第53話 小宮殿の捕物

 相愛の日――。

 各サロンで用意した飾りつけを携えて、私たちは小宮殿アカデミアガーデンに駆け付けた。


「九月も余すところあと三日。明後日にはリハーサルで、月が明けたら本番か。楽しみ半分、怖さ半分って感じよね」


 デスピナの感想は誰しもの代弁だと思う。アシュリーと二人、せっかく手に入ったスパッツの試供品も出番を失くして、ここ数日は夜会の準備にかかりっきり。


「仕方ありませんよ。時間は待ってはくれません。私たちはできることをきちんとやって、あとはもう出たとこ勝負です」


 アシュリーの前向きな意見には私も大賛成。


「楽しめばいいんだと思うよ。私はダンスパーティ、今から楽しみ」

「ガラテアは相変わらず暢気ねー」

「そうかな?」

「そうよ」

「暢気さんです」


 口を揃えて言われちゃった。でも二人だって何だかんだ笑顔。こうして大勢で一つの目標に向かって何かするのって楽しい。


「そう言えばガラテア」

「何?」

「何じゃないわよ。最近、剣十字サロンの先輩と図書館で仲良く調べ物してるそうじゃない。噂になってるわよ?」


 何だろう? デスピナってばおかしな目付きで私を見て。


「それってケネスのこと?」

「はわわ、呼び捨てです! ドキドキしちゃいます!」


 ドキドキする要素、どこかにあった?


「確かにケネスとはゴタゴタしてたけど、今はもう友達だから」

「友達ぃ? 彼氏とかじゃなくてぇ?」


 何そのねっとり絡み付くような言い回し。全然分からない。


「カレシ? カレシって何? カラシの親戚?」

「ガラテア様は平常運転です。安心しました」

「ほんと、爽やかなくらい会話が空振ったわね。拍子抜けったらない」


 ……何か間違ったこと言ったかな。私とケネス、別に普通に友達でしょ? 確かにおかしな誓いの件はあるけど、それを抜きにすれば別段変わったこともないし。


「さーて、隅っこで固まってても仕方ない。それぞれ手分けして飾り付けしちゃいましょ。これだけ広いと一日じゃ終わらないわよ」

「ですね! 私はテーブルクロスをやって、それが済んだらカーテンに行きます」

「なら私は階段と二階のギャラリーウォークの手すりをやる。デスピナは?」

「あたしは飾り紐をシャンデリアに渡すヤツ。高い所で作業する人手が足りないって、頼まれてたから」


 また後で、と散開して向かった先で、別サロンのメンバーに混じって作業に取りかかった。

 何にしても賑やか。大勢があっちこっち忙しく立ち回って、ピアノの調律がてら軽やかなメロディが流れたり。準備そのものがパーティみたい。作業の手もウキウキと止まらなかった。


「よし、ここはお終い! 次は――」


 階段の手すりを飾るのは造花をふんだんにあしらったモール。余った分を小脇に抱えて、ホールを見下ろすギャラリーウォークへ移動した。


「あれ? フレディがいる」


 庭を見下ろせる窓辺をフレディが一人で歩いてる。何をやってるんだろう? 歩き回ってるだけで何もしてない。


「さてはサボりだな。まったくフレディは。これはとっちめておかないと」


 みんなが頑張ってるのに和を乱すなんて許せない。騎士たる者の正義の心が悪を見逃さないぞ。


「こら、フレディ」

「うお!? 何だ、おまえかよ」

「何だとはご挨拶。ブラブラして何サボってるの? 早く作業に戻って」

「別にサボっちゃいねーよ。見回りだ見回り」


 見回り? 何の為に。言ってる意味が分からない。


「いいから作業に戻るんだ。同じことを二度言わせるな」


 久々に保安騎士ブレイクの決め台詞を借りて、軽く睨みつけてやった。そう言えば最近続きを読めてないな。


「何の小芝居だよ。あのな、足りない頭でよく聞けよ? その頭、飾り付けじゃないんだろ?」

「はぁ!? 今何て言った!?」


 フレディめ、言うに事欠いて私の頭を飾り付けって言った。バカにして!


