第34話 ケネス・アップルガース
保健室へ来た。入試の二日目、私自身も世話になった場所だ。そこに至るまでの経緯は思い出したくもないけど、ここで起きたことは本当に奇跡だった。私はこの場所で魔女に生まれ変わったんだから。
「ガラテア・ブランペインだ。入っても構わない?」
仕切りカーテンの向こうに問いかけると、ベッドの上で半身を起す様子が透けて見えた。
「何か話があるんだってな。レイモンドからそう聞かされてる。入れ」
カーテンを開け閉めして丸椅子に座ると、同じ目の高さに仏頂面のケネス・アップルガース。予想していた通り、合間に漂う空気は重い。
「えと、まだ調子悪いの?」
「…………」
「どこかが痛むとか?」
「…………」
「胃腸の具合なんかはどう?」
徹底して無言。困った。
気まずいのは分かる。いや、この場合気まずいのは私か。きっとケネスはまだ怒ってるんだろうな……。
ちなみに、私が
チャロやスニーによれば
結果、誰も私が魔女限定の魔法を使ったとは気付かなっかったという訳。それは
「調子は悪いし、あちこち痛む。胃の調子もいいとは言えないな」
「そ、そう」
「だがそんな話をしに来たんじゃないだろう。さっさと用件を言え。こっちはおまえがいるだけで胃がムカつくんだ」
そうまで突き放されると切り出しにくい。でもここへは
「私は、今年の春になるまでたった一人の人間しか知らなかった。ずっと二人で過ごして来て、でも、父親代わりで父親そのものだった大叔父様は、この春に亡くなった」
「……クレサークでのことか?」
少し険の取れた、でもどこか探る目付き。私はただ頷いた。
「そう、カルデネの北の片田舎。二人でいた頃はクレサークがどこにあるかも知らなかったけど」
あの頃、私にとって外の世界の出来事なんて何一つ関係がなかった。大叔父と二人、毎日汗まみれになって体を鍛え、森に入って狩をして、食べて眠って、よく笑った。
「外の世界に出て、会う人、見る物、食べる物まで驚きの連続だった。上手く行ったり行かなかったり。行かないことの方が多かったけど。手助けしてくれる人もいたりして、どうにか今日まで」
大叔父を亡くして、一人では右も左も分からなかった。それでも道が開けたのは出会った人たちのお蔭だ。
最初は宿の牧場一家。あの夜、自分が人の役に立てることが分かって本当に嬉しかった。
帝都に着くと一転して思うに任せないこともあると分かった。ウォルター・アドコックに騎士であることと筋肉を否定された時だ。大叔父と二人、それだけを鍛えて来たのに、頭から否定されて悔しかった。哀しかった。
そんな時に現れたのかステラとパナイース。二人と出会っていなければ今頃私はどうしてただろう? 近頃はそんなことをベッドの中でよく考える。
チャロやスニー、メクセラたち魔女との出会いがなければ、私は今頃、名前も知らない土地を当てもなく彷徨っていたかもしれない。でも出会った。そうして私はアカデミーにやって来た。
舞踏館でその手を許してくれた私の姫君――ナディーン様との出会い。どうにか受験をパスして、今では毎日会えるなんて夢みたいだ。それだけじゃない。この人だと思って捧げた剣をナディーン様は受けてくれた。だからそれで――。
「私は浮かれていたんだと思う」
アシュリーとデスピナ。人生で初めての友達ができて、フレディとの喧嘩付き合いもどこか楽しくて。ナディーン様のサロンに入れば本当はまだなのに、どこか騎士気取りで、この数日はずっと浮かれてた。
「ケネス先輩――。先輩とは決闘なんかするべきじゃなかった。最初からちゃんと話を聞いていればよかった。だから今日は、先輩が何をああまで食ってかかって来たのか、その訳を知りたくて来たんです。私も、私に話せることはちゃんと話そうと思って」
