第41話 スケルトンクルー再び
「邪魔するぞ」
「お邪魔します」
「フレディ君?」
「が、ガラテアたーん!!」
ミシン台の女生徒が立ち上がったと思ったら、猛然かつ熱烈な勢いで駆け込んで来るアル先輩。その頭を手で押さえてフレディがブレーキをかけた。
「ツバ飛ばしながら突っ込んで来るんじゃねぇ!」
「ほわぁぁ、ガラテアたんしゅなぁ」
まるで聞いてないアル先輩。彼は服飾ブランドを多数後援する、トラレス州はゲスロマン家のご子息だ。どうにも周囲からの受けはよくないらしくって、けれど、こうも好意を露わにされると私としては悪い気はしない。何て言ったらいいのか、とにかくこそばゆい。
「ガラテアたん。今日はどんな用件で来てくれたんでしゅ?」
「幾つかあるんですけど、先ずはこれを。侍女に測って貰った私のサイズです」
ナディーン様に測って貰う夢は断念した。ここのところ失敗続きだったこともあって、私にはそれを言い出す勇気がなかった。次の機会こそは……。
「おほほ! これがガラテアたんの! はぁはぁ……」
「きめぇーんだよテメェ、今直ぐやめねーと帰るぞっ」
「し、失礼。ついでしゅよ、つい。とにかく、ま、ま。せせこましい部屋でしゅが椅子に掛けて貰って。ミニー君、紅茶とお茶菓子お願いしましゅ」
作業台の角に私とフレディ、斜向かいにアル先輩とミニー先輩が並ぶ形で収まって、コーナーにお茶とお茶菓子が並べられた。
「この香りは、プルーイントンの茶葉ですね!」
「いいえ、コルネフォロス産の安物よ」
「あれっ!?」
「知ったか振ってんじゃねーよ。おまえの鼻がそんな繊細な訳ねーだろーが」
「うるさいな。紅茶はまだ勉強中なの!」
「紅茶はだぁ? 全てがの間違いだろ」
「ちょっと!」
「二人は仲がいいでしゅなぁ。羨ましいでしゅ」
「バカ言ってんじゃねー。誰がこんな筋肉女」
「それはこっちの台詞!」
別に仲が悪いとまでは思わないけど、フレディとはいつだってこうなる。フレディの方から突っかかって来るんだからしょうがない。私は何でも真面目にやってるのにね!
「しょれでガラテアたん。幾つかあるお話ってどんなでしゅ?」
「そうそう。聞いて下さいアル先輩。実はこないだ貰ったスパッツなんですけど、先週新歓ゴルフコンペの時に履いてたら、メンバーの女性陣から以外にも反響があったんです」
スパッツは毎日五限の実践格闘でも履いてるけど、そっちはフレディと二人で筋トレしてるだけだから、特に周りからの反応はなかった。
私は手始めとして、アシュリーとデスピナのリサーチで得られた情報を交えつつ、スパッツに関するこちらの思惑を伝えることにした。
「アル先輩、ちょっとこの黒板を借りてもいいですか?」
「どぞどぞ。遠慮なく使って」
「えっと、先ずゴルフの時の反応です。私だけ制服のスカートにスパッツで参加したんですけど、それを見たメンバーの反応が面白くて――」
・スカートが翻るのがスリリング。
・目立つし可愛い。
・中身が見えてもパンツじゃないから恥ずかしくない――気がする。
「こんな感じでした。私の友達が改めてリサーチしてみても同じ感じで、スカートが捲れる恥ずかしさと注目を浴びること。この二つを天秤にかけた場合、後者に傾くという結果が出てます。要するに――」
・多少恥ずかしくても周囲の注目を集めたい。
「こうした要望にスパッツがマッチする事実が浮かび上がって来ました」
板書を終えてアル先輩たちを見ると、二人ともウンウンと納得の様子。
「思った通りしゅ! やっぽりボクチンの睨んだ通り!」
「予測は立てていたけど、これで裏付けが取れたわね。私たちは
早速お礼を言って貰えた。人の役に立てるのって嬉しい。ここにいないアシュリーとデスピナのこともちゃんと見てくれてる。アル先輩もミニー先輩もいい人たちだ。
