第28話 バンダースナッチ
まーた飛んで来たぞ。あたしとスニーが昨日の晩、口酸っぱくして言ったってのに、どーしてガラテアのヤツは手加減をしないんだー? そーゆー病気か何かなのか?
幾ら魔法じゃないったって、魔女が人間に危害を加えるなってんだよ。
いやもうホントマジで。試合とか決闘を通り越してあいつがやってんの傷害レベルだからな?
「チャロ、貴女どう思う?」
「やっべーよー。これ、このまんまかーちゃんに言ったら大目玉だろー? やばいけど黙っとくしかなよなー」
「これを見て黙っておくの? まぁ確かに大目玉ではあるけれど……」
「帰ったら大幅に減点しとけな? スニーの魔法がなかったらふつーに半年寝太郎の大怪我コースだったからな?」
あたしガラテアが魔女になった時、剣と魔法の掛け合わせで凄い魔女になるかもって思ったよ? でもこの手の凄さはちっとも期待してなかったなー。つーかあいつ問題児でしかねーんだけど!? 規格外の問題児のお付きやらされるとかどんな罰ゲームだって話だろっ。
「チャロ! 何か様子が変じゃない?」
「は? まだ何かあんのかよー? もーいーよー」
「違うの。あのケネスって子を見て」
「んー? あ……」
何かいる。何か浮いてる。何だあれ? 体を起こしかけたケネスの周りをぐるぐるって。
こーゆー時は
「何だあれ? 赤黒い精霊に見えるけど……」
「私には霞んでしか見えないわ。隠れる力が強いってことね。それだけでも相当な精霊よ?」
スニーの台詞で嫌な予感がして来ちゃったぞ。やめてくれよなー。
「待てよ待て待て。やばい、あいつ裏返ってる」
「えっ、
邪霊ってのは淀んだ場所で
元々肉体と縁のない精霊は
一つは手っ取り早くそこいらの生物に取り憑くこと。これは
んで、もう一つが自分の魔力で肉体を構築しちまう
「こんな場所って言うけどあれは
特にここアカデミーはまだ心の未熟な子供たちが感情をぶつけ合う場所だもんな。ひねくれたり、そっぽを向いたりして、感情のよどみが生まれるなんてことは簡単に想像が付くってもんさ。でも今回はどうだかなー?
「私にはよく見えないのよ。教えて、何の
「ありゃあ…………
「バン――。やばい奴じゃない! 見えてるなら止めなさいよっ」
「間に合わねー! もう取り憑いた! 今取り憑いたっ」
例えば
けど
うん、この場合は――。
「ガラテアに任せよー」
「へ? チャロ、貴女何を言ってるの?」
そんな顔するって分かってた。でもな?
「だって、あのケネスってのに取り憑いたんなら怒りの矛先は散々ボテクリ回してくれたガラテアしかいないだろー? スニーはガラテアのフォローな。あたしは他へ回るからー」
「他!? 他って何よ?」
その質問も織り込み済みだー。
「気配を感じなかったんだろ? あたしもだ。だったら仕込んだヤツがいるのかも。それにあたしは戦う魔法は使わないんだ。知ってるだろー? だから仕組んだ奴がいないかを確かめに行く」
あたしの魔法は人を喜ばせる魔法。腹がよじれるほど笑わせてとことん幸せにする魔法。子供に夢を、大人に希望を抱かせる自慢の魔法を、誰が戦う為になんか使ってやるもんか。
「でもフォローって言ったって。私の契約精霊は
だぁー! もう、うるさいなぁ!
「おい
「……了解、
「よし、
「分かったから早いとこ行っちゃいなさいよ!」
「あいさほいさー!」
まぁ後は何だかんだスニーが上手くやるだろ。メクセラに言うとあいつあたしと同格ヅラしてガミガミ煩いからなー。
マジな話あたしの方が全然上なんだぞ? メクセラなんかとは年季が違うんだよ年季がさー。て言っても口では敵わないんだけどな。それにあいつ直ぐにチクるからめんどくせー。
さて、とにもかくにも犯人捜しかー。これでただの自然発生だったらスニーのヤツ怒るんだろーなー。柄にもなくどやし付けちゃったからなー。
頼むからいてくれよー。おーい、犯人やーい。
***
ああっ、もう! チャロったらよくも投げっぱなしで飛んでったわね。
ガラテアに任せる?