ケネス・アップルガースは黙ったまま、じっと正面の壁を見つめていた。そうして私が継ぎ足す言葉はないかと探していると、不意に口を開いて言った。
「ケネスでいい」
「え?」
「あれだけ力の差を見せ付けておいて、今更先輩なんて呼ばれてもな。だが侮られるのは嫌いだ。そういう気持ちがなければ呼び捨てで構わない」
「勿論そんな気持ちなんてない。騎士は獅子と同じで誰が相手でも侮ったりはしない」
ムキになって言うとケネスは笑った。彼の笑った顔を初めて見た。
「騎士を目指してるのか?」
「そうだ。叙任はまだだけど、主はもう決まってる」
「そうか。おまえならなれるだろうさ」
「そうだといいけど。正直言うと最近、少し自信がなくなって来てる」
「どうしてだ?」
それこそが私の抱える最大の問題だ。
「誰にも負けない自信はある。でもそれだけで騎士になれる訳じゃないことが分かって来た。私にはあれもこれも知らないことが多過ぎる。あんまり多過ぎるから何から手を付けていいのかすら分からなくて……」
「はっ」
「笑うな。ちっともおかしくない」
「笑うさ。そんなのは今の内だ」
ポンと放り込まれた言葉が私の中のゴチャッとした陰々滅々を散らしたような気がした。
「そうなのかな? そう思う?」
「誰だってそんな風に思う時期がある。俺だってそうだ。俺はな――」
ケネスは今日、初めて私の目を見て語り始めた。
「俺はアップルガースの次男坊で、だから家長の座を継ぐ兄貴より一歩引いた位置から物事を見て来た。アップルガースはブランペイン王国時代からの古い家系で、ユージーン・ブランペインが亡命する日まで何代にも亘って忠誠を尽くして来た。だが俺には何も分からなかった。ユージーンが亡命したのは俺がまだ赤ん坊の頃だからな」
生まれた以前のことが分からないというのは本当にその通りだと思う。人はどうしたって自分で経験したことじゃないとハッキリとしたことは言えない。私にもそれがあったから、ダルシーさんに詰め寄られた時も満足な答えを返すことができなかった。
「物心ついて爺さんや親父がブランペインのことを語るたびに不思議に思って聞いてたもんさ。そうしている内に段々と分かって来たんだ」
「ブランペインのことが?」
「まぁそうだ。俺の爺さんはユージーンから一緒に来いと誘われたそうだ。だが断った。どうしてだか分かるか?」
分からない。私は今の自分と向き合うのが精一杯で、過去のことにまで遡って自分というものを考えたことがなかった。だからブランペインのことも、大叔父の手紙に書かれていたこと以外は碌すっぽ知らない。
今まではそれでいいと思ってた。大叔父の手紙にも、自分の思う自分のままでいいと書かれていたから、その言葉に甘えていたんだと思う。
でも知らなかったから今度のことは起きた。何でも自分に都合よく考えて、アップルガースの名を知らずにいたから――。
知っていればきっとこうはならなかった。決闘も回避できただろうし、
「分からないか。そうだよな」
怒るかと思ったのに、ケネスはそのまま淡々と続けた。決闘までの印象からすれば想像もつかない感じだ。憑き物が落ちたというか、何というか。
「爺さんはユージーンに言った。いつかブランペインが戻る日を忍んで待つ。その日が一日も早く来るよう手立てを尽くして待つとな」
「でも戻らなかった」
「そうだ。戻らなかった。十年経つと親父が爺さんの後を継ぎ、待ってる間にも情報を集めて、毎日呪文のようにブランペインの名を口にしてたよ。でもある日分かった」
「分かった? 何が?」
「ありがたいご主人様の居場所がさ」
居場所? ユージーン・ブランペインの?
私はバカか! そんなこと今まで考えもしなかった。ユージーンはまだ生きているのか。私の人生には関わりない者だからと、勝手に死んだような扱いをしてた。なら私を生んだ母親もどこかで生きてるってことに……?