「でも女ってのは分かんねーよな? 見られて恥ずかしとか言っといて注目は浴びたいってんだろ? 注目ってのは結局見られることと同じな訳だ。なら何で半々じゃなしに見られたいに傾くんだよ?」
それ。私もイマイチ分かってない。
ところが直後、先輩たちの白けた視線がフレディを襲った。
「アホでしゅなぁチミィ」
「あ?」
「女の子は見られることでより美しく輝くんでしゅよ? 周囲の視線はしょのまま次のステップへ羽ばたく翼になるんでしゅ」
見られて輝く? 視線が翼に? 私も一応女子だけどサッパリ意味不明だ。
「アルステッドの言う通りよ、フレディ君。そこが分からないようだと君、女の子をその気にさせるなんて遠い夢の話よ」
「ハッ、こんな陰気な場所に引き籠ってる奴に言われたかねーけどな」
「あら、じゃあ聞くけど。私がこの前渡したカタログを見て、フレディ君は何も思わなかった?」
「な、何の話だよ?」
カタログというワードに反応してフレディの挙動が途端に怪しくなった。
カタログってフレディの書斎にあったおかしな下着の本?
あれを見て私は何を思ったろう?
うん。世の中にはヘンテコな下着があるもんだなってくらいにしか思わなかった。でもそれじゃダメそう。
「あのカタログに詰まってる一番のものって、君は何だと思った?」
「何ってそりゃあ……。あれだろ? つまり、ェロスっつーかなんつーか、そーゆーのだろ!?」
「ハ、ズ、レ」
「何ぃ!? だったら何だってんだよ!?」
ミニー先輩のからかう口振りにフレディったら真っ赤。何をそうムキになる必要があるの?
「あそこに詰まっていたのはね。この世の全女性の、見て貰いたいっていう願望そのものなのよ。あのカタログは確かに大人向けのものだけど、学生やそれ以下の年齢でも女性はみんな、自分を女だって意識した瞬間から、誰かに見て貰いたいと思うようになるものなの。それは男にだって少なからずあるはずよ? でも女の子の場合はそれがとっても顕著に出る。表に出す出さないは別として、好きな人に見て欲しいという想いは常にあるものなの」
そうか分かった。
いや分からない。
分かったのはどうして私には分からないのかっていう理由だ。
私は確かに一度、自分を女だと意識した。魔女になりたての、魔女の館にいた頃に。けど今や立派にリバウンドして、大叔父と一緒だった頃の感覚がかなりの割合で戻って来てしまってる。こればっかりは分かっててもどうにもならない。
だから今ミニー先輩が言ったことを理解するには、もう一度どこかで、はっきりと自分が女だって認識する必要があるんだと思う。それがいつになるのかは謎だ。
ただ、それとは別に分かったこともある。それは好きな人に見て貰いたいという感情そのもの。或いは好きな人になら見られても構わない。そんな風に言い換えてもいい。
私は大好きなナディーン様になら全てをさらけ出したって構わない。アシュリーやデスピナにだって大抵のことはそう思う。フレディにそこまで感じないのはやっぱり好きじゃないからかも? 嫌いじゃないけど好きに至ってない。そんな感覚の差が存在してるんじゃないかな。
でも今はまだナディーン様に全てをさらけ出すのを思い留まる気持ちがある。理由は私がバカで、ダメなところばかり目立ってしまってるから。そんな情けない自分は見せたくないし、見せたとしても見苦しく思われるだけだと感じてしまう。
本当ならオーダーメイド用の測定はナディーン様に頼もうと思ってた。でもそれができなかったのは、やっぱりどこか、今の自分に自信を持つことができなかったから。
「ミニー先輩のお話はとっても参考になります。今度また個人的に色々教えて下さい」
「あら、ガラテアさんは素直ね。勿論いいわ。いつでも遊びに来て」
快く請け合ってくれるミニー先輩。何か通じ合うものを感じて、私は嬉しくなった。
「チッパイ同士でつるんでんじゃねーよ」
ガッ、ガッ――!!
