第39話 転換点

「チャロ。今日、ゴルフ場に来てたでしょ?」


 カラテアのヤツ、帰って来るなりこうだ。やっぱりバレてたかー。面倒臭がらずに魔法で隠れてりゃよかったなー。


「いたけど?」


 開き直ることにした。


「帽子を持ってったでしょ? 何してたの?」

「そーゆーガラテアはゴルフボールで警備兵をノックアウトしたてよなー? 何してたんだ?」

「質問してるのは私でしょ。はぐらかさないで」


 しゃーない。事態を知れば身辺の警戒は自分でするようになるだろー。そうなりゃあたしもスニーも随分楽だ。

 ただ、かーちゃんの考えとはちょっと違うんだよな。アカデミーに来させたのは勉強もそうだけど、友達作りとか、そーゆー当たり前を経験させてやりたかったんだろーし、ガラテアにそれが必要だってことはあたしにも分かる。


「おまえ入学式の日に早速派手にやっただろー?」

鉱毒魔獣ヴェノムビーストのこと? 二週間も前の話じゃない。学校側の聴取だってちゃんと受けた。何か問題でもあった?」

「そりゃあったさー。お蔭でスパイ共に目を付けられた」

「スパイに? じゃあ今日のことも私が原因?」

「お? それを言うってことは何か勘づいたみたいだな」

「アシュリーが言ってた。現場には帽子が二つあって、ウォルターは帽子を後ろから掴んでた。状況からすると警備兵に扮した誰かを捕まえようとしてて、そこに私のボールが飛ん行ったんじゃないかって」


 驚いたな。あたしが見てた状況そのまんまを言ったぞ。アシュリーってのは随分頭が回るみたいだ。


「他にはー?」

「さっきウォルター・アドコックとも話しをして来た」

「ほほー。それで?」

「状況は今言ったのと同じ。ウォルターはゴルフ場の巡回をしてて、その最中に木立に隠れてる警備兵を見かけた。でもゴルフ場の巡回割り当てはウォルター一人。だから不審に思って声をかけた。そしたら相手は逃げ出した」

「で、追い縋って帽子を掴んだところへドカン! あたしも見てたから知ってるよー」

「知ってるなら聞かないで。どういうこと? 帽子を持ってって何をしてたの?」

「やー、帽子の件はついでだよー。走馬灯フラッシュバックで確認しようと思ってさ」

走馬灯フラッシュバック?」

「見てみるかー?」


 走馬灯フラッシュバックは光の魔法。物体にまつわる記憶を走馬灯のように投影することができる。あたしはパクッた帽子を指にかけ、クルクル回しながら魔法を唱えた。


「これは……影絵? 違う、過去とか記憶の投影?」

「そのとーり」


 ティールームの壁をメリーゴーランドみたいに流れる映像は帽子に宿った数々の記憶だ。


「見た限り、ウォルターってのはスパイとは無関係だな。ガラテアはこいつのこと知ってるみたいだけどー?」

「ウォルターとは帝都で一度会ってる。そこで儀仗兵をしてて、今年はアカデミーに第三皇女が来るから、その関係で配置換えになったって言ってた」


 帝都の儀仗兵なら身元はしっかり洗われてるか。元々本命はウォルターが掴んだ方の帽子だったんだけど、あの状況にノコノコ出て行ったらバカだもんな。


「スパイの方の帽子はどうなった?」

「ウォルターが持ってたけど、警備隊の上司が来て、多分渡したんだと思う」

「多分?」

「うん。警備隊宿舎の医務室で話してたんだけど、上司が来た時点で報告があるからって外に出されちゃった。だから帽子の行方はハッキリとは見てない」


 ガラテアの話はこうだ。

 昏倒したウォルターにはケイトっていうカーブラックの御曹司の侍女が付き添った。ウォルターが目を覚ました時点で二人はペントハウスの救護室へ移動。ケイトは警備隊に報告した。で、警備隊から人が来て宿舎の医務室へ移動。ケイトはそこで聴取を受けてからペントハウスへ戻った。ペントハウスでケイトと合流したガラテアは状況を知る為にもう一度宿舎へ、って流れ。

 あれ? やばくね?


「おいガラテア。そのケイトってのにはちゃんと口止めしたんだよな?」

「何で? 多分、今頃フレディに報告してると思うけど」

「アホかおまえ!?」

「どうしてよ!?」

「スパイの側に立って考えてみろ! ウォルターには姿を見られた。その情報を複数の生徒や使用人に把握されたんだぞ? そうなったらどうする? 今度は情報を知った全員を監視対象にするだろ?」

「だってそんな話今知った。チャロが今までずっと黙ってたのが悪い」


 だよな。結果論だけどその点はあたしとスニーのミスだった。

 でもさ? こんな立ち回り想像なんてつくか?

