第40話 駄々漏れる秘密

 コンペから一週間が過ぎて、カレンダーは九月の最終週に突入した。

 この一週間で見られた変化と言えば、先ず実践魔法教習が座学から内燃魔法の実技教習に移行したこと。

 歓喜の日には円形教室でステラが見せてくれたような魔法の人体模型を参考に、魔力の流れを学習した。怒りの日からは階段教室に戻って、数名の生徒が教壇に招かれ、手取り足取りの実技指導も始まった。

 私や他の、精霊と契約済みの生徒たちは補佐役を任される機会も多くて、半分指導生、半分受講生といった立ち回りだ。

 次に北斗サロンの活動内容。それまで新人獲得シフトだったものが、従来かつ私たち新メンバーにとっては未知の、テーマありきの活動へとシフトした。無論、テーマとは西大陸の発展に寄与する活動だ。

 私はデスピナやフレディと一緒にビアンカさんが主宰する勉強会に参加。オーラニオソーマ大陸地図院の免許取得を目指すことになった。その傍らアシュリーも交えてリンジーさんが取りまとめる講習会にも出る。勉強会は歓喜の日と哀しみの日。講習会は相愛の日。他の日は以前と同じで様々な活動をする。


「せっかくのサロン活動なのに平日の半分がナディーン様と別行動なんて詐欺だ」

「おまえこの一週間そればっか言ってんな。そんなに文句タラタラなら今からでも土いじりに変更すりゃいーだろ。選択科目じゃねーんだ。好きにしろよ」


 それは無理な相談。一度決めたことは最後までやり遂げる。それが騎士というものじゃないか。

 それに土いじりと一口に言っても、それが大学部と提携しての土壌改良や品種改良となれば今の私には荷が重い。一々足を引っ張ってナディーン様を落胆させるより、少しでも目のある免許取得を頑張った方がいいと思って決断した。でも――。


「フレディは乙女心が分かってない」


 ちっとも同情を示さないフレディにムシャクシャをぶつてみる。するとフレディは大袈裟に驚いた顔をして――。


「乙女心だぁ!? バカ言うな、おまえのはムラッ気ってんだよ。女子力ゼロのヤツが乙女とか冗談でも口にすんな。全女子に謝れっ」

「何だと!? 表へ出ろ!」

「バカか。周りを見てみろ。ここは既に表だ」


 そうだった。サロン活動を終えてコテージを出た私たちは今、魔法科棟前広場を大講堂に沿って歩いてる最中だ。


「にしても見ろよ。先週からこっち、警備兵の数がやけに増えたよな」


 足を止めたフレディに倣って広場を見渡すと、普段なら二人程度しか視界に入らない警備兵が定置配備四名、巡回二名と確かに多い。


「ゴルフ場の一件だろうな。警備隊でもスパイがいると判断したってことだ」

「うん。講義中の教室の外にも警備兵が立つようになった。今までは専修講義棟だけだったのにね」

「しかし謎だよな」

「謎? 何が?」

「何がっておまえ。スパイの目当ては大学部の研究成果だとかだろ? なら何であの日に限ってゴルフ場なんかにいたんだ? 改良された芝のサンプルでも盗みに来たってのか?」


 それは私が目当てだからだ。

 あの日、ウォルター昏倒の現場に居合わせたのは私、フレディ、アシュリー、デスピナの四人。その時アシュリーが一つの推理を提唱して、そこからスパイ疑惑が持ち上がった。

 新歓コンペの主役だった私たちはその場をフレディの侍女、ケイトさんに預けてプレイに復帰。コンペ終了後にケイトさんと合流した私は彼女に案内を頼んで警備隊宿舎へ。隊の医務室でウォルターに面会した。


「向こうで何か聞けなかったのか?」

「他の警備兵が立ち会ってたし、直ぐに上司のお偉いさんが来ちゃったから。話はケイトさんから聞いたでしょ? 私も同じことしか知らない」

「だよな。奴はスパイの顔を見た。だが知らない顔だった。おまえどう思う?」

「ウォルターは今学期から赴任して来た新顔だから、知らない顔の警備兵がいたっておかしくないと思う。でも一週間経って未だにこの数が配備されてるなら、警備隊内部からは誰も浮かんで来なかったってことでしょ?」

「まぁそーなるよな」


 実際チャロが調査した結果、隊舎のどの部屋にもスパイの目当てになる入れ子人形マトリョーシカは見つからなかった。すると今回の相手は警備兵に変装しただけの部外者って可能性が高い。