「どうした?」
「な、何でもない」
「そうか――。とにかく、ユージーンは亡命先のウラノス王国にはいなかった。どこにいたと思う? なんとヘールボップ王国だ。我が家のご主人様は知らぬ間に、帝国と真っ向敵対する北部同盟の盟主に尻尾を振ってたってことさ」
ケネスの手は青白くなるほど膝掛けを握り締めて、その目は怒りに燃えていた。
ここからがケネスの怒りの核心に触れるゾーンだ。史学や地理・地政学を選択したお蔭で、話に出て来る国の背景や位置関係は把握できる。耳を研ぎ澄まして怒りの謎を解き明かそう。
「ウラノス王国の属する東方連合王国は、親北部同盟の立場はとっていても北部同盟そのものには属していない。だから爺さんも親父も、ご主人様がそこにいるならと希望を持ち続けてた。それがどうだ。おまえにも分かるだろ? ユージーンは元から戻る気なんてなかった。最初から完全に帝国と敵対する道を選んでいたんだ。考えてみろ? その場合アップルガースはどうなる? ユージーンが向こうで軍を動かしたら、内応の手引きでもしろと言うのか? 爺さんも親父もそこまでは考えてなかったさ。いつかほとぼりが冷めて、ユージーンの子の代、孫の代にでも帰還が許されればと願っていたんだ」
私は何も言えなかった。
アップルガース家は忠誠を誓った主に裏切られた。ならそこに生じた絶望や怒りは私にだって想像がつく。それは単に怒りなんて一個の感情では到底収まらなかったはずだ。悲嘆して、恨み心も芽生えて、憎しみすら抱いたに違いない。当然だ。自らに落ち度があって切り捨てられるのとは訳が違う。
「俺は一歩引いた立場からずっと見て来て、自分の家の
確かに亡霊だ。この話を聞いてしまった私にとっても、ユージーンの存在は影のようにまとわり付いて来る気がした。
「それでも近頃は、ユージーンに
灰色の目に刺されても、私はここで動じはしない。話は分かる。でも私自身が何をした訳でもない。気の毒には思えても、それは私が謝る筋とは違う。
「私がブランペインを名乗っていたから、そのことが許せなかったということ?」
「ああ。間違いなく俺の怒りの根っ子はそこにあった」
ケネスは指を組んだ上に顎を乗せて、またじっと正面の壁を睨んだ。そうするのはケネス自身、怒りの矛先を向ける先がないからなのかもしれなかった。
「おまえ、さっき俺の怒りの訳を知りたいと言ってたな」
「そう。それを聞きたくて来た。話しが聞けてよかった」
ユージーンが生きていて、それがアップルガース家を揺らし続けた。ケネスは身に覚えのない過去を相手に、自分の家族を過去の亡霊から解き放とうと藻掻いて来たんだ。そしてその中から怒りが生まれた。
「今はまだどう応えるべきか答えが出せないけど――」
「まだだ」
「まだ?」
「ああ、まだだ」
ケネスは正面を向いたまま目だけで私を見た。それから深く息を吸い込んで、重々しく吐き出す。それはまだ怒りを吐き出しきれていないという合図だった。
「根っ子があれば幹も枝葉もある」
噛み締めるように言ったケネスの壁を睨む目が、また沸々と怒りの色に塗り替えられ行く。私は聞いたと思った怒りがまだ根っ子でしかないことをようやく理解した。
「根っ子が過去だとして、それは今話した通りだ。幹は現在。枝葉は未来。その全部をひっくるめて俺は憤激してた。
過去のことで今も怒りが消えないのは分かるけど、未来の怒りは想像もつかない。でも存在するんだろう。ケネスがこうして話そうとするからには。
この時私は少し怖さを感じた。
「過去の怒りはおまえにしてみれば言いがかりに近いものだろうな。何も知らずに育ったというのが本当なら、ユージーンのことも知らなかったんだろ?」
「知らなかった。ユージーンの名前は帝都に出て初めて知った。それからは受験だ何だで調べてる暇もなかったし」
嘘は言ってない。だけどユージーン・ブランペインは私の血の上での父親だ。そのことをケネスに告げるべき?
