第52話 十人の魔女
鬱です。私って魅力ない。
私の魔法の結び目は、何だって一つに繋げるのに、自分のことになるとからっきし。山ほど恋してもどれ一つ実らない。
だからもう現実に見切りを付けて、暗い暗い塔の中に閉じ籠ることにしました。
「私にはジメジメした場所がお似合いよ」
ガチャコン、ガチャコン――。
「んもー! ロザリンドうるさい! 何年ガチャコンやってるのよ!」
下の階の
ノイローゼなの?
騒音トラブルは突き詰めると命のやり取りにまで発展するって分かっててやってる?
ドタドタドタ――。
今度は何? やだ、私の部屋に誰か来る。
まさかロザリンド?
ううん、ちがう。相変わらず下からはガチャコン言ってるもの。じゃあ誰が……。
ドンドンドン――。
「開けなさいポーシャ! いるんでしょ? 何を引き籠ってるの。貴女に用があるのよ」
この声、まさか団長!?
「ポーシャは留守ですよー」
「ふざけてるの!? いるんじゃないのよ。早く開けないと扉をブチ破るわよ!」
「ひいぃ! 待って待って! 今開けますからっ」
ガチャ――。
「何かご用でしょうか?」
「何で半開きよ? チェーンを外しなさい」
「……やです」
「シャボンバー!!」
ボカンッ――!
シャボン玉が触れた途端チェーンが弾け飛んで、団長が強行突入して来ました。ひょっとして私殺されるの?
「うっわ、カビ臭い部屋ね。八年引き籠ってるんですって? 何があったの? 悩み事があるなら私に言えばいいじゃない」
団長……! 私を心配して来てくれたんですね! 嬉しい!
「実はその、失恋しちゃいまして……」
「はぁ? それで八年? バカなの貴女? 次の相手を探せばいーだけのことでしょ」
ひどい!
「お言葉ですけど次の相手って誰ですか!? 団長が紹介してくれるんですか!? レイフもマークもハリーもヴィンセントも私を好きって言いながら結局他の女に走って、セドリックなんかベリンダと付き合い始めたんですよ!? あの
「近い近い! 分かったから落ち着きなさい。そもそもベリンダに走るような男ならド変態なんだから惜しくもないじゃないの」
これだから見た目九歳児は! 年頃乙女の危機感てものをまるで分ってない!
「惜しいですよ! 十回デートして逃がしたダーリンは大きいんですよ! 私みたいな地味魔女はチェンジできるほど贅沢なご身分じゃないんです!」
「自己分析ができてるなら次回はそれを活かしなさい。それより何より今から仕事よ」
「仕事? 嫌ですよ。もう絶対塔から出たくありません。ここだけが私の心の安全圏なんです! そんな話なら下のロザリンドにでも振って下さいっ」
「いい加減にしないとひっぱたくわよ!? こっちは塔ごと吹き飛ばしたって構わないんだから!」
私が先にキレたのにキレ返すとか反則じゃないですか? 団長って脅しじゃなしに本気でやるから怖い。
已む無く部屋を出ると、寸暇も待たない団長はドスドスと階段を下りて行って、下の階の扉を文字通り蹴破りました。怖い。
「ロザリー! 貴女は貴女で何をやって……」
言葉を切った団長は回れ右して私の方へ階段を駆け上って来ました。その背後で部屋から溢れ出したのは大量の精霊石。
「団長! ひょっとしてもう十年経ちました!?」
飛び出して来たロザリンドが期待にキラッキラした目で問いかけます。でも団長の頭の上にははてなマークがポヨン。
「何を言ってるのロザリー。それにその大量の精霊石は何?」
「かはっ――」
あ、エア吐血した。
「嘘でしょ団長!? 団長が十年籠って精霊石作れって言ったんじゃないですか!」
悲痛な叫びです。
「ええ……。私言ってないわよ、そんなこと」
これ絶対言ったヤツですよ。
「言ったんじゃないんですか? 団長」
「何よポーシャ、私を疑うの? 言う訳ないでしょ! 十年籠って石作りとかほとんど拷問じゃないの」
「でも団長って飲み比べで負かした相手に無茶振りするじゃないですか。それで翌日にはケロッと忘れてるパターン、これまでに何度もありましたよね?」
沈黙の間を吹き抜ける生暖かい風。
次に団長はネジ巻き人形のような動作でカタコトを話し始めました。
「言ッタカモ知レナイケド冗談に決マッテルデショ?」
その言い草にロザリンドは絶望を隠せません。当然ですよねー。
「団長は悪魔ですよ! 可愛い顔して小憎らしい小悪魔ですよ! 塔に籠ってせっせと精霊石を作って来たこの数年が冗談って何ですか!? 死ねってことですか!?」
「落ち着きなさい、謝るから。とにかく塔を出て外の空気を吸いましょう。ね?」
泣く子をあやすような口振りで、なおかつ有無を言わさず背中を押して塔の外へ。
八年振りの陽射しが眼底に染みました。思わず閉じた目を開いた時、風に洗われて青々とした空が迎えてくれるようでした。
で、隣りを見ると必死にロザリンドを慰める団長。宥めすかしてご機嫌取って、そんな様子を眺めていたら私の悩みなんてちっぽけに思えて来て、もう一度やり直してみようかな、何てことを思ったんです。はい。
***
「やり直そうなんて思うべきじゃなかった! 私間違ってた! 外の世界怖い! もう塔に帰る!」
迫る脅威に背を向けて全力疾走です。
走れ走れ! 立ち止まったら即アウトですよ!