 無理だろ。そもそもの原因は――。


「おまえが真横になんかボールを飛ばすからこーなったんだろ!」

「何でチャロにそんなこと言われなきゃなんないの!?」

「ガラテアはもう二度とゴルフやんなよ? ヘタッピなんだからな!」

「ヘタッ……!? 大きなお世話! 言いがかりもいい加減にしてっ」

「やーいやーい、ヘタッピー! 今度は後ろに飛んでくぞー!」

「んがっ、この!」

「二人とも煩いっ、いい加減にしないと夕食抜きよ!!」


 いつの間にかいたスニーがおたま持ってお冠だ。晩飯抜きは耐えられないぞ。


「ちょっとふざけてただけだよー。な? ガラテア」

「違う! チャロが悪い。散々私のこと馬鹿にした」


 こいつ空気読めよ! 晩飯がかかってんだぞ!?


「魔女同士の喧嘩はご法度よ。チャロが悪いなら謝りなさい。そもそも侍女が主人を怒らせてる時点でアウトでしょ」

「ええー……」


 仕方ない。ここは謝っとくか。


「ごめんな。ヘタッピ」

「ほら、また言った!」

「チャロ! ガラテアもその程度で騒ぐんじゃないの。チャロが相手ならいつものことでしょ」


 どーゆー意味だよ。スニーも好き勝手言うよな。


「とにかく落ち着きなさい。二人ともソファにかけて。話は隣りにいても聞こえたわよ。チャロ、こうなった以上はガラテアとも情報を共有しておいた方がいいわ」

「共有?」


 あたしはスニーにアイコンタクトを送った。共有がどこまで指すかが問題だからだ。


「今言ってたスパイの件よ。他に何かあるの?」


 ならオッケー。母親捜しの件は魔女の館の預かりだし、今の段階でガラテアに話すとややこしくなるからな。


「そんじゃま簡単に説明するけど、その前にガラテア」

「何?」

「おまえ、アカデミーにスパイが紛れ込んでる話は知ってるか?」

「フレディから今日聞かされた。大学部の研究だとか、最新の情報を狙ってるって話でしょ?」

「基本はな。でも連中は調べる価値があると思えば何だって探りを入れて来るぞ」

「それが私ってこと? 入学式の日に目立ったから?」

「おまえ初見の魔獣を即座に瞬殺とか、目立ったの一言で済むレベルじゃないからな? そもそも荷重付与ウェイトウェポンが上手く決まったからって話なんだろ? 下手したら怪我どころじゃすまなかったぞ?」

「魔法で倒したのは最後の一体だけだけど? 他はオーラを使って倒した」

「おーら? 何だそれ?」

「えっと、こう、お腹の底からブワァーッて出て来る力?」


 何言ってんだこいつ? 文法がダメな奴はこれだから困る。近頃読み漁ってるラノベとかってヤツの影響か?


「それはいいから置いとけ。とにかくあれでアカデミー中が大騒ぎになった。それ以来あたしもスニーも放っとけないってんでおまえの見張りにベッタリさ。毎日暇にしてるなんてのは嘘だからな? おまえったら次に何やらかすか分かんないしさー」

「そんなことないでしょ」

「えっ? 待て待て。おまえまさか今、そんなことないって言ったのか?」


 目が点になる台詞を吐いたぞ。


「だっておまえ、入学式の翌々日か? 早速決闘騒ぎを起こしたよな? そこから雪だるま式に憤怒邪霊バンダースナッチ騒ぎにまで発展してなかったか?」

「決闘の件は今では反省してる。ケネスにもちゃんと謝った。でも憤怒邪霊バンダースナッチ鉱毒魔獣ヴェノムビーストも私のせいかって言ったら違うでしょ? 寧ろ私が頑張ったから収まったんじゃない」

「……うん、まぁ、物は言いようだな。悪いスニー、代わって貰っていいか? こいつ手強過ぎる」


 そりゃ言いたいことは分かるよ? でもどっちの騒ぎもスパイの話に繋がると思えば身から出た錆ってことになるだろ? 暴れることでしか物事を解決できない自分を少しは顧みろって話だぞ?