でもその判断は難しい。ここまで話を聞いて、私が考える以上にブランペインの名が持つ影響は大きいと分かった。そうなると主持ちになった今の私には、自分一人の判断で話していいものか迷ってしまう。それをして万が一にもナディーン様に迷惑がかかったりしたら――。
「怒りの幹は嫉妬だ」
力の籠った声がこちらの思考を断ち切った。同時に驚かされもした。
「嫉妬?」
「そうだ。入学式の日にお前が見せた活躍。俺は実際目にはしてないが、あれだけ噂になればどこまで事実かは想像がつく。西大陸から持ち込まれた訳の分からない魔獣相手に三タテなんて驚きでしかなかったよ。次に呆れて、その後から来たのが嫉妬だ」
嫉妬から来る怒り。つまり根っこには過去のことがあって、そこから今度は私自身の存在が怒りに火を着けた。その場合私が悪? 勿論そうじゃない。ただ、嫉妬する側にとってはそれも無意味な考えだ。嫉妬の対象が存在すれば、もうそれだけで嫉妬から来る怒りも存在してしまうんだから。
「剣十字サロンでそこそこの位置に着けていようと、初見の魔獣三体相手に勝つなんて絶対に不可能だ。しかしそれをおまえはやった。姿の見えない敵と定めて必死に追い払おうとして来たブランペインがだ。俺は腹の底から悔しかったよ」
そういうものなのか。私にはよく分からない感覚だ。
違う――。この分からないという態度がよくないんじゃないの? 知識にしても何にしても、分からないままで済ませていいことはない。私自身が毎日分からないことで苦労してるんだから、そのことに間違いはない。今は分からなくても分かろうとする姿勢が大切なんだ。
フローレは私に怒りの訳を聞いて理解しろって言った。それをしない限り約束を果たしたことにはならないし、私自身も満足なんてできない。なら考えなきゃ。
「怒りの枝葉は――。これは実際、口にするのも悔しいんだが……」
「悔しい? どうして?」
あっ、またやってしまった。どうして? なんて軽々しく聞くもんじゃない。少しは自分の頭で考えろ。
「どうしてだろうな。あんなに嫌ってたのに……。消えてなくなれとまで思ってたのに……」
突然声のトーンが落ちて、鼻にかかり始めた。
どうした急に? 何を泣く?
「おまえが本物のブランペインだったらと思うと」
ケネスは喉の震えを抑え込むようにして声を絞り出していた。一体どんな感情が……。
「信じられるか?」
何を?
「俺は……。俺は自分が嫉妬するほどの力を示したおまえに……、何てこった…………。感じたんだよ」
だから何を?
「間違いなく、希望ってヤツを――。くそっ……」
希望?
それは…………。つまり、どういうこと?
根っ子の怒りは主家であるプランペインの裏切りに対する怒り。
幹の怒りは私への嫉妬から生まれた怒り。
なら枝葉の怒りは?
ケネスはこう言った。私が示した嫉妬するほどの力。それに希望を感じて? それがどうして枝葉の怒り?
いや、待って。ここもっしっかり考えるんだ。間違ってもいいから私なりの答えを見つけないと――。
でも希望が怒りになることなんてある?
理想とか、夢とか、手を伸ばそうと躍起になっても届かないから?
そうじゃない。そんなことじゃない。
「そんなことを思う自分が許せなかった?」
直感で得た答えはそれしかなかった。私もそれを経験した。自分が女と知って覚えた怒りは、自分を許せない思いから生まれたものだったから。
「……そうだ。それまで否定し続けて来たものを呆気なく受け入れた自分が許せなかった」
何てことだ。
人は希望にすら怒りを感じることがあるのか――。
フローレ、今どこかで聞いてる?
人の怒りはこんなにも複雑で、こうして約束通り話を聞きはしたけど、今の私には到底抱えきれそうにない。
「何て言ったらいいのか……」
そんな毒にも薬にもならない言葉を口にするのが精一杯。
「何も言わなくていい」
「でも、言っておかなきゃいけないこともある」
例え再び怒りを買っても。
「何をだ?」
「私はもう主を決めた。だから、ブランペインの再興はこれっぽっちも考えてないってこと」
「分かってる」
分かってる!?
どうしてそんなことが言える?
どうしてケネスは怒らない?
