上がりっぷりだ。顔が赤くならない質だから、傍目には酔っているとわかりにくいのが尚のこと質が悪いような気もする。


 「みふゆさんが返事してくれなーい、もうだめ、寂しい」


 あと数秒放置しただけで拗ねる。まるで子どものようでもある。本当に普段の聡明さはどこにやったのやら。


 そんな甘えん坊に私が軽く笑いながら、隣に座る頭を撫でてあげると、あきのはぱあっと顔を明るくして意気揚々とすり寄ってくる。


 「ふふふ、みふゆさんこっち見た―!」


 たまに思うのだけど、この姿を録画しておいたら彼女の知り合いたちはどう思うのだろうか。というか、外で飲みに行くときもこんな感じなのだろうか。……余計に人気でそうだな、この子。本人は嫌がりそうだけど。


 「みふゆさん、今日のご飯、美味しいですか? わざわざみふゆさんのお母さんにレシピ聞いてきたんですよ」


 「うん、すごいすごい」


 「えへへ、しかも私本当は茄子そんなに好きじゃないのに頑張って食べたんです。えらいでしょー」


 「えらいえらい……ってそれは、無理に食べなくてもよかったんじゃない?」


 「えー……だって、みふゆさんと同じもの食べたいし……」


 「そっか、えらいえらい」


 「うへへへー」


 頭を撫でるたび、三歳児もかくやという喜び方をしてくれる。大変、褒め甲斐があるのだけど、こうやって褒めた記憶を彼女はほとんど明日になれば覚えていない。一晩立てば、清楚でクールなあきのが返ってくる。


 あとあんまり長続きしないんだよね、欲求に素直だから基本、すぐ寝ちゃうしね。


 そうやって撫でていると機嫌がよくなったのか、器用に私と食卓の間に滑り込んで、太ももを枕に転がり始める。椅子を寄せて、膝を畳んで、赤ん坊みたいな体勢で他人の膝をごろごろと堪能し始める。


 「みーふーゆーさーん」


 「なに、あきの」


 「よんだだけです」


 「そーですか……」


 「はい!」


 あまりに可愛げがありすぎて、思わず苦笑が浮かんでくる。録音でもして、ちょっとみはるや友達たちに見せたい気もしたけれど、そういうのをすると猛烈に怒るので残念ながらできないのだ。酔っていてもそこら辺が目敏いことに変わりはない。




 あきのは昔から、何というか結構ため込む子ではあった。


 もともとは妹のみはるをいじめていたグループの一員で、なんやかんやあってみはるとは友達になったらしいけど。今度はみはるが引っ越すときに『寂しい』って一言が言えなくて、それをずーっとため込んでいた。それで、私が偶然泣きそうになっているのを見かけて慰めた。その時はかつてないほど大泣きして、本人曰く、人生一番の失敗となったそうだ。私としてはあきのの本質が見えたすごくいい機会だったわけだけど。


 その時も、結局通算一年半、ひたすらに想いため込んでいた。多分、普段の外面が無駄にいいから、発散の仕方をしらないのだろう。自己コントロールが上手いっていうのも考え物だと、あきのを見るたび私は思う。


 きっと、今の生活もあきのなりに何かしらを溜めこんでいるのだろう。だから、こうやってタガが外れた時、普段の仮面の下から出てくる姿は誰よりもきっと子どもっぽいのだ。


 まあ、それはそうだろう、綺麗な仮面をまとうっていうのは、すなわち不安の裏返しなわけだし。


 嫌われたくない、否定されたくない、排除されたくない。だから、人を使う、心を操る、味方を作る。


 綺麗な仮面でそんな弱い自分を隠して守ってる、だから徹底的に不安のタネを潰そうとするし、それが芽を出した時、内心は誰より慌ててる。


 私と初めて、あまりにも手慣れているものだから、聞いてみると既に二人としたことがあると言っていた。


 最初は余裕ぶった顔でそう告げていたけれど、私がちょっと傷ついてしまったのが、どうにも顔に出てしまっていたみたいで。


 そしたら大慌てで、泣きながら謝ってきたっけね。


 まあ、それまで私が正式にあきのに好意は伝えたことはなかったから、あきのがその間、誰と付き合おうとあきのの自由で、私が傷ついているのがそもそもおかしいわけだけど。


 小綺麗な顔をぐちゃぐちゃに歪めながら、謝るあきのを見ているうちに段々と絡繰りは解けてきた。


 結局、あきのもそれまでまともな交際経験はなかった。


 いっつもできる子として演じいる分、私の前で醜態をさらすのは耐えがたい。


 だから、お付き合いにも練習が必要で、それがその二人の子達だったというわけである。


 結局、どこまでいっても不安だったのだろう。この子は。


 それが分かってしまえば、私には許す以外の選択肢はありはしなくて。泣きながら私以外とはもう絶対にそういうことはしないと告げられたら、納得せざるおえなかった。


 まあ、ちょっとかわいそうだったのは、あきのの実験台になったその二人の気がしないでもないけれど。


 あきのは基本、何事にも全力なので、その練習台の子達も、もれなく本気で落とされたのだろう。そのうえで、自分が練習台だったと知れてしまったときに、果たしてどんな気持ちになるのやら。あきのは後腐れなく終わったと言っているけれど、私としては突然夜道で襲われないか気が気じゃない。