「ガラテア、原因どうこうは問題じゃないのよ」

「そうなの?」

「理由はともかく騒ぎが起きて、それがスパイの目を引くことになった。でしょ?」

「それは分かる。でも、じゃあスパイの目的は何なの?」


 問題はそこだよな。向こうの狙いがはっきりしてれば、それに合わせて手を打てばいいだけだ。でも分からない。分からないのに北部同盟や魔女の影がチラつくから厄介なんだよ。

 さて、スニーはどう答える?


「直感で言えばブランペインが目的でしょうね」

「私? 魔獣三体と悪霊憑きを倒したから?」

「それ以前に、ブランペインの名で堂々とアカデミーに在籍していることがスパイの気を引いたのよ」

「そう言われても。私は偽名を名乗る気なんてないし、ステラもそれは認めてくれたじゃない」

「だから、いい悪いの話をしてるんじゃないの。ブランペインを名乗る生徒がいると分かれば、それだけでスパイは動くのよ。焦点は血筋。実際に貴女はキャロメンの孫でユージーンの娘なんだから、それが露見すれば帝室を刺激する材料になるわ」


 スニーのやつ切り込んだな。

 確かにそう。現皇帝ヒューバートはユージーンの亡命に関しては当事者だ。だから帝室は今もブランペインに対する悪感情を抱えてる。そこへ来てガラテアの血筋が露見すれば指を咥えて見てるなんてことありっこない。勿論、その時にはかーちゃんが抑えに回るんだろーけど、どうしたってしこり・・・は残るだろーさ。


「私とチャロの調べからすると、貴女を張っているスパイは北部同盟と繋がりがある可能性が高いわ」

「北部同盟? 帝国の敵対勢力がどうやってアカデミーに入り込むの?」

「どうやってでもよ。地続きの国同士で二百年来争っていれば、その辺の手管は枚挙にいとまがないでしょうからね」

「それって排除はできないの?」

「その為にはスパイの証拠を積み上げて、アカデミーやカノープス伯爵を動かすことだわ。一点、猶予がないのがネックね」

「猶予がない? どうして?」

「来月になれば第三皇女が来るでしょう? そうなったら耳打ち一つで何もかも帝室に伝わってしまうもの」


 それな。カノープス伯爵の首根っ子はかーちゃんが押さえ込んでる。だからガラテアの存在が通常ルートで帝都に伝わることはない。ところが今年は何の因果か帝室の姫君がアカデミーに通う年と来たもんだ。もしスパイの狙いが帝室に情報を流すことだとしたら、十月以降、ガラテアの血筋を知られた時点でそれはあっけなく実行されちまう。


「私のせいか――」

「誰もそうは言ってないわよ?」

「ううん。この波風は私がブランペインだから起きたことで、その先に予想される問題の全ては血筋が原因。でも――。でもね? 正直に言うと私は少しも困らない」


 ほう?


「だって私は何があってもガラテア・ブランペインとして生きて行くんだし、それ以外に道なんてない。そのことを許せないと思う人がいるなら、例え相手が帝室だろうと一歩も退かずに対決するだけ」

「そいつはまた大きく出たなー」

「私はね、チャロ。自分がガラテア・ブランペインであることが自慢なの。誇りに思ってるの。大叔父様が娘と思って育ててくれた自分を愛してるし、ナディーン様が受け容れてくれた自分を信じてる。ステラもチャロもスニーも、私を仲間として迎えてくれた魔女たちみんなもそう。私が私であることで迷惑をかけるかもしれないけど、いつかは必ず恩に報いる。だから私は、誰が何と言おうとガラテア・ブランペインであることを止めたりしない」


 そう言い切ったガラテアは本当にいい顔してた。一見ハチャメチャに見えて、ちゃんと周りのことを見て、分かって、想ってるんだな。

 ならヒヨッコ魔女として扱うのは今日でお終いだ。実力は二十倍アイコサプル重層魔法タプルマジックで証明済み。そこへ来て心意気もあるってんなら、ここからは大人扱いしてやるぞ。


「スニー、今の話聞いたな?」

「ええ。加点に値する内容だったわ」

「よし。じゃあ今からはあたしら三人でスパイの件に当たるぞ」

「私も加わっていいってこと? 何をすればいいの?」

「差し当たっては何もしなくていい」

「ちょっとチャロ、何それ? 全然分かんない」


 早速唇がとんがったぞ。やっぱり子供だな。


「ガラテアは普段通りに講義を受けて、実技講習をやって、サロンに参加してりゃいーってこと。スパイの方は放っといたって付いて来る。今までは知らなかったから見過ごしてただろうけど、今は知ったんだからスパイの動きに勘付くことだってできるだろ?」