はっ、ご冗談! あの子はまだお使いレベルのぺーぺー魔女よ?
実際ガラテアは
ただチャロが「バカの一つ覚えでいい」って言った意図は私にも分かる。
裏返った怒りに対抗できる感情をリリースしてぶつけて行くのも手ではあるけど、徹底的にセデーションをかけて
「そうなると問題はガラテアの素養よね」
そこで必要になるのが魔法の重ね掛け。通常シングルのものを
ガラテアの
「だとしても
私がガラテアには無理だと言い切ってしまえるのはそこなのよ。
仮に、
でも、そんな予測だけで位階が上のチャロの指示を無視するって訳には行かないの。魔女って聞くと気ままに思う人がほとんどだろうけど、こう見えて実は結構世知辛いのよ。
まぁやれるだけはやってみましょ。
そろそろバックアップしてあげないと、あの子ったら周りの被害を気にして自由に戦えていないようだし。
***
びっくりした。何これ?
今日までの人生で初めて「くたばれ」とか言われちゃった。もう何が何やら訳も分からないまま第三ラウンドへ突入――みたいな流れになってる。
「おいっ、ガラテア!」
「来ないでフレディ! 何だか面倒臭いことに――」
「ケネス! やめるんだっ」
「ダメッ! レイモンド先輩も離れて下さい! 誰も近付けさせないでっ」
私は舞台に駆け上がろうとする二人を即座に制した。
私とケネスの組み合わせならどうせ果し合いの延長線上なんだから、フレディやレイモンド先輩には見学者の安全を確保して貰った方がいいに決まってる。
「ガラテア!」
その声は姫君! ああっ「ガラテアさん」じゃなくなってるのがすっごく嬉しい! 勇気凛々、元気百倍!
「ナディーン様! 私は大丈夫です。サロンのみんなと安全な場所まで離れてて下さいっ」
本当に大丈夫?
問題ない。大丈夫だ。
心の中の自分に問えば、揺るがぬ自信がこだまする。
何がどうなって豹変したかは知らないけど、ケネス・アップルガース、おまえには最初からキッパリと分からせてやるべきだった。
「おい、ケネス。おまえが何と言おうと私はガラテア・ブランペインだ。しかもただ一個のブランペインじゃないぞ? 私はいつだって大叔父様と一心同体。一人で二人のブランペインなんだっ!!」
イタチのように動き回るクセに唸る刃鳴りを聞けば相当重い。当たれば今度はこっちが吹き飛ぶ番だ。勿論当たらなければいい。
――ならその為にはどうする?
分かってます、大叔父様。
「第十七攻、
先ずは一定の距離をキープして相手のリズムを掴むこと。それに慣れたら紙一重で躱しながら内懐に飛び込んで行く。
ガツンッ――。
誘うように繰り出せば予想通り凄い力。ケネスの五体は今では異様に筋肉が盛り上がって、背丈は倍にも見える状態だ。その高さから打ち下ろされる一撃は錘の中心に通す細い軸部分を衝撃でへし折った。
「よしっ」
「何がよしだっ、へし折られてんじゃねーか!」
叫んだのは舞台脇を走るフレディ。
「うるさい! フレディは周りの安全確保に集中してっ」
錘を失った
「ほらほら、どうした!? 追い付けてないぞ。また足を払われるのが怖いのか?」
「
言ってることもそうだけどこのケネス改、見た目通りもう人間じゃなくなってる?
割れ鐘のような声と一緒にフシューッフシューッて吐き出されるのは煙のような吐息。それって何?
灰色だった瞳は黒く沈んで白目の部分なんか真っ黄っ黄だ。
浮き上がった血管。筋肉で膨張した体。内側から裂けた制服。一目見て異常を察してはいたけど、この異常さって人の中から出て来たものじゃない。
「おまえ、取り憑かれたのか!?」
「ダったらどうシタ! オッ、オッ、オレの怒りを喰らえ――!!」
大振りは怖くない。だけど一振り一振りかなりの圧で煽られる。
それにしたって一体何の悪霊憑きだ?