反射的に殴った。ミニー先輩もいい角度でパンチを入れた。ナイスです!
「ってーな! 前後からいきなり殴るんじゃねー!」
「殴られて当然のことを言うからだわ」
「そうだ。よく分かんないけど全部フレディが悪いっ」
前に殴った時もそうだけど、胸のことを言われるとカチンと来るのは何故だろう? 不思議だ。殴るに至る思考ブロセスはゼロで、本能が体を突き動かす。いつかはこの謎も解けたりする? よく分からない。
「しょれで、ガラテアたん。続きはありましゅ?」
「あ、はい。次は友達がここ数日、休み時間にメンバー以外の女生徒にリサーチした結果です」
「ほほーっ、楽しみでしゅ。どうじょ続けて」
にこやかなアル先輩。時折私に向けて片目を閉じるのは何か意味があるのかな?
「えっと、先ず私の友達のアシュリーが、スパッツを履いた時の様子、それからゴルフのショットのカットなんかを絵に描いて、それを見せながらもう一人の友達デスピナが聞き取り調査を進めました。で、そこから意外な意見が出て来たんです」
「ほ? 意外な意見でしゅか? ワクワクしましゅなぁ」
「はい。今回のリサーチで、女生徒たちの視点がゴルフとは別のスポーツにも向いていることが分かったんです。それは――」
・テニスにスパッツ!
「テニしゅ? ほほっ、でもでも待って? テニしゅウェアなら女子に抜群の人気を誇るキュロットがありましゅよ? 他にもカボチャパンツの名前で親しまれてるバブルショートパンツ。あれだってベしゅトセラーになったはずでしゅ」
「それ。アシュリーも同じことを言ってました。でもデスピナのリサーチによると、スパッツの最大の魅力はここ!」
・スカートが翻る!(二回目)
「ゴルブでも真っ先にこの点への反応がありました。要するにこれに尽きるんです! 正直言うと私もよくは理解できてないんですけど、アシュリーの分析によれば――」
・本来見えたらはしたないパンツをカバーしてくれるスパッツは寧ろ見せた方がいい!
「的な理論が存在してるって言ってました」
「むむむむむ! しょうだったのでしゅねーーっっ!!!」
悔しそうに拳を固めるアル先輩。ミニー先輩も口元に手を当てて黒板を凝視したままだ。
「アルステッド、この見落としは大きかったんじゃない?」
「まったくでしゅミニー君。ボトムにじゅボンを履くゴルフと違って、テニしゅはキュロットもバブルショートパンツも足そのものは大胆に露出してましゅ。なのでボクチンは何よりテニしゅを参考にして来たでしゅよ。どんなシーンでも体を動かしゅ時は腰から下のライン、しょして足を惜しげもなく見せるとゆーコンセプトの下にしゅパッツを考案したんでしゅ!」
「でもそこにとんだ伏兵が隠れていた」
「そこでしゅミニー君。それがしゅカートでしゅ。何故! どうして気付かなかったでしゅか! しゅカートの存在がしゅパッツを履いた女子の魅力を数倍にも底上げしゅるという事実! そのことにボクチンは気づくべぎだったでしゅ! そのチャンスはいくらでもあった! なのに……」