「ちょっとポーシャ! 屋台牽くの手伝ってってば!」
「バカなのクエッパ!? そんなの捨てて行きなさいよ!」
「冗談言わないで、屋台は私の
「
ワシャワシャと遠慮知らずに音を立てて、森を覆う勢いで迫って来るのは死者の群です。デラが「試しに」とか言って、藪を突く真似をするから!
「デラは!?」
「とっくに雲隠れー! 電光石火で飛んでったよ!」
「あんちくしょー! 絶対許さない! 見つけたら私の縄魔法で高手小手に縛り上げてゾンビの前にぶら下げてやるんだから!」
「そんなことよりもう追い付かれるってば!」
「だったらいい加減その屋台ほっぽり出して!」
「やなこったい!」
みんな勝手で我儘で、魔女ってホントにまとまりがありません!
クエッパが火の魔法で牽制してるけど、私たちはデラと違って高速や飛行の魔法が使えないんです。太い木の一本もあればどうにかなるのに、この森はまだ若くて細っこいのばっかり!
「
「デラ!?」
降って来た声を見上げると夜の梢に紛れて飛ぶ影は
言われるまま針路を面舵に切った途端、ガリゴリバキンッ――。
「ひぎゃー! 私の屋台がぁぁ!」
「
遂に死の群がクエッパの屋台に取り付いて、私は咄嗟に蔦の縄を絡めて押し止めました。
「鉄板だけ取って! 早くっ」
「取った!」
「なら走って! こっち!」
「
「ちょっと! 私も連れてってよ!」
空からデラ! んもう!
「キャンセル!!
「さんきゅー!」
樫の古木に
「ごめん、焦っちゃった! 距離が
「まぁ全員無事でよかったんじゃない?」
「何にもよかない。私の屋台……」
クエッパはブツクサとしょぼくれてたけど、ワンドが無事なら問題ありません。そんなことよりも――。
「それで、結局どういうこと? 私たち
私たち魔女は人間より遥かに魔法上手ですけど、それでも使える魔法は守護星によって限られます。
私の守護星は食変光星で契約精霊は
クエッパは脈動変光星だから
デラはガス惑星で
私たちは団長に命じられて、ここカルデネで足取りを晦ませた四人の魔女の行方を追っていました。当然予備知識として探す相手の守護星も把握してます。それによれば
「あれかな? 土系統の魔法石を使ったとかじゃない?」
思い付きを口にしたデラに直ぐ様クエッパが反論します。
「どんな魔法石だってのよ? 幾らゾンビたって百や二百じゃきかない数だったじゃない。便利使いの魔法石にそこまで魔力をブチ込むなんて聞いたことない」
これはクエッパの言う通り。
魔法石は鉱石魔法を用いて宝石に魔法を閉じ込めたもの。インスタントでお手軽な分、魔法を装填する時に余分な魔力を消費することから、直に詠唱するより威力や効果が劣る傾向にあります。
仮に百体のゾンビを
更に
「考えても分からないことは報告してパナイースと団長に調べて貰います。それぞれ気づいたことを魔女の日記帳に書き込んでって」
「はいはい。