「帽子が手に入ればなぁ……」

「帽子? 現場に二つあった制帽のことか? それがどうした?」

「えっと、ほら、何かの手掛かりになるかなって。例えば魔法で調べたりとか――」

「俺に魔法の話をされてもな。そんな便利な魔法があんのか?」

「うん、まぁ」


 チャロの走馬灯フラッシュバックならスパイが被っていた時の周辺状況が覗ける。そうなれば大きな手掛かりだ。私が使える闇の魔法にも探知系の魔法があるけど、今の状況では使えそうに――。


「あっ!」

「何だよいきなり?」

「一個だけ使えそうな魔法あった!」

「また上位精霊の魔法か?」

「うっ……」


 それを言われるとつらい。

 結論を言うと私とナディーン様とで共有した秘密は、今ではフレディ、アシュリー、デスピナの三人にも知れ渡っていた。

 ペペリットの件でボロを出した私は早速ナディーン様に泣き付き、耳にタコができるほどお叱りを受けた。ゴルフクラブの一件があった直後のことだから当然だ。

 けれど元より打ち明ける方向で検討するとはナディーン様自身も言っていたこと。すったもんだの末、私の希望は通って、秘密の共有の輪は広がることになった。


「しっかし、おまえがあのキャメロンの孫とは恐れ入ったよなー」

「ちょっと! 大きな声で言わないでよっ」

「おっと悪い。対外的にはダグラスの娘なんだったな」


 誰かに聞かれたらと思うと焦る。

 私自身はチャロやスニーに伝えた通り、自分の出生を問題にはしてない。でもナディーン様は慎重だから、注意しておかないとまたお叱りを受ける羽目になっちゃう。


「でもまぁ気にすんなよ」

「え?」

「血筋がどうあれ、おまえはおまえだろ? だから気にすんなってこと」

「…………。うん」


 秘密を打ち明けた時、アシュリーもデスピナも、勿論フレディも、一様に驚いた後で同じように言ってくれた。本当に嬉しかった。改めて言われてもやっぱり嬉しい。私は私でいいんだと心から思えるから。


「で? 使える魔法ってのは?」

「そうそう。影芝居シャレードっていう魔法があってね。まだ試したことはないんだけど、闇精霊スラモルたちを呼び出して、ある空間の記憶をお芝居で再現して貰えるの」

「何だか学芸会みたいな魔法だな。試したことないって、大丈夫なのかよ?」

「でも試してみる価値はあると思わない? 今からゴルフ場に行って、あの現場で魔法を使えば――」

「今からは予定があるだろーが。後にしろよ」

「ああ、そっか」


 すっかり忘れてたけど、私とフレディはある場所へ向かってる最中だった。

 大講堂の脇を南に抜けると、東西に差し渡された城壁は一階部分が吹き放しのピロティになってる。そこを西へ折れて突き当りの門塔バービカンが目当ての場所。

 開け放しの古錆びた鉄扉を潜ると暗くひんやりとした階段ホール。私たちは時計回りに上階へ続く階段を上って行った。




 ***




 今日のサロン活動は大講堂を借りての演説講習。スピーチ能力は大切よ。何かにつけ北部貴族の後塵を拝する私たち南部貴族は、何事であれ、機会を逃さず主張できるよう普段から備えておく必要があるわ。