煙を吐いてるけど
「なら殴るか――。思いっ切り殴って昏倒させてやる!」
横からの大振りをバックステップで躱して、切り返しの飛び込みから真っ向額にハンマーの柄を叩き付けた。
パキンッ――。
乾いた音がして木製の柄は完全敗北。そこへ反撃の前蹴りが伸びて来て、普通ならまともに食らいそうなカウンター。でも甘い!
「二十一攻、
凝縮した
真騎士道の一手を使って相手の動き出しに重ねた防御行動。それで咄嗟に足首を掴んだけど、掴み損ねそうになるほどぶっとい! 衝撃は逃がせても勢いまでは止められなかった。後方へ飛ばさると同時に風圧で表情筋が波打つ。
「きゃああ――!!」
私の悲鳴じゃない。騎士は悲鳴なんか上げたりしない。
舞台から飛ばされて着地と同時に後転した時、背中が誰かに当たった。振り向くと周り中に見学の生徒たち。
「どうしてまだここに。早く庭から出て下さい!」
大声で呼びかけても右往左往するばかり。こんな状態じゃ戦えっこない。
「おい、ガラテア」
「フレディ! 何やってる。早くみんなを避難させてっ!」
「簡単に言うんじゃねぇ! 庭の真ん中で暴れられちゃ回り込んで門に向かうのも一苦労なんだよ! 特に北斗サロンは女所帯だ。そうでなくてもケネスの野郎の変貌ぶりにみんなビビっちまってるからな。てゆーかあれ本当にケネスか?」
「それは私も疑ってたところ」
参った。フレディの指摘通りナディーン様のサロンは七割が女生徒。剣十字サロンの比率が逆でもこの場の半数が女性だ。その上誰もが戦い慣れてる訳じゃない。剣十字サロンのメンバーにしたってあんな怪物じみた相手は初めてなんだろう。彼らが前列に立って盾になってくれてる状況なら、これ以上文句を言っても始まらないか。
ん? 待って。この状況、別に門を目指さなくったって――。
「そうだ。だったら小宮殿の中に」
「それも無理なんだガラテア君」
「レイモンド先輩。どうしてですか?」
「小宮殿は迎賓用の施設だ。他と違って申請すれば利用許可が下りる訳じゃない。今回は庭だけの許可だから、建物はどこも厳重に鍵がかかったままになってる」
本気で言ってるの?
「何言ってるんですかっ、そんなの壊せばいいじゃないですか!」
「壊す……?」
何だその顔は。三大騎士団とか言ってるクセに、今この状況で騎士のすべきことが分かってないの? ここは安全が最優先でしょっ。
「やべぇ! 突っ込んで来るぞー!!」
「――っ!!」
話に気を取られてる間にケネス改が動いた。まずいっ、この場に飛び込まれたら誰一人無傷なんて訳には――。
「うわおわぁぁああーー! ガラテアたんのピンチにボクチン参上ーー!!」
奇声を上げて躍り出たのは卵型のシルエット。
は? 何をやってるんだ太っちょ君! そんな無策に突っ込んだりしたら――。
ボコーン――!!