「過去にも、一度だって考えたことがない。そう言っても?」
「ああ。だがそれも、今の内だ」
何だそれは? そんな切り返しは予想もしてなかった。
これ、もしかして文法論的に何かあったりする? それとも修辞学? 確かレトリックとかいう難しい表現方法があるって講義で聞かされたけど、そうゆうのか何かなの?
「どういう意味?」
もっと分かりやすく言って欲しい。私の意志がいつか変わるってこと?
「人生ってのは思い通りに進まない時がある。そういうことだ」
「それはっ……。だとしても私の夢は騎士になることで――」
「そうか。それならそれで、俺の言葉は気にするな」
「どうして? 気になる! ケネスが今口にした希望は、ブランペインがまたカルデネを治めるようになるとか、そういったことなんでしょ?」
「そうだな。間違ってはいない。だが、そうじゃない」
肯定したのに否定した!
もう私の頭の中は疑問符だらけだ。私は文法論が苦手なのに! どうにか分かろうとしてるんだから、もっとはっきり言ってくれないと困る。
「気の迷いだとでも思ってくれ」
気の迷い? そんなのはデタラメ。ケネスは多分、自分で考えろって言ってる。私だってそうしたい。でも今の内とか、そうなのにそうじゃないとか、幾ら考えても何を言われてるのか分からなくて――。
「そう言うなら仕方ないけど……」
「気の迷いついでに――」
ケネスは体の向きを変えてベッドを下りると、突然私の前に
次にケネスは、それまでどこか疲れを滲ませていた声を、嘘のように凛と立てて言葉にした。
「カルデネのケネス・アップルガースはここに誓う。騎士であれ、領主であれ、他の何者であれ。ガラテア・ブランペインが主に相応しい存在であり続ける限り、いつ如何なる時もその求めに応じると」
待て。
ちょっと待て。
そんなのまるで主従の誓いじゃないか!
いや、でも、何者であれと言われてしまったら拒否する訳にも……。
違う違う!
そもそもどうしてこんな話に? 何か誤解があったってこと?
「ケネス。人の話をちゃんと聞いてた? 私は誰の主君になる気もない。そう言ったつもりだったんだけど」
「俺の耳にもそう聞こえた」
「だったら!」
「だが主君になるかどうかは自分で決めることじゃない。望まれてなることが正しい。そうだろ?」
「それは、そうだけど……」
「俺の話を聞いていたなら分かるはずだ。俺はおまえに何を感じたと言った?」
何って……。
「嫉妬して、それから希望を感じた?」
「そうだ。そしてその二つが一つに合わさった時、生まれて来るのが羨望だ。羨望の眼差しに値する相手こそ主に相応しい。そう考えるのは不自然なことじゃないだろ」
それは分かる気がする。私にも騎士として忠誠を尽くすこととは別に、ナディーン様と同じ目線に立って同じ景色を見たいと願う想いがある。明らかに先を行くナディーン様を羨む心が確かにある。それと似た思いをケネスが私に?
「そう難しく考えるな。この誓いは一方的なものだと俺自身理解している。おまえに一瞬でも希望を抱いた自分への、けじめみたいなものだと思ってくれ」
「けじめ?」
「そうだ。だからおまえが俺の誓いに囚われる必要なんてない。おまえは自分の思うおまえのままでいいんだ」
「――っ!!」
その台詞をおまえが言うのか!
私に怒りを覚えていたケネスが、どうして私を愛してくれた大叔父と同じ台詞を言える?
「では我が主君。そう呼ぶのは今だけだが――。これにて御前、失礼します」
「ちょ、ちょっと待って!」
だが待たない。ケネスはそれっきり、待ても聞かずに保健室を出て行ってしまった。
ケネスのやつ、自分へのけじめと言っておきながら、そのけじめに強引に付き合わせておいて……。それで私には思うままに生きろって?
「何だったの……これ」
だってそうとしか言えない。何事も分かろうと決めたその直後に、分からないことを団子にしてぶつけられた。
本当なら話が済んだ後はサロンに合流する予定だったのに、その事すら放念させられて。誰もいなくなった保健室に一人、私は時間を忘れて立ち尽くしていた。
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