「ダルシー様。新メンバーのスピーチは如何ですか?」

「そうね、ロサリア。確かに去年からのメンバーの方が修辞には富んでいるけれど、主張の筋はどれも中々じゃないかしら? 皆優秀だと感じたわ」

「これからが楽しみですね」

「そうね。しばらく任せていいかしら? ちょっと外の空気を吸って来たいの」

「ええ、どうぞ。今日は夏のぶり返しで蒸しますから」


 二階ギャラリーの窓は開け放っているけど、今日は風がないから蒸すのよね。大講堂の南側は城壁を被せたピロティだからいつでも日陰。


体温冷却クールダウン――」


 氷の精霊魔法で余分な熱を外に逃がす。中で使っても構わないのだけど、みんなが我慢していると思えば気が引けるものね。だからこうして――。


「にしても見ろよ。先週からこっち、警備兵の数がやけに増えたよな」


 広場側から聞こえて来た声には覚えがあったわ。ナディーンの弟よ。

 野外音楽堂では初対面なのに生意気な口を利いてくれちゃって。ほんと、カーブラックは天敵ね。遺伝子レベルでそうなっているんだわ、きっと。

 聞こえてくるものを何の気なしに聞いていると、どうやら立ち話は続くようで、もう一人は例のあの子だった。


「ガラテア・ブランペイン――」


 口にすれば瞼に浮かぶクッキリとしたその姿。

 まったくおかしな子。私の誘いをキッパリ袖にしておいて、そのくせ毎日のように挨拶をして来る。それも執拗と思えるくらいに。

 最初の内は周り中の目を引く大声で。それがいつからか普通のトーンにはなったけれど、その分近付いて来るようになって、肩を叩かれたこともあったわ。お蔭でサロンメンバーは彼女だけじゃない、今や私にまで変な目を向けて来る始末よ。

 でも……。正直言うと悪い気はしていなかったのよね。何て言うのか、仔犬みたいで可愛いとすら思っていた節はある。

 ただ、それを面に出すにはメンバーの目があったし、それをしたところで彼女が手元にいない事実を殊更に突き付けられるだけだとも感じていた。

 ところがどう? 今週になって起きたことは私の度肝を軽々と抜いてくれたわ。それをしたのはたった一通の手紙。差出人はあのナディーン・カーブラック。

 休日の魔女の日。寮則に定められた就寝間際の夜九時になって、ナディーンの侍女が手ずから手紙を届けに来たわ。それだけでも驚かされたのにその内容と来たら――。


「あの子のことで私に相談? 一体何の冗談よ」


 正直言って返事に窮したわ。翌日も翌々日も、三日経ってすらどう答えたものか正解が分からなかった。ようやく会う方向で返事を出せたのが丸々一週間経った昨日のことよ。それだと言うのに渦中の本人はここで暢気に立ち話? 何かに踊らされている気分だわ。


「しっかし、おまえがあのキャメロンの孫とは恐れ入ったよなー」

「ちょっと! 大きな声で言わないでよっ」

「おっと悪い。対外的にはダグラスの娘なんだったな」


 え――!?

 ナディーンの弟は今なんて言ったのかしら? きゃめ、ろん? 確かにそう聞こえたわ。

 待って、落ち着きなさいダルシー・ハイペリオン。

 今の話が本当なら、あの子はキャメロン・ブランペインの孫であり、尚かつユージーン・ブランペインの娘ってことになるのよ?

 それはあり得ること?

 ええ――、あり得ることだわ。

 だって私はその可能性についてとっくに考えていた。あの子がどうとかじゃなくて、ユージーンが亡命した時、仮に赤ん坊を残していたとしたら、今年で十四歳になる子供がいるって想定できていた。勿論その可能性は極めて薄いと思っていたけれど、でもこの場合は…………符合してしまう!


「今からは予定があるだろーが。後にしろよ」

「ああ、そっか」


 歩き出した! まずいわね、大講堂へ戻る? ダメ。扉の開け閉めで感づかれてしまうわ。


思考冷却カルミング――」


 冷静と集中を維持する魔法は多少の怪我を負ってすら途切れない。跳ね上がった心拍数は瞬時に平常値に戻って、私は扉枠の僅かの窪みに身を隠し、息を殺してやり過ごした。

 二人は話しながら真っ直ぐ南へと向かって、ピロティに差しかかると天文台の方向に去って行ったわ。


「やれやれね。でもこれで、ナディーンが私に何を相談しようとしているのかは分かったわ」


 ナディーンとは三日後の逸楽の日に会う約束になっている。その時に今の話が出るとして、私はどうするべき?

 この秘密を口さがない連中が聞き付けでもしたら、あの子の立場は一気に危うくなってしまう。何にも増して来月いらっしゃるコーディリア様に、皇室に知られでもしたら――。


「どんな悪魔の悪戯よ。亡国ブランペインで生存を許された王弟の血筋。そして何より今でも皇室から恨みを向けられるブランペイン公爵家の生き残り。それは幾ら何でも、あの子の肩には重過ぎるでしょう」


 そうね。私のすることは最初から決まってる。

 あの子がナディーンを選んだからって関係ないことだわ。私はいつ如何なる時であろうと、南部の仲間を守ると決めているんじゃない。




 ***




 薄暗い階段の途中で何か踏んづけた。


「何だろうこれ? 木でできたコイン?」


 拾い上げたそれは木片を丸く平たく削り出したもので、表も裏も獣の横顔が彫り込まれてた。


「おい立ち止まんな。行くぞ」

「うん。でもほら、これ見て」

「何だそれ? 小汚ねーな。ゴミだろゴミ。ほっぽっとけよ」


 確かに小汚い。でもゴミかと言ったらそれは違くて、年季のような物が感じられた。意匠は犬か狐か狼か、古ぼけてしまって判然としない。取りあえず拾い物は胸ポケットへ。先を行くフレディを追った。