「大声出すなバカ」

「バカじゃないっ」

「分かった分かった。ある意味おまえは天才だよ。いや間違いない。天災って言った方がピッタリ来るもんな」


 今絶対バカにされた。よく分からないけど字か違う気がした! がるるっ――。


「落ち着け。牙を剥くな」

「ちゃんと説明してっ」

「いいか? 三日後、ここには第三皇女が来る」

「そんなのみんな知ってる」

「そうだな。でもお前は分かっちゃいねーんだよ」

「何が!?」

「それがどれだけ重大なことかをだ」

「?」

「ほらな。分かっちゃいねー」


 呆れ顔で両手を開いて肩を竦めるフレディが憎らしい。でも何のことを言ってるの?


「おまえはスッパリ切って捨てた気でいるんだろーが、俺たちあの夜、精霊塔で何を見た?」

「……スパイの死体」

「だよな。それでその後、おまえはそれについて何か調べたか?」


 調べてない。

 チャロとスニーにフレディを巻き込むなって言われて、それから二人が風の精霊たちの握ってる情報を精査することになった。だから私は二人に言われた通り、普段通りに過ごすことにしたんだ。浮いた時間でブランペインの歴史や母親について調べる内に、いつの間にかスパイのことも頭の消えてしまっていた。


「何だよ、調べてねーのか。例のウッドチップはどーしたよ? どこだかの魔女団絡みだって言って俺から回収してったろ? そのあとは? 何もないのか?」

「それは、その……」


 何もない。だってチャロもスニーも未だに何も言って来ないし……。

 フレディから返して貰ったウッドチップは書斎の引き出しに入れっぱなし。解呪ディスペルするのも忘れてたかも。


「俺は調べたぞ」

「そうなの?」

「当たり前だバカ。あんな中途半端で終われるか」


 確かにフレディの性格ならそうだ。こっちの都合で勝手に打ち切って「はいそうですか」で済むはずない。

 私も私だ。どうしてスパイのことを忘れてた?

 思い当たるのはケネスと一緒に調べ物をする時間が楽しかったこと。それから、ナディーン様の様子が普段と違って気がかりだったり、ダルシーさんの風邪もそう。すっかりスパイとは別の方向に意識を持って行かれてた。


「警備隊のアドコックから情報を引き出したんだ」

「ウォルターから? 何か分かった?」

「ちょっと来い」


 人気のない廊下の奥に移動すると、フレディはあらましを聞かせてくれた。私の与り知らぬところで随分精力的だ。


「スパイの動きが離宮方面にまで?」

「ああ。だが詳しいことは分かっちゃいねー。警備隊もまさか離宮を訪ねてスパイの調査に来ましたなんて言えねーからな。ただ離宮回りの郵便馬車メールコーチが二度使われたってのは確実な情報だ」


 何で離宮方面? 一体どうして?

 チャロやスニーの読みではスパイは私に目を付けてるって話じゃなかった?

 皇女殿下のことも引き合いには出されたけど、それは私を調べ上げたスパイがアカデミーを訪れた殿下に血筋のご注進をするだろうって意味からで、だからリミット的な存在として殿下を見てた。

 でも違った? スパイの狙いは最初から殿下の方だった?


「でも離宮ならついこの間、ナディーン様たちが行って見て来たじゃない。皇女殿下にだって会って来た。離宮の様子が変だったなんて話、出で来なかったでしょ?」

「まーな。何かあればあの姉貴が見落とすもんかなってのは俺も思う。とは言えスパイってのは隠密裏に事を運ぶのが信条だ。その道のエキスパートなら簡単にボロも出さねーさ」

「それはそうたげと……」


 その時、急激な悪寒が背筋を駆け上がった。


「待ってフレディ、おかしなことがある! 私知ってる!」

「何だよ急に、何の話だ?」

「フレディは感じない? 離宮から戻ったナディーン様の様子。上手く言えないけどいつもと違う。それって私だけじゃない、テレスさんもアリスさん同じように言ってることなの」