「チラリズムの持つパワーを低く見積もていたってことになるわね。例え見られることを前提にしたスパッツでも、それがスカートの下に隠されることで、見る側を奮い立たせる何かがそこに存在し続ける」
「くぅぅ、この体たらく! ボクチン、デザイナー失格でしゅ……カハッ」
アル先輩は血の代わりにわざわざ含んだ紅茶を吐いて作業台に伏せた。そして付き合いのいいミニー先輩も後を追って突っ伏す。
「な? ガラテア。こいつらイカレてんだろ?」
「そう? 私は物凄く情熱を感じたけど」
だってアル先輩やミニー先輩がデザインに見せるひた向きな姿勢は、私が筋肉と向き合うそれと幾らの差も感じさせない。お互いに信念を持って打ち込んでる何かがあるからこそ、例え分野が異なっても、そこには相通ずるものが生まれるんだと思った。
「フレディにもいつかそんな何かが見つかるといいね」
「はぁ? いきなり何言ってんだ。つーか微妙な上から目線がムカつくんだが?」
とりあえず席に戻って私はお茶菓子を摘まんだ。そうする内に復活するだろうと思ってたんだけど、これが中々復活しない。
困ったな。よっぽどダメージが大きかったみたい。
「あのー。それでここからが本題なんですけど……」
「ひぇ!? 本題!? まさか今までのは前座だったでしゅ!?」
凄い勢いで跳ね起きた。
「貴女たち、これ以上私たちにダメージを与えるつもり? 私はともかく、アルステッドのHPはもうゼロよ」
HPって何だろう?
「いえ、ダメージにはならないと思いますよ。ね? フレディ」
「ん? ああ。要するにだな。今回こうしてリサーチだ何だってことをやったのはだ。何も卵型の変態に感想をくれって頼まれたからだけじゃねーんだよ」
「へぇ? それってつまり別の意図があったってこと?」
ミニー先輩が身を乗り出す横でアル先輩がクラクラしてる。
「ボクチン変態……」
「こらフレディ。言葉を選べ」
「あ、大丈夫でしゅガラテアたん。ボクチン自覚あるでしゅから。でもできたら女の子に罵って貰いたいとゆーかしょの……」
また意味不明なことを言い出した。反応に困る。
「その臭い口を閉じてろ、ゲスロマン」
「はぁい」
しょげながらも返事しちゃう卵先輩が可愛い。
「それでだな。今はまだ俺とこいつとリサーチ組の二人だけだが、行く行くはこのスパッツの件。北斗サロンを上げて販売を手がけてーって話があるんだよ」
まだ企画段階だけどな、と結ばれた後に長い長ーい沈黙が落ちた。
「……販売? あなたたち、それ本気で言ってるの?」
ミニー先輩がうわ言のようにこぼせば、その横でバンッと作業台を叩いて立ち上がったのはアル先輩。
「にっ、二年最王手の北斗サロンがボクチンの手がけたしゅパッツを!? マジでしゅかぁ!?」
「ああ、マジだ。つっても全ては事が上手く運んだらの話だぞ」
先輩たちは鳩が豆鉄砲食らったような顔で見つめ合って、それからおもむろにオーラニア一万尺を始めた。無言で……。
対応に苦慮してフレディを見れば返って来るのは「何とかしろよ」の視線。ここで私に投げるとかひどくない?