「ここってみんな門塔バービカンって呼ぶけど、大きさからすると側防塔キャッスルタワーって呼んだ方が合ってない?」

「確かに幅も高さもあるからな。ほら、着いたぞ。ここがそうだ」


 幅二メートルほどの踊り場に建付けの悪そうな扉。掛けられた木板は斜めになっていて、


「ろうまんサロン?」

浪漫ロマンサロンだよ」


 それはアル先輩こと、アルステッド・ゲスロマン先輩が主宰してるサロンだった。


「ま、サロンっつっても奴の他はミニーって女が一人いるだけ。超の付く零細サロンさ」

「ふぅん。二人しかいないんだ」


 ここへはコンペの日に降って湧いて話題になったスパッツの件を、北斗サロンの新しい企画として進める為に来た。

 先週来、私、アシュリー、デスピナ、フレディの四人はサロン活動後にコテージの二階に部屋を借りて、スパッツを題材に実学として商学に取り組む検討を重ねて来た。

 この件は新企画の為の講習会を担当するリンジーさんにも伝えてあって、物やお金が動く前の段階までは自由にして構わないと許可を貰っている。

 私たちはチームを二つに分けることにした。

 私とフレディは製造元になる浪漫サロンとの交渉窓口を担当。どっちもアル先輩とは知った仲だからという単純な理由だ。

 アシュリーとデスピナはターゲットマーケティングなどのリサーチや、用意する規格だとか、実際にどう売るかの部分を詰める役割。商学に関わる部分はアシュリーの専売特許だし、フットワークの軽いデスピナならアシュリーに欠けてる部分を補うにもピッタリだから。

 アシュリーとデスピナは先週半ばからもう動き始めてて、今日も休み時間やら何やらにリサーチした結果を報告して来た。

 アシュリー曰く、二つでも三つでも、リサーチの際にサンプルとして見せる実物が必要ということで、早速私とフレディで対応しようという訳。


「入るぞ」

「ちょっと待って」


 ドアノブに延びた手を押さえて私はフレディの目を覗き込んだ。


「フレディってさ。アシュリーやデスピナをアル先輩に会わせないようにしてるでしょ? どうして?」


 二チーム制を言い出したのはフレディだ。アシュリーがサンプルの件を直接交渉したいって言い出した今日も、役割分担を盾に却下してた。そもそもアル先輩との交渉は自分と私とでやるってコンペの日に既に言ってたこと。私が違和感を感じていたのはその時からだ。


「当り前だろ。相手はあのアルステッド・ゲスロマンだぞ? この学内でおまえを除いた女子全員から毛嫌いされてるようなヤツだ。そんな奴とタッグの企画だなんて知られてみろ。その時点で話はパァだろーが」


 言われてみればアル先輩には悪い噂があるって話だった。フレディが先輩を殴った理由もそれ。

 だけど私の印象とは全然違ってる。だってアル先輩はスパッツをプレゼントしてくれたってだけじゃない。憤怒邪霊バンダースナッチ騒ぎの時には、私を庇って体を張ってもくれた人だ。あっさり轟沈してたけど……。


「それと、ゲスロマンのことは姉貴に知られても即アウトだからな? 終始アル先輩で統一しとけ。いつものうっかりでポロッとフルネームを出すんじゃねーぞ?」


 うっかりって言うな! いつものって言うなぁ! くすん……。


「そう言うなら気をつけるけど。でもいつかは話すことになるんじゃないの?」

「まーな。だからその時までにキッチリ話を固めておくんだよ。そうすりゃいざ話しても白紙に戻そうなんてことにならずに済むだろ?」


 なるほど。しっかり形にした上で、今更引き下がれないぞって方向に持って行く気か。戦略としては確かにありだ。


「話は済んだな? 行くぞ」

「うん、行こう」


 フレディったらノックもなしにいきなりガチャッ。

 薄暗い廊下に室内の光が射して、戸枠の向こうに目を細めれば、そこにはステラの仕事部屋に勝るとも劣らない乱雑な空間が広がっていた。

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