「なるほど。それで取っ捕まえればいいってことか!」

「違う違う! 一々事を大きくすんな。いいか? 何もすんなよ? スパイがいると思ったらあたしにでもスニーにでも報せるんだぞ。後のことはこっちでやるから」


 不満が顔から滲み出てる。でも慎重にやる必要があるんだよ。


「スパイの件な。北部同盟って言ったけど、もう一つには魔女の可能性もあるんだ」

「魔女!? どうして?」

「どうしてもこうしても、ヘールボップやマリスタニにだって魔女は住んでる。王国派精霊聖堂の魔女狩りや何やらで大半は帝国側に越して来てるけど、向こうの生まれだとか、他にも理由があって残ってる連中はいるんだよ」

「そっか。でも相手が本当に魔女だった場合、対策はどうするの?」

「手順を言えば魔女名を確かめて、一旦かーちゃんの判断を仰ぐ感じかなー。魔女名さえ分かっちゃえば、最悪の事態になってもワンドの封印ができるからな」


 そこでひと先ず、ガラテアには憤怒邪霊バンダースナッチ騒ぎの影に魔女がいる可能性を伝えておいた。その魔女が警備兵に紛れたスパイと同一人物かは分かんないけど、それ以前にガラテアに危険を認識させとく必要があるからな。 


「ガラテアって連絡系の魔法は使えたか?」

「ううん。闇魔法や生命の魔法に連絡系のものはないみたい。でも次元扉バックドア瞬間転移テレポートでいつだって戻れるから」

「あー、そっか。その点闇魔法は便利だな。でも移動できない時もあるだろ? 講義やサロンの最中だとかさ。そーゆー時はお願いプリーズを使って契約精霊に伝書鳩になって貰うといいぞ」


 お願いプリーズは魔法ってよりか、お駄賃代わりに魔力を渡して契約精霊に簡単な頼み事をするってゆー、言わばコミュニケーションの一環だな。精霊と仲良くなればなるほど頼み事の幅が広がって重宝するんだ。


「分かった。じゃあ私は普通に過ごすとして、二人はどうするの?」

「そーだなー。あたしとスニーは交代で警備隊宿舎の張り込みをするかな。特にウォルターってのはスパイの顔を見てるから、何かあるとしたら先ずそこだ」


 警備隊宿舎はアカデミーの職員や大学関係者の居住区画にある。個室をチェックして入れ子人形マトリョーシカがないか確認するのも手だよな。

 あたしが拾った入れ子の最後のマトリョーシカは走馬灯フラッシュバックに反応しなかった。それは多分、縫い付けたポケットの中にでも入れてたってことだ。で、穴が開いて落っこちた。多分そんな感じ。

 投影された映像はほとんどが真っ暗で、あとは地面に転がってからあたしが拾うまでの光景。他は大分古い映像の雪景色ばっかだったから、アカデミーに来る以前の故郷の景色だろう。

 だから個室のどこかにでもマトリョーシカの外身が飾ってあれば、その部屋の主がスパイってことになる。


「スニーから何か付け足すことはあるか?」

「いいえ、ないわ」

「よし、じゃあ話はこれでお終い。晩飯の支度にとりかかろー!」


 って言ってもあたしは食器を並べるくらいで、料理はスニーの受け持ちなんだけどな。


「あ、そうだ。ガラテア」

「何?」

「おまえ、今日の件でスパイのことに勘付いたお仲間のこともよく見とけよ」

「分かってる。アシュリーとデスピナとフレディね。ケイトさんはどうしよう?」

「そっちは任せとけー。お隣りの寮室にいるんなら何てこたないさー」

「じゃあお願い」

「なぁガラテア」

「ん? まだ何かあった?」

「いや、そうじゃなくて。どうだ? アカデミーは楽しいかー?」

「もっちろん!」


 答えより雄弁にガラテアは向日葵ひまわりみたく笑った。

 やっぱ楽しいが一番だよな。

 アカデミーには大人になりかけの子供や、大人のつもりの子供たちがわんさかいて、毎日どこからか笑い声が聞こえて来る。

 来た時はメイド服やら狭い部屋やらでテンション駄々下がりだったけど、今やアカデミーはあたしにとっても宝箱みたいな場所だ。

 この場所を、子供たちの夢や希望を、あたしたち魔女がしっかりと守ってやんないとな。

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