第38話 昼餐会
ペントハウスに戻って来た。
レンタルしたゴルフバッグを返却し、キャディ役のスニーと別れて、シャワーを浴びたらラウンジに集合。
ラウンジ中央にはこの日の為に雇われた料理人たちが
食前にはナディーン様から労いの挨拶。更に成績優秀者が演台に招かれて、一年生も一人、初心者で最高のスコアを表彰されていた。
羨ましい。私もいつかああやってナディーン様から直接お褒めの言葉を授かりたい。
かくして始まった昼餐会。厳しい戦いの始まりだ。でもそうと分かっていれば万全の備えをし、鉄壁の布陣を敷くことは可能。
私はナディーン様が演台を下りると同時に、料理を取りに席を立った。真騎士道第七攻、
ドチャッ――!!
「何その量……」
「お料理が塔みたいに聳え立ってます……」
唖然茫然の二人を尻目に私は言ってやった。
「初めてのゴルフで大変お腹が空いた。食べてる最中は返事ができないので悪しからず」
バクバクバク――。端から端まで全種類の料理を盛り付けた大皿と格闘開始。
口に物を入れたまま喋るのはマナー違反だから、どんな話を振られようと鉄壁のスルーで躱すことが可能だ。
「お子様レベルの思考が駄々漏れなんだけど」
「ガラテア様。盛り付けの時点でマナー違反です」
そんな細かいことは気にしてられない。会話に持ち込まれたが最後、私の舌では到底ペペリットの件をはぐらかすことなど不可能。そうなればナディーン様との約束を破ることになってしまう。
「バカはほっとけよ。俺らも料理を取りに行こうぜ」
「そうね。アシュリー、行きましょ」
「はい。ガラテア様、慌てて喉に詰まらせないで下さいね」
アシュリーの気遣いが胸に刺さる。
三人に秘密を打ち明ける件については、お忙しいナディーン様の都合からコンペ以降に検討することになっている。だから今日さえ乗り切れば何とかなる目は存在する。今だけだ。この場を凌いだらナディーン様に事情を伝えて、最短で明日――。
あれ? だったら正直に明日話すって言えばよかった? でも確約はできないし……。
「さすがはカーブラック家よねー。出て来る料理のレベルが想像してたのとまるで違った」
適量に盛り付けたお皿を持ってみんなが戻って来た。
デスピナの言う通り。お肉の種類は豊富だし、見たこともない野菜やフルーツもたくさん。知らない味覚の連続で、どれもが美味しいと来ている。
「そうか? まぁ普段のランチと比べりゃ気合は入ってるだろーが、それでもランチだからな。リーズナブルにスモーガスボードだしよ」
フレディは一体、普段どんなランチを食べてるんだろう? 今度私のバスケットと交換してくれないかな? 別にサンドイッチに飽きた訳じゃないけど、凄く興味ある。
「フレディ様。今日みたいに大人数の時はビュッフェやスモーガスボードがいいんですよ。お料理を取りに行くたびに他の席の皆さんとお話ができますから」
アシュリーはいいことを言う。スポーツの後の体には立食形式のビュッフェより座って食べれるスモーガスボードが最適だ。
「てゆーかガラテアさぁ」
「んも?」
「おまえマジで黙々と食ってんじゃねーよ」
「むふん!」
「ちょっとくらいお喋りしませんか?」
「…………」
呆れ顔を三つ並べられるとさすがにバツが悪い。ペペリットの件は水に流して貰えるの? だとしたら今からでも会話に参加するけど。
一先ず耳を傾けつつ、さっきからせがんで来る不可視モードのペペリットとソーニアに料理を取り分けた。そうやって会話に混ざるチャンスを待つことに。
「そう言えば七番ホール辺りからプレイの終わった先発組がちらほらギャラリーしに来てたじゃない?」
「見てましたね。あれには緊張しちゃいました。こっちは初心者丸出しなんですもん」
「言うほどスコアは悪くなかったろ。誰かさんは何本もクラブをへし折ってたけどな」
私? だってあんな細い
「返却の時何も言われなかったの?」
「ふふ? んーん!」
「絶ってー後で何か言われるぞ」
何で? あんなの使い捨て前提でしょ? 本来の
「それはそうとガラテア様は注目の的でしたね」
私が? 何でだろう?