「えっと、アル先輩いいですか? ミニー先輩も」
「あ、はいでしゅ。しょれで具体的にはどんな話でしゅ? ボクチンたちは在学中にデザインを幾つか絞って、卒業後したら
「そうなんですか? 結構具体的だったんですね」
「しょうでしゅ。でも北斗サロンが動くとなれば話は当然前倒しでしゅよね? んで、販売方面はお任せしゅるとして生産の方はどうなるでしゅ? ボクチンたちここではラインなんて持ってないでしゅ。北斗サロンのメンバーを投入して
身を乗り出したアル先輩がよく分からない用語を連発し始めた。私もフレディも商学は選択してないから何を言われてるのか分からない。こうした場面になると途端にアシュリーの不在が響いて来る。
「待て待て、落ち着け。そう先走るなって。何が可能で何が不可能かは全部順序立てて検討してかねーと意味ないだろ?」
「確かにフレディ君の言う通りね。アルステッド、生産は他全てにゴーサインが出てからよ。順序を間違えないで」
「そうでしゅね。ビックリしてふわふわしちゃったでしゅ」
落ち着きを取り戻したアル先輩は紅茶を飲み干すと盛大なげっぷを発した。これはさすがに私でも引く。
「フレディ君、続きを聞かせてくれる?」
「おう。その前に確認だが、今日ガラテアがオーダーメイド用のメモを渡したよな?」
「頂きましたぁ! 家宝にしましゅ!」
「うるせぇ! とにかく聞け。俺たちの方で検討した結論だ。伸縮素材で作るスパッツにオーダーメイドは必要ないだろ? うちのアシュリーってのは商家の出で、アカデミーに来る前は物を売る手伝いもしてたクチなんだが、そのアシュリーが言うには、スパッツは吊るし売りの服と同じに幾つかの規格を揃えるだけで十分だって言うんだよ。その点おまえらどう思う?」
すると再び先輩たちは見つめ合って、またもオーラニア一万尺を始め……たりはしなかった。
「私たちも実際的な考えは同じよ。さっきアルステッドも言ったでしょ? ラインに乗せるって。そのことはそのままオーダーメイドの否定になるの。アシュリーさんの言う通りスパッツは伸縮生地。だからある程度のサイズを合わせるだけで誰にでもフィットするわ」
「でもアル先輩は私にオーダーメイドのスパッツを作ってくれるって言いましたよね? それはどうしてですか?」
ミニー先輩の答えはこっちにとって都合のいいものだ。でも私は素朴な疑問を口にせずにはいられなかった。
「ガラテアたんはボクチンにデザインの天啓をくれた妖精さんでしゅ。オーダーメイドの一品物は心ばかりのお礼として受け取って欲しかったんでしゅよ」
何だろう? 凄く嬉しい。試作品のスパッツを貰った時もそうだけど、アル先輩って私を喜ばせる天才なのかも。
「こんなゴツゴツした妖精がていたまるかよ」
「何フレディ? また殴られたいの? 今度は表に出る?」
「悪かった。やめてくれ」
だったら最初から言うな。まったくフレディは。ほんっと私を怒らせる天才だなんだから。
「よし、話を戻すぞ。スパッツは幾つかの規格で売りに出す。これが基本方針な。それとデザインの絞り込みは急ピッチで進めて貰う。こっちはリサーチを継続して最新の情報を流し続ける。どれも問題ないだろ?」
「基本的にはないわ。確認の必要があるのはデザインの決定期限をどの時期に設定するのか。絞り込みは紙の上のデザインだけじゃできないものよ。実際に縫製して試着して、上手く行かなければまた手直し。その繰り返しだから、多分あなたたちの想像以上に時間が必要だわ」
ミニー先輩の目がプロフェッショナルになった。いつだったかダルシーさんが、サロン活動は遊びじゃないって言ってたけど、本当にそうなんだと理解できた瞬間だ。
「どうするフレディ? 私たちじゃ縫製のことなんてちっとも分らないでしょ?」
「そりゃそーだが、だったら仮定の期間を提示すりゃいーんだよ。おい、例えば年内って言ったらできそうなもんか?」
「ちょっと待って。アルステッド、どう思う?」
「そうでしゅね」
先輩たちは適当な紙を裏返すと、線を引いてはスケジュールを切る作業を繰り返した。