「テレスとアリスが? マジかよ、そりゃ確かに何かありそうだな」

「それにダルシーさん!」

「ダルシー・ハイペリオンがどうした?」

「離宮から戻って直ぐ風邪で伏せったって。講義もサロンも全部休んで、離宮から戻って以来誰とも会ってないみたい」

「誰ともってこたぁねーだろ」

「あるってば! だって私、昨日お見舞いに行ったらジト目の侍女に門前払いされた! その侍女は他の人にも同じ対応をしてるって言ってた」


 一つ一つ分けて考えれば騒ぐほどでもないことも、こうまで重なれば奇妙を通り越して怪しくなってくる。


「とにかく落ち着け。おまえが興奮すると碌なことがねぇ。先ず聞くが、ダルシー・ハイペリオンは今日も休んでんのか?」

「確かめる。もし休んでたらそのまま部屋まで押しかける!」

「おいっ、ちょ、待てよ!」


 待てない! ナディーン様は今もホールで采配を振るってるから無事は無事。心配なのは姿の見えないダルシーさんだ。


「フレディは三年のミランダ様の様子、調べといて!」


 離宮に行った三人の様子が分かればきっと何かわかる。分からなかったらもう、ナディーン様でも誰でも捕まえて真正面から聞くしかない。とにかく今はダルシーさん。ジト目の侍女が邪魔したって二度も素直に帰ると思うな!




 ***




 おーおー、疾風の如く駆け抜けて行きやがった。あれはもう誰にも止めらんねーな。ま、やらせときゃいーさ。


「おい、フレディ・カーブラック」


 ギャラリーウォークに戻った途端、ケネス・アップルガースと鉢合わせた。


「おう、今ガラテアと擦れ違わなかったか?」

「擦れ違った。ダルシー・ハイペリオンのことを聞かれた。今日も休んでると答えたが、物凄い勢いでその窓から飛び出して行ったぞ」

「二階の窓からとかマジかよ。完全に野生に戻ってんじゃねーか……」

「一体何があった?」

「あいつのことはほっとけ。どうせまた戻って来るさ。それより例の女、見つかったか?」


 こっちはこっちでやることがあるしな。ミランダの件は後回しだ。


「そうだった。それでおまえを探してたんだ」

「いたのかよ?」

「ああ、ゲスロマンが知らせて来た。俺も一緒に行って確認して来たところだ。似顔絵の女で間違いない」

「マジか、どこにいた?」


 話によると女が見つかったのは裏庭に面したテラス。そこは何か催しをする訳でもなくて、パーティの熱気に当たった連中が夜涼みをする為のちょっとしたスペースだ。準備にしたって人手を多く割く場所じゃねーし、捕物には持って来いだぜ。


「様子はどんなだった? 他に誰かいたか?」

「見た目には普通に作業をしていたな。男子が防水布を運んでいた。当日までテラスを覆っておく為の物だ。今頃はその作業に手を付け始めた頃だろう。他に四人くらいいたな」

「悪くない条件だな。ところでゲスロマンの話だが、信じるか?」

「見たこともない女って話か? 信じるさ。あのゲスロマンだぞ。こと女に関しては善かれ悪しかれ間違いはないと見ていい」

「だよな」


 そこが肝心なんだよ。いるはずの無い女ってだけで踏ん切りが付く。わざわざ泳がせて怪しげな行動を確認する必要もねーってこと。手っ取り早くて助かるぜ。


「ここでしゅ!」


 せかせかと移動して横手の庭から裏庭に回り込むと、宮殿の角の植え込みからニョキッと姿を現したのはゲスロマン。得意そうなドヤ顔が鼻に付いたが、結局はこの変態がいなけりゃ不審者を見つけ出せなかった訳だからな。