「デラがイの一番にケツ捲って逃げ出した、っと」
また始まった。この二人はいっつもこんな感じです。
今は
***
パラパラと音を立てて魔女の日記帳が捲れ始めたわ。私のかと思ったら違ったみたいね。
「パニィ、捲れてるのは貴女の日記帳よ」
「あら、
今は九月の終わり。ポーシャたちを魔女捜索に送り出して三週間といった辺りかしら。
大方の予想通り、行方を晦ました魔女の追跡調査は簡単じゃなかったみたいで、今のところ目立った収穫は無し。それはアカデミー方面にも言えて、例の決闘やら
「ポーシャたち、何ですって?」
「はい。
「どーでもいーこと書いてんじゃないわよ! 他には?」
「
「あの子たちやる気あるの!? 骰子振って遊んでんじゃないでしょーね?」
「まぁまぁ、お母様。要するに屋台が壊されるような出来事があって、帰って来たくなるような状況にあるってことじゃないでしょうか?」
「ふむ。トラブル発生ね。なら何があったのか詳しく尋ねてご覧なさい」
サラサラと羽根ペンを走らせるパニィの手元を覗き込んでいると、早速ポーシャの筆跡らしい文字が並んで、思わず紅茶を噴き出したわ。
「ぶほっ!」
「お母様、ばっちぃです」
「何を落ち着き払ってるのパニィ! オフィーリアを見つけたって書いてあるのよ! しかも何ですって? いきなり攻撃されてそれが……土の魔法??」
オフィーリアは光と雷の魔法で幻想を描く魔法の語り部。生命の循環や死をも操る土の魔法とはまったく無縁な子よ。
今回捜索対象に挙げた四人の中で、オフィーリアはサロメと同じ大魔法楽団の一員。だから、どっちかが見つかれば芋づる式にもう一人も出て来るんじゃないか、なんてことを思っていたのに……。
「パニィ、考えて。一体どうしたらオフィーリアが土の魔法を使えると思う?」
「基本的にはあり得ません。それが起きたとすれば余りいい考えは浮かんで来ませんね。
確かにその数で魔法石とは考えにくい。ならよくない考えにピントを合わせてみたらどう? それはつまり、結局のところ、行き着いてしまうのは――。
「あの子は、オフィーリアは死んだのね……」
人間だろうと魔女だろうと、生きとし生ける者はいつか世を去る。幸福と安らぎに満たされる最期もあれば、悲嘆すら間に合わない突然の別れだってあるわ。
「残念ですけどそう思います。そしてその骸を
私もそう早合点しかけた。でもこの場合は違うのよ。
「いいえ、それはおかしいわパニィ。例えオフィーリアが倒れても、その亡骸は契約精霊たちが安らかに眠らせようとするでしょう? 魔女と結ばれた精霊たちが
「言われてみれば確かに……。でも、だとしたら今度のことは一体どうした訳なんでしょう?」
そこがミステリーね。パニィの予測は結論としては合っている。けれどその場合、抵抗するはずの契約精霊たちはどこへ行ってしまったの? やすやすとパートナーの亡骸を渡すはずがないのに何故――?