 ハッキリ言って、めんどくさい子だ。性の悪い子だ。ともすれば、誰かに恨まれる子だ。


 でも、私にとってはこれ以上ないくらい、かわいい子だ。


 ま、他人のこととやかく言ってる私も、そんな立派な性格してないしね。


 根暗で、だらしなくて、行動力にも乏しいし。


 どうして、あきのにこんなに甘えられるのかも、よくわかってないくらいだけど。


 根っこのところで、不安者同士、惹かれるものがあったのかな。


 あきのの髪を撫でていたら、程なくして寝息が聞こえ始めていた。


 やっぱりすぐ寝てしまったね。この調子だと、こうやって甘えたことも明日は覚えていないのだろう。


 ただ、このまま寝かせてあげるのはちょっと難しい。寝姿も相変わらず、美人だからもう少し眺めていたい気もするけれど。


 「あきのー、寝るならベッドで寝なー」


 「んー…………」


 まったく、お風呂に入ってもないのに、この子は。しかし本当に外でこんな隙さらしていないだろうか。柄にもなく、少し心配になってくる。


 私が軽く身体を起こさせると、あきのは寝ぼけ眼をこすりながら、ゆっくりしなだれかかってくる。


 私はそれをどうにか支えて、おぼつかない足取りのままベッドまで付き添って歩いて行った。


 触れ合う身体に、少し感じないものないわけではないのだけど。おねむな子に無理矢理迫るほど飢えてもいない。


 知ってか知らずか、身体を摺り寄せながら歩くあきのに軽くため息を吐きながら、えっちらおっちら私たちはベッドのある部屋までやってきた。


 さあ、あとは寝かすだけ。かわいいかわいい眠り姫は明日になれば、いつもの狡猾な悪役令嬢だ。


 そんな姿も、正直なあきのを見ているのは私だけだと思うと少しだけ心地がいい。


 なんて、思考をしていたからだろうか。


 気付けば、ベッドの傍でふらっと体重が崩れてた。


 「あれ?」


 首元に抱きついたあきのと一緒に、ベッドへと顔から倒れ込む。


 ぼふっという音と、布団に包まれて訳も分からず目を瞬かせている、そんなころ。



 



 鋭く、でもどことなく鈍い、そんな痛み。


 私の首、私の命を繋ぐ場所に、強く、鮮明に。


 痛みと、熱と、湿っぽさが。


 我に返った頃には、あきのが顔を赤らめながら満面の、でもとことなく意地の悪い笑みで、私の首から顔を離し終えていた。


 訳も分からないまま、自分の首をなぞると、確かに彼女の噛み跡がそこに刻まれている。


 血が出るほどではないけれど、明日、服で隠さなければいけない程度に、確かに深く明確に。


 なぞった指があきのの唾液でじわりと濡れる。


 戦慄と動揺も束の間に、あきのは邪気のない笑みに戻ると、ぴょんと私の上から跳ねて退いた。


 「寝る前にシャワー浴びてきますね、明日髪の毛ごわごわになっちゃうし」


 何事もなかったように、動揺している私の方が不思議だとでもいうように、一人でスキップしながら風呂場へ向かって消えていく。


 私は、逸る心臓を抑えながら、首元にあてた自分の手を思わずみやる、そこにあるのは変わりはしない濡れた指先。


 「……どっから正気だったんだろ」


 思わずぼやいてみるけれど、答えは当然、返ってこなくて。


 思わずため息の後、苦笑い。


 ああ、本当にいいように転がされている気がするけれど。


 それもいいかと、想ってしまうあたり私もいよいよ、あきのに絆されているんだろう。


 どこまでが作為的で、どこまでが正直なあの子なのか、まだまだ私もわかってはいないけれど。


 退屈しないのは確かだった。


 でも、このままっていうのもちょっと癪かな。


 ……そうだ、いいこと思いついた。


 いっそのこと、たくさん好きと伝えてみよう。


 私側から好意を示すのって、恥ずかしいからあんまりできていなかったけど。


 目一杯に好きと伝えたら、今のあきのは一体、どんな顔をするのかな。


 照れるか、誇るか、馬鹿にするか、焦るか、うーんどれだろ、はてさて予想もつかない。


 どれにしても、かわいいことだけは確かだけど。


 そうやって、ほくそ笑みながら私はごろんとベッドに横になった。


 遠くの方で、シャワーの音が聞こえてる。


 あきの、早く出てこないかな。


 ゆっくりと眼を閉じたころ。


 私は少しだけ夢を見た。


 素敵な女性がそこには居て。


 とても綺麗な仮面を被ってる。


 私がその女性にそっと手を伸ばしたら。


 その子は私の指を優しく仮面の内側に招き入れた。


 そのまま仮面の奥を覗いたら。


 小さな女の子が楽しそうに笑ってた。


 そうしてあなたを抱きしめる。


 そんな些細な夢を見た。

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