話題だなんてまったく身に覚えがない。七番ホールにもなると手持ちの
「例のスパッツでしょ? 一人だけスカートでプレイして、打つたんびにヒラヒラさせてたもんね」
「確かにキャーキャー騒いでたな」
スパッツか。アル先輩から貰ったスパッツは最早、体を動かすシーン全般で必須のウェアだと言っていい。ピタッとしたフィット感は身も心も引き締めるし、伸縮性のお蔭てまったくと言っていいほど動きを阻害しない。
これまでは下着が見えるとはしたないと言われていたから、スカートでの立ち回りはギクシャクしがちだった。でもスパッツなら下着が見えるなんて心配は無用。思う存分動くことができる。
「ペントハウスに戻った時も女性メンバーが話してるのを聞いちゃいました。何でもスカートが翻るのはスリリングだけど、目立つし可愛いんじゃないかって。そんな風に言ってましたよ」
スリリング? 可愛い? 何のことだかサッパリだ。
「それ。あたしもさっき料理を取りに行った時に、どこで売ってるのかって聞かれたわ。ガラテア、それってどこで手に入れたの?」
「んもっふ?」
「いい加減喋れよおまえ。その態度が既にマナ悪だと気づけ」
「んっく。じゃあペペリットの件で質問するのはナシね?」
条件を突き付けると三人とも半分忘れた顔をして頷いた。なら問題ない。
「スパッツは売ってたんじゃなくてプレゼント。アル先輩から貰ったの」
「アル先輩? 誰よそれ?」
「えっ!? まさか男性からのプレゼントですか? つまり、その、彼氏さん的な?」
「彼氏? 彼氏って何?」
「ですよね! いつも通りのガラテア様で安心しました」
何だか分からないけど安心して貰えたようで何より。
「売り物じゃないなら手には入らないってことね。あたしもそれ、動きやすそうだから興味あったんだけど」
「アル先輩に聞いてみよっか? 私の分はまた作ってくれるって言ってたから」
確かそんな話だったはずだ。アル先輩に必要なサイズを測って渡せばって――。
「あっ、サイズ測るの忘れてた!」
「サイズ? スパッツはオーダーメイドってこと?」
「今履いてるのは違うけど、次はピッタリのを作ってくれるってアル先輩が」
「サイズを測られるのは……ちょっと嫌かもです」
「そうなの?」
「だって腰周りなんて恥ずかしいじゃないですか」
ふーん。女の子ってそういうものなんだ。
「でも、商家の娘としては感じるんですよ。ビビッと来たんです」
アシュリーはブリッジに指を当てて眼鏡をずり上げた。光る縁金。下がったかに見えたテンションが上がって来ている証拠だ。
「ビビッと? スパッツに?」
「はい。私が思うにスパッツはオーダーメイドである必要はありません。だって生地に伸縮性がありますもん。庶民向けの吊るし売りと同じで、一般的な規格だけでも十分売り物になると思います」
「売り物に? それはつまり、アシュリーの実家とかでスパッツを売るっていう話?」
目の輝きが今までと違う。なるほど、これが商人の顔か。などと一人合点していたらアシュリーは首を振って否定した。ハズレだったみたい。
「そうじゃなくて、北斗サロンの活動としてアカデミーの購買部に卸すんです」
当たらずといえども遠からず。やっぱりアシュリーは売る方向で考えてた。でもその内容は今一つピンと来ない。
「サロンの活動として売るってどういうこと?」
「何となく面白そうな話だけど、アシュリー、狙いは何なのよ?」
興味の湧いたらしいデスピナがテーブルに肘を乗せて来た。
「はい。売れれば勿論ですけど、この場合、実学として商学に取り組む姿勢が大事なんです。自ら学び、実践する。アカデミーが掲げるサロン活動の方針に合致するとは思いませんか? 私の考えでは評価対象として申し分ないです」
アシュリーは商学をメインに据えて勉強してる。そのアシュリーが言うからには見込みのある話なんだろう。ならどう転ぶかは別としても、友達として応援するのが当然だ。
と、そこへ黙って聞いていたフレディが、
「その考えはありなんじゃねーかな? 姉貴も興味を示すと思うぜ? そもそも貴族なのに商売の経験があるアシュリーには、その手の発想を期待してたはずだろ?」
「それ! ナディーン様はアシュリーの経験を凄く評価してた」
アカデミーには商家出身の生徒もいるけど彼らはみんな平民だ。そんな中でアシュリーだけが貴族。本人曰くなんちゃって貴族だけど、ナディーン様は実務経験のあるアシュリーにはっきりと興味を示してた。