 植え込みの陰からテラスを覗けば女子が三人、重たそうな防水布を広げてテラスを端から覆って行こうってところだ。男子は防水布を運び込むだけで引き揚げたみたいだな。


「確かに似顔絵の女だな。おい、ゲス」

「ボクチンはゲしゅじゃないでゲしゅ!」

「いいから聞け。おまえ、他の二人の女子は当然知ってるな?」

「聞くも愚かなりでしゅね!」


 この野郎。


「おまえ、廊下側から行って誰でもいい、誰かが二人を呼んでるってことにして他所へやれ。代わりに俺とケネスが出てってあの女を手伝うからよ」

「了解でしゅ! で、しょのあとは?」

「あとは任せろ。おまえはホールに行ってレイモンドがいたら連れて来い」

「ほい来た。じゃー行って来るでしゅよ。アルしゅテッド様の活躍に乞うご期待でしゅ! どころでフレディ君とケネしゅのどっちがあの子を狙ってるんでしゅ?」

「うるせぇ、早く行けってんだよっ」


 ゲスロマンにはスパイの件を明かしてねーから、ナンパとでも思ってんだろーな。

 ところがこいつは一個も遊びじゃねぇ。裏でどんな絵図を描いてんのかは知らねーが、帝室の周りに北のスパイをうろつかせてたんじゃ、帝国貴族の名折れなんだよ。


「お、ゲスが行ったぞ」

「ゲスロマンと呼んでやれ。あいつだって役に立ってるだろ」


 確かにな。これから先スパッツの件でも世話になるし、ゲス呼ばわりは止めといてやるか。


「よし、女が一人になった」

「出番だな。行こう」


 横合いからテラスに上がる。女は二つ目の防水布の紐を解いたところだ。


「そいつを一人でってのは無理だろ。俺たちも手伝うぜ」

「……ありがとう。じゃあそっちを持って」


 特徴のない顔はこれといった表情も浮かべねぇ。人形みたいで気味が悪い。

 防水布の一辺に女と俺。反対側の中心をケネスが抑えて、巻紙を引くようにピンと張るまで広げて行く。その時点で仕掛けるぜ。手間をかけて誰か来ちまったら面倒だからな。


「おい。この防水布、真ん中の辺りに穴が開いてねーか?」

「そう? 私の位置からはよく見えないけど」


 そりゃそーだ。実際、穴なんて開いてねーしな。


「どこにも穴なんて開いてないぞ?」


 ケッネッスッ!

 こいつアホか!? 話を合わせろよ!

 俺があるって言ったら穴はどこにだって存在するんだよ!


「いいから、被せる前に確認しようぜ。穴が開いた防水布なんて意味ねーだろ?」

「だがどこに穴が――」

「鳥目は黙ってろ。俺たちで広げとくからよ、あんた、真ん中の辺りをよく見て来てくれ」

「……分かったわ」


 一瞥されたが、女は布の端を離して真ん中へ歩いて行った。よし。

 俺はもう一方の端を持った手をやりくりしてケネスに糸巻きのジェスチャーを送った。


「……何だ? トラベリングか?」


 そーぢゃねぇ!! こいつガラテアレベルかよ!?

 何がトラベリングだ。押しくるんで簀巻きにしちまおうって話だろ!

 これが姉貴ならコンマ一秒で理解して即行動に移してるところだぞ。

 もういい、付き合ってられるかっ。


「くるむんだよバカ野郎!」 


 開口一番、端から走って覆い込むように女の上に布を被せた。半歩遅れて状況を察したケネスが続く。


「暴れさせんな! 押して抑えてグルグル巻きにするんだっ」


 防水布は水も漏らさないだけに頑丈だ。咄嗟に女が暴れようと、それで破けたりはしねぇ。


「――!!」


 女が何か叫んだ。と思ったら、まだ巻き込みの甘い隙間から強烈な閃光。


「うおっ!?」

「目がっ……。閃光フラッシュの魔法だ。この女、光の魔法を使うぞっ」


 怯んだ隙に猛然と逆回転する防水布。バサリと落ちた布の上に、黒装束に早変わりした女が立ち上がった。顔立ちも大人びて見えるのは、魔法の偽装が解けたからだろう。

 さーて、どうする?

 両サイドを牽制する身構えは如何にもプロ。

 手にしてるのはボトムダガーか。片手で刃の出し入れが可能なサイドロック式の短剣だ。

 やべぇ、こっちは丸腰だっての忘れてた! 結局俺もガラテアレベルかよ!

 いや、あいつだったらこの状況でも素手格闘で乗り切っちまうさ。

 なら俺はどうだ?

 行けるよな?

 あれからこっち、毎日毎日筋トレやって、近頃はようやくあいつの言ってた丹田アブドメンとやらが掴めそうな予感もして来てる。


「ケネス、こっちは二人だ。このまま押さえ込むぞっ」

「ここまで来たらやるしかないな」


 どっちかが先に動いたんじゃダメだ。同時に行かなきゃよ。

 だがタイミングは合うか?

 女の肩越しにケネスの目を覗くと、真っ直ぐ的を捉えて微動だにしちゃいねぇ。

 合うだろう。

 剣十字サロンは実戦形式でとことん打ち合うスタイルだ。下手をすりゃ俺よりその手の勘はいい。だからケネスは合わせて来る。

 女の目線はこっちだ。なら少し大袈裟に動くか?