「オフィーリアの精霊は
言葉を連ねながら頭の中を整理して行くと、残った可能性が口の中を苦くしたわ。
「だとしたらこれは、順序が違うのよ。そうでしょ?」
「つまり、
「ええ、そうよ。そうなってしまうの。そしてそんなことができる存在を私たちはよく知っている。間違いなくね」
「それができるのは、お母様、
長い長い歴史の中で、時折姿を現しては私たち魔女を恐怖に陥れて来た存在。それが
その昔、魔女たちは自由気まま、てんでんばらばらに活動していたわ。けれども
人界に息を潜め、闇から魔女を狙い撃ちする魔物。
オフィーリアは
あるいは
「パニィ、ポーシャたちの魔女団は?」
「
「なら今直ぐ二つの魔女団に言って、
「はい、お母様」
朝まで宜候亭も黒猫突撃団も年季の入った老舗魔女団。東部奪還戦争を機にどの魔女団もメンバーの入れ替わりや再編があって一新されてしまったけれど、それでも四、五人は集まるでしょう。
「それにしてもハグとはね……」
裏返った
過去に滅ぼした
「連絡が済みました。非常招集ですから緊急用の魔法石を使ってあっと言う間に飛んで来ます」
「ありがとう。何人集まりそう?」
「各団長とそれぞれから一人。全部で四人になります」
「いいわ。あと三人、今いる子たちの中から選抜しましょう。大食堂へ向かうわよ」
仕事部屋を出て途中、庭を抜ける回廊を渡った先が母屋の大食堂。ナーバスな足音が館に蔓延するのほほんとした空気を一歩毎に払って行った。
「前回ハグが出たのは何年前だったかしら?」
「確か精霊鉄道のアカデミー・ラインが敷設開業した時期ですから、百年くらい経つんじゃないですか?」
「そう。大体が五十年とか百年の周期よね。東部戦線が落ち着いてからこっち、ぼんやりと過ごしてしまったわ。私のミスよ」
「お母様。ハグは魔女全体で対処する問題です。誰か一人のせいなんかじゃありません」
優しい子。いつだって私に寄り添ってくれる。
「それにしてもパニィ。今回はカルデネよ。何だか
「そうですね。変に飛び火しなければいいですけれど……」
押し開いた扉の向こうに整然と四人の魔女たち。それを取り巻いて魔女の館に寝起きする面々の大半も揃っていたわ。
「よぉ団長。
「よく来てくれたわベベロイ。ヘザーも元気そうね」
二人は朝まで宜候亭から。隣りに続いて並んでるのが黒猫突撃団のメグとニコラ。
「
「その前にあと三人選ぶから待って頂戴。それが済めば直ぐよ」
ベベロイもメグも魔女団を率いるだけに見当を付けてる顔。老舗の団長は大抵、過去にハグ討滅を指揮したことがあるから。
「静かに」
右手を上げて促すと騒めきが静謐に変わる。そうそう、そうやってお行儀よくしてなさい。
さて、誰を選ぶか。現地に三人。同じ魔女団で連携の取りやすい四人を加えて七人。あと三人足して十人体制にするのだけれど――。
「
ラリッサはオフィーリアと同じ大魔法楽団のメンバー。統合以来メテオリリーマ魔女団に籍を置いたきりでいるけど、この件で外す訳には行かないわ。
「
メイジーは土の魔法で霊体を使役する魔女。ゾンビ使いが相手ならその手筋を読めるってこともあるでしょう。
「
ナイアドの占いは不測の時にも見通しを立てる役に立つ。これで十人。
今回はまだ
「それでー? どーなってんの? この面子を集めて何しろって? リーダーは誰がやるのさ。そこ決めとかないとあたしとメグでぶつかるよ?」
一歩前に出て来たのはベベロイ。
「メグに決まってるでしょ。ここにいる誰もが貴女に任せるなんて思ってないわ」
「何でっ!?」
「何でもクソもあるもんですか。ベベロイ、私は非常招集をかけたのよ? それが何。酒瓶ぶら下げて赤ら顔で来るとか、ピクニックだとでも思ってるの?」
「えへへっ、それを言っちゃあお終いよ」
何がお終いなのよ。そもそも魔女団名が朝まで宜候亭って、飲み会サークルとどこが違うの。まったく。
「みんな聞いて頂戴。どうやらハグが出たわ」
一拍の沈黙を置いて噴出するどよめき。ベベロイとメグだけは案の定といった顔ね。
「静かに! 場所はカルデネ。現地にはポーシャ、クエッパ、デラの三人が先行しているわ。七人は第二陣よ。直ぐに三人と合流して、十人体制でハグの正体を突き止めて頂戴」
「それは構わないけどステラ」
「何? まだ話の途中よ、メグ」
メグは南部生まれで南部の魔女の中心的な存在。メテオリリーマ魔女団に参加した時も中核メンバーとして何度となく作戦指揮を取った実力者よ。
目を見て直ぐに何を言いたいのかは分かった。だから私は黙ってメグに場を譲ることにしたわ。
「私たち魔女は過去、一度だって未然にハグを発見できたことがない。そうよね? いつだって向こうに一発かまされて、それから慌てて反撃に出る。それは勿論相手が狡知に長けているからだけど、つまり、私が言いたいのは、今の時点でもう犠牲者が出ているんじゃないかってこと。教えてよステラ。今度は誰かやられたの? 私たちは誰の仇を討てばいい?」
涙目のペイントが霞むほど
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