「でもさ? 北斗サロンの方針は西大陸の開拓とか発展に寄与することでしょ? スパッツはその点どうなの?」
「直接的には関係しませんね。でも時代時代のどんな分野でも発展をリードするのって需要や、需要に先駆けた流行なんです。需要を満たすこと。流行を生み出すこと。そうした成功体験は西大陸の発展にだって役立ちますよ? 大切なのはチャンスを逃さないことです。西大陸の発展に直結しないからってチャンスを見逃す理由にはなりません。小さな流行でも世の中って確かに変わるんです。私は店先で何度もそれを見て来ました」
さすがアシュリーは商家の出だけに言うことが違う。デスピナの疑問にも淀みなく答えを出して、納得の行く内容でその気にさせて来る。
「新企画の立ち上げは歓迎だってんだからやってみる価値はあるんじゃねーか? アル先輩ってのは俺も知ってっから、そっちは俺とガラテアとで話を付けるぜ。な?」
「え? ああ。うん、任せて」
つい返事をしちゃったけどよかったのかな? フレディはアル先輩をいきなり殴った。なのに今はスパッツを巡る交渉役に名乗りを上げてる。その真意は?
「おけ! アシュリーの話はよく分かった。だったらあたし的にはこの話、アイデアだけポンと渡しちゃうんじゃなくて、あたしたちだけでできるところまでやってみたい」
「私たちだけで? それはデスピナと私とアシュリーとフレディの四人でってこと?」
「そう。だってその方がナディーン様やメンバーからの評価が上がるって思わない? せっかく北斗サロンに参加したんだし、あたしは何かして一目置かれたいって思うんだけど、みんなはそうじゃないの?」
一瞬にして雷に打たれた。
そんなの決まってる。絶対一目置かれたい! 今日の表彰は逃したけど、私だって何かしてナディーン様から褒められたい!
「やる! 決まり! みんなでやろう」
「私もできるとこまでやってみたいです」
「じゃあ休み明け、サロン活動が終わったら集合ってことで。そこで何をどうするか決めましょ」
「景気づけに乾杯でもしとくか?」
フレッシュジュースのグラスを取って景気良く掲げたその時。突然背筋に寒気が走って、何かと思って振り返ったら――。
「えっ、ナディーン様?」
「歓談中に悪いのだけれど、ガラテアさん」
怖い。物凄く怒ってる。でも何で? ペペリットの件でボロを出したことはまだ知られてないはずなのに。
状況が掴めずにいると三人とも乾杯しかけたグラスを引っ込めて素早く目を逸らした。
「一緒にいらっしゃい」
「な、何でしょうか?」
「いいから、モタモタしてないで早くなさい!」
「ひゃい!」
有無を言わせぬ圧に押されて完全にドナドナ。亀首になって付いて行くと、ナディーン様が足を止めたのはレンタルコーナーのカウンターだった。すごく、いやな予感。
***
ナディーン様がレンタルコーナーの職員に声をかけると、その男性は脇にあったゴルフバッグから折れたクラブを次々と取り出してカウンターに並べた。
「あ、私が借りてた
「…………」
何の気なしに言ったら凄い目で睨まれた。ナディーン様怖い。
「説明なさい。貴女がレンタルしたクラブが軒並み折れているのは何故ですの?」
「え? あ、はい。造りが脆かったので簡単に折れちゃいました」
正直に答えたらナディーン様の目がクワッてなった。
「あの……。これって使い捨てでは……?」
「そんな訳ないでしょう! 何を考えているの貴女は?」
「ご、ごめんなさいっ。だったら弁償します! お幾らでしょうか!?」
とにかく平謝りに謝って、どうにか事態を切り抜けようとしたんだけど――。
「はい。それぞれ値段は異なりますが、ある程度使用した品ですから、一本に付き金貨十枚でしょうか」
全帝国が震えた。
「金貨十枚!? えっ、一本で!?」
ここでざっと説明しておくと帝国の貨幣は主に六種類。
金貨、金銀貨、銀貨、銀銅貨、銅貨からなる五種類の
金銀貨は径の小さい金貨を銀で縁取りしたもの。銀銅貨は銀を銅で同様に。
金貨以下の硬貨が金貨一枚に相当する枚数は金銀貨で五枚。銀貨で十枚。銀銅貨で五十枚。銅貨で百枚。半銅貨で五百枚になる。
世間一般の庶民が好んで買うワンコイン弁当が銀貨一枚相当だから、金貨十枚は実に百食分にもなる!