 いや、小細工はよしとこう。

 タックルだ。足を刈りに行く。あとはケネス、頼んだぞ。


「おらぁ!!」


 目を合わせたまま真っ直ぐに突っかけた。視線を切らないのがタックルの基本だ。同時にケネスも動く。

 コンタクトまでの刹那に女の目線が小宮殿の通路に流れた。

 何だ? 誰か来たのか?

 思わず釣られた視線の先には誰もいない。くそっ、嵌められた!


「甘いのよ、素人がっ」


 折り畳んだままの右足が動いた。大外から弧を描いて飛んで来る膝。狙いはこっちの顎か。

 組付きを諦めて腕を割り込ませると衝撃自体は軽い。そこは男と女の体格差だな。だが接触の瞬間、またも閃光が走って目を焼いた。


「畜生! またかよっ」


 膝蹴りの勢いを借りて横転。そのまま立ち上がったまではいいが、目がチカチカして仕方ねぇ。

 同じく目眩ましを受けたケネスも躱されて、俺の隣りへ来てたたら・・・を踏んだ。


「何やってんだよ。挟み撃ちが台無しじゃねーか!」

「言うな。この女、自分の体を武器に見立てて、閃光付与フラッシュウェポンを使ってる。やり合えばやり合った分だけ閃光が飛んで来るぞ」

「マジか……」


 んなもん反則だろ。光の魔法は厄介だと聞いちゃいたが、目潰しを乱発されたらどうにもならねーぞ。


「俺に考えがある」

「どうする気だよ?」

「目を閉じてろ。合図したら目を開けて相手に跳びかかれ。掴んだら離すなよ」


 挟撃が崩れた時点で賭けに出るしかねーってことかよ。

 頭の中で毒吐く間にもケネスは動いた。

 一瞬の赤――。瞼越しの鋭い閃光。

 相手はステップバックしたのか?

 気配の直後に足下が動いて、間髪入れずにドサリと音がした。


「今だっ」


 反射だけで無心に飛び出す。

 その時、ふと感じた下っ腹の感覚に意識を傾けた。

 開けた目に飛び込んだのは転倒する女。ケネスが敷物になってた防水布を引いたんだろう。もう逃がさねーぞ。


「こんのスパイ野郎っ!!」


 突き出されたダガーを刺さるのも恐れず殴り付けた。刺さったってそれで得物が封じられるなら、こっちは構やしねーんだよ!


 バキンッ――。


 は? 折れた? マジか、こっちは素手だぞ。

 いや、もうどうだっていい。このままの勢いでボディプレスだ。

 押さえ込むように飛び込むと、女の潰れた肺から空気が押し出されて行くのが分かった。


「かひゅ――」


 空気を取り戻そう喘ぐ女。俺は体重をかけたままその口をガッチリ塞いでやった。


「もう魔法は売り切れだ。黙って寝てろ!」


 その間にもケネスが足に取り付き、防水布を括ってあった紐で拘束。それから再度簀巻きにしてやると、女はウンもスンも言わなくなった。


「俺たちだけでどーにかなったな」

「まぁな。途中どうなるかと焦りはしたが。何とかなった」


 ホッとしたところへザワザワと、騒ぎを聞きつけた連中が集まって来た。


「フレディ!」

「おう、デスピナか」

「ちょっとちょっと、何があったの? こっちでバチバチ光ってるって聞いて見に来たんだけど」


 通路の間口で茫然とするデスピナの背後から、大勢が詰めかけて来やがった。その中にレイモンドを見つけた俺は親指を立ててやったね。 


「任務完了だ。警備隊に報せてくれ」

「了解だ。二人とも無事かい?」


 見ての通りと五体を広げて無傷をアピール。レイモンドはサムズアップを返して人集りの向こうに引き返して行った。

 しっかし不思議だよな。女が突き出したダガーに俺は間違いなく拳を合わせた。なのに何で無傷だよ?


「何か探し物か?」

「いや、さっき叩き折ったダガーがどこへ行っちまったかと」


 キョロキョロしてたらケネスがスッと指を差して、テラスの隅にキラリと光る折れた刃。どうやら錯覚じゃなかったらしい。

 するってーとあれか? 飛び込む瞬間に感じたあの感覚。あれが丹田アブドメンってヤツで、俺の拳はガラテアみたいにデタラメな力を発揮できたのか?

 どうにもピンと来ない内に警備隊が駆け付けて、俺とケネスは簀巻き女と一緒に警備隊舎へ同行することになった。

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