「しょの場合、試作しながら検討できるデザインは三、四種類でしゅね。何しろ今の今までデザインを増やしゅ作業をしてたでしゅ。山ほどあるものを型紙切って選定して、秋の祭典までに絞り込むとして、残りの期間を考えると最終的に二種類にまで落とし込むのが現実的でしゅ」
「確かに今検討できるのはその線ね。こっちは
あっという間に答えが出て来る。それもこれも掘り下げた知識と経験があるからだ。私の場合は剣だけど、アカデミーの日常に剣の出番は早々ない。もっと色んなことを覚えて行かなくちゃ。
「おいガラテア。ボサッとしてんなよ」
「え? ああ、ごめん。それでどうするの?」
「まぁ今回は女子向けに絞ちまっていいだろ。女子の反響で始めたことだしな」
「分かった。それじゃあ先輩方。実際のペースだとか期限に関しては一度持ち帰ってメンバーと相談してみます。フレディ、他に何かあったっけ?」
「一個あるぞ。頑張って思い出せ」
何それ。さっき上から目線とか人に文句言っておいて、自分は何目線? えーっと、他に他に……。
「そうだ。アル先輩」
「はいはいガラテアたん、何でしゅか?」
「アシュリーたちがリサーチを進めるのに幾つか実物が欲しいって言ってるんです。物は私が貰った試作品と同じで構わないって」
「あいあい。分かったでしゅ。何とかしましゅよ。生地はありましゅし、裁断と縫製は――。ミニー君、出来合いのデザインで二つ三つ作るだけなら明日一杯、明後日には渡せましゅ?」
「了解ボス。やるわ」
何だかこの二人、阿吽の呼吸で素敵だな。
私もいつかナディーン様とこんな風に意気投合してみたい。あの日のダンスみたいにいつの日かもう一度。できるだけ早くに――。
「ってことで。今日のところはここら辺か?」
フレディが切り出せばさっそく慌ただしく動き始める先輩たち。お礼を言っても耳に入らない風で、私はそっとドアを閉じて浪漫サロンを後にした。
来た時と同じ薄暗い天文台の階段を下りて、ピロティに出たら花時計の広場へ。塔の時計はもう六時。二時間近く話し込んでたことになる。
「どうだ? 滑り出しは好調と言ってよさそうだよな」
「うん。サンプルも直ぐに貰えることになったし、アシュリーもデスピナも満足だと思う」
「おまえも随分嬉しそうだけどな。って何をキョロキョロしてんだよ? 最近よくやるよな、それ」
「いや、誰かに見られてないかなと思って」
チャロから身辺警戒を怠るなって言われてから、私は外へ出るたび辺りを見回すようにしてる。
私一人のことなら寧ろ何もしないでおいて、場合によっては誘き出すように人気のない場所へ入り込んだっていい。でもあの日、スパイの存在を察したのはフレディも同じで、アシュリーだってデスピナだってそうだ。だったらスパイ側に妙なアクションを起こさせない為にも、こうしてあからさまに警戒してる態度で牽制した方がいいんじゃないか。そんな考えでいるんだけど、どうやら今は誰もいないみたい。
「おい行くぞ。そろそろ晩飯の時間を過ぎちまう」
「フレディのところは早いんだ。私はいつも七時を過ぎるくらい」
「我が家の習慣だからな。姉貴もおんなじだぞ」
「じゃあ夕飯が済んだらどこで待ち合わせる?」
「は?」
「は? じゃない! ゴルフ場に行くって話!」
「んなもん明日でいーじゃねーか。あんな場所夜は真っ暗だぞ」
「よくない!」
現場に行って
「分かったよ。飯食って風呂入って、行くならその後だ。八時か八時半だな」
「じゃあ八時に裏手門の前ね」
「ったく。警備兵に見つかんなよ? 寮の門限は就寝時間と同じで九時だ。それを過ぎて連れ戻されたら寮監の説教だけじゃ済まねーぞ。最悪反省室送りだからな?」
「そんなヘマはしない。そっちこそ気を付けて」
フレディは最後まで決まりの付かない顔をして、ぶつくさと東南棟に入って行った。
私は一度空を見上げて、紫暮れの闇に予感めいたものを感じた。
夜が来る――。
闇の魔法を使う私には微塵の恐れもない。
あとはただ魔法の粉をかけて、種を解き明かすだけ。
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