目の玉が飛び出るとはこのことだ。たかが
「あの、幾ら何でも高過ぎませんか?」
「いいえ。かなり良心的な額を提示させて頂いております」
嘘! こんなの絶対ボッタクリ! あんな折れやすい粗悪品でこうも悪どい荒稼ぎをするだなんて!
でも待って。私だけならともかくナディーン様がいる前でそんな詐欺まがいの真似をする? あり得ない。だとしたら本当に……。
「すみません。何本折れてましたか?」
「はい。十二本のクラブの内、
……そんなに折ったかな?
十本? 一本で金貨十枚だから全部で金貨……百枚……。
無茶だ。そんな大金、大叔父が持たせてくれたお金の半分以上が吹き飛んじゃう。
その時、ナディーン様の代理なのか、ビアンカさんのアナウンスが聞こえて来た。
「それでは皆さん。昼餐会はこれでお開きです。今日は皆さんと楽しい時間を過ごせてとても有意義でした。この後は流れ解散になりますから、各自忘れ物のないように。ではまた来週、歓喜の日に会いましょう」
新歓ゴルフコンペはこれにて終了。ところがどっこい私はお通夜の真っ最中。
ナディーン様と顔を合わせられずにいると、視界の隅をそそくさと去って行くフレディ、アシュリー、デスピナの姿。
待って! お願いだから一人にしないで! 友達でしょ!
「ガラテア」
「はい」
痛い沈黙――。
何を言われても仕方がない。私の認識不足が招いた結果だ。
けれどギュッと目を閉じていたところに降って来た言葉は、意外にも柔らかく耳に注いだ。
「今回は私が肩代わりしますわ。けれどいいこと? 今後はゴルフであってもなくても、同じようなことを繰り返さないことですわよ。スポーツの道具は貴女が思うほど丈夫ではないの。分かりましたわね?」
呆れ含みの言葉にも私を強く責めまいとする配慮が窺えて、それだけで全てから救われた気分になる。
「はい。申し訳ありませんでした。二度としません」
ナディーン様は優しい。でも、その優しさにいつまでも甘えてちゃダメだ。ちょっとずつでも「当たり前」や「常識」を身に付けて、迷惑をかけないようにして行かないと。
ナディーン様はコインケースから取り出した金貨を十枚カウンターに並べた。
「残りは後日届けます。お詫びも兼ねて一割増でいいかしら?」
「いいえそんな。余分は結構でございます」
「そう。では後日使いの者を寄越しますわね」
私は言葉もない。黙刑を課された奴隷のようにナディーン様に従って歩くだけ。エントランスへ移動したナディーン様はそこで立ち止って振り返った。
「ガラテア、済んだことは済んだこと。切り替えが大事ですわよ」
「はい」
「私はコンペの後始末がありますから、今日はここでお別れね。ほら、背筋を伸ばして。寄り道せずにお帰りなさい」
鬼の形相で現れたナディーン様は女神の微笑みを残して去って行った。
すっかり取り残されたしまった私はペントハウスを出た。するとバッタリ。一歩踏み出す間に見知った顔と遭遇した。
「ガラテア様」
「あれ? ケイトさん?」
「もうお開きですか? フレディおぼっちゃまはお帰りに?」
「さっきアシュリーやデスピナと連れ立って帰りましたよ」
私を見捨ててね。
「そうですか。ではおぼっちゃまには戻ってからお伝えします。ガラテア様には今お伝えしておきますね」
「ああ、ウォルター・アドコックの件ですよね。私も帰るところですから歩きながら話しましょう」
丁度一人で帰るのは寂しと思ったいたところだし、気にかかってた件も聞けるとあれば一石二鳥。そう言えばあの時、側道の木陰にチャロを見かけた気もする。戻ったら早速確かめてみよう。
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