「へぶむぅ!?!!」
ケネス改の進路上に飛び出した謎の二年生。その卵型の体はボールのように宙を舞って、私の腕の中に飛び込んで来た。
「大丈夫ですか!?」
「ボクチン大勝利…………」
「寧ろ大敗北ですよ!?」
ケネス改の膝がめり込んだのか、顔面を陥没させて凄いことになってる。
「と、とにかく二人とも! 扉でも窓でも何でも壊して、みんなを中に避難させて! 卵先輩も連れてって」
「おまえはどうすんだ!?」
「どうするって? 何とかするに決まってる!」
私が迎撃に向かうと、直ぐに背後でレイモンド先輩とフレディの避難誘導が始まった。
とにかく避難が済むまで私一人で押さえ込むしかない。切って捨てていい相手なら楽なんだけど……。
――斃すばかりが騎士の戦いではない。牙を抜き、制圧しろ。
分かってます大叔父様。問題はケネス改が結構な数の牙を持ってるってことなんです。
俊敏な足。私ですら油断をすれば吹き飛ばされる剛力。急所打ちを阻む肉の壁。上背や体重差もそれだけで向こうの分になる。そして文字通り大口開けた中に覗く虎のような牙。
「
相手の直進にこっちも直進で対抗。
腓腹筋、ヒラメ筋、長趾屈筋と、ふくらはぎに密集する筋肉に
既に得物を失くしているから、ケネス改が振り回す
「
唸る初撃を掻い潜ってリーチを殺すインファイトへ。相手の手首から肘に狙いを定めて剣の動きをコントロールして行く。受け手に角度を付けて振り下ろされる刃を安全圏に逸らし続ければ、ケネス改は焦れて攻撃は荒くなる一方だ。
そうやってどうにか舞台辺りまで押し戻した時、鼻の奥を強い臭気が突いた。
「ん? この臭い。スニーの煙草?」
そういえば昨日、チャロとスニーはこっそり様子を見に来るって言ってた。
覚えのある臭いの元を探ると、遠くから煙の筋が延びて近くにまで漂ってる。よくよく見るとそれは文字だ。細かいけど煙が文字を綴ってる。
ケネス改の側面に回り込みながら煙の端に触れると、煙は蛇のように腕を伝って耳の中に流れ込んで来た。
「よく聞きなさいガラテア」
「スニー!?」
「今貴女が相手しているのは
「フローレ? それって怒りのフローレ?」
「
「待って待って! もっとゆっくり!」
けど耳に流れ込む煙は一方的にスニーの声を流して行くだけ。そこへケネス改、改めバンダースナッチが攻撃を仕掛けて来るんだから、話を聞くのも楽じゃない。
「フローレの力を借りなさい。アカデミーには感情の精霊がどこにでもいるわ。バンダースナッチが怒りを撒き散らしているからフローレたちも興味を引かれて集まって来ている。それを見つけて頼むのよ」
戦いながらフローレを探せって? 見たこともない精霊なのに。
「使う魔法は
見たこともない精霊に使ったこともない魔法。できるのそんなの?
でも、怒りを鎮めることでどうにかできるなら、それは悪霊憑きになったケネスを無傷で元に戻せるってことになる。
このまま巻き返して騎士の力でボコボコにすることも難しくはないけど、その場合それなりの怪我を負わせることになるし、下手をすれば死なせてしまうことだって無いとは言い切れない。
「ならここは魔女の戦い方で行くしかない。ソーニア! ペペリット! 力を貸してっ」
ばぁぶぅ! きゃっ、きゃっ――。
「仕方ないわね……」
両肩に姿を見せたのは私の可愛い契約精霊たち。いっつもニコニコごきげんな
二人とシンクロすることで私は既に幾つかの魔法が使える。魔女の館でステラたちと修業して来た成果だ。
「
チャロが用意してくれた魔女の
筋肉疲労を緩和して運動能力のピークを維持する
「ソーニアは
「……いいわ、やってあげる」
「ありがとう。そしたらその間に私は
ソーニアに頼んだのは闇の精霊が得意とする空間魔法――数メートル範囲で短距離テレポートをする
身体能力を向上させてバンダースナッチの相手をしながらフローレを探す。ながら戦闘のリスクヘッジにはソーニアが制御する
「さぁ、精霊探しと悪霊退治の同時進行だ」
***
中々の対応の速さだわ。
私からのメッセージを受け取ったガラテアは、即座に騎士から魔女の戦いに切り替えた。それだけでも加点に値するわね。
「あら、あの子もう重ね掛けができてるじゃない」
これも加点。
ん? 待って。てっきり二体の契約精霊から一つずつ魔法を引き出すのかと思ったけど、あの子今、幾つの魔法を重ねてるの?
身体能力のバックアップに
「合計五つ。これはちょっと驚くわね」
しかも流れるように五つの魔法を使って見せた。
闇の精霊は特に面倒臭がり屋が多いから、
「よっぽどマメな
何にせよ更に加点ね。この調子で加点して行ったら今回の大幅な減点も帳消しに――。いえ、それはないけれど。団長はガラテアの成長を楽しみにしているから、このことを報告すればきっと喜ぶに違いないわ。チャロには悪いけど、今度の件は握り潰さずに、大目玉覚悟できちんと報告することにしましょう。
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