第25話 剣十字サロン

 デスピナと別れた私はその足で昨日の内に指定されていた場所へと向かった。勿論フレディも一緒だ。

 アカデミーの敷地は大きく四つに分かれている。

 先ずは講義棟や学生寮のある主要区画。そしてその東側に職員や大学生の住まいが並ぶ居住区画。同じく西側には大学部の畜産棟や研究農園。残るは北側に広がる広大な管轄林だ。

 この内管轄林にある各種施設がサロン活動の主要舞台になっている。


「ここが裏手門か。フレディはこの先に入ったことある?」

「いや、ねーな。まだ碌に主要区画も回ってねーよ」


 五限目の実践格闘が行われていた西運動場の真北。そこにある裏手門は正門にも負けない立派な造りをしていた。

 門を抜けると散策にうってつけの森の小道。やがて森が開けると、両側の植え込みを奇麗に刈り込んだ石畳に変わる。ややもすると円形の広場に出て、そこからまた十本以上の道が延びていた。


「あそこに案内板があるみたい」

「管轄林全体の案内図だな。噂には聞いてたがこりゃ相当広いぞ」


 広場の一隅に真っ赤な魔女のポストが置かれていて、その隣りにこの案内図。フレディの言う通り山と森、川に湖といったものが枠の中目一杯に詰め込まれた絵地図になっている。


「この広場からのほとんどの道が建物の絵で行き止まりになってるけど」

「コテージだな。サロン活動のメイン会場だ。サロンは学内に幾つもあるから、コテージの数もそれだけ多いってこった」

「こっちの一回り大きなのもコテージ?」

「それは迎賓用に使われる小宮殿だろ」

「北側の建物の先にあるのは?」

「競技場とかだろうな」

「東側に広い公園みたいなのもある」

「それも競技場。ゴルフコースだ」

「ごるふこーす?」

「おまえホント何も知らねーよな。てゆーかよく見ろ。絵には番号が振ってあって、地図の下に説明が書いてあんだろが」

「うるさいな。聞きたかったの!」


 案内図で確認できたものは次の通り。


 コテージ十二棟。

 フレディが小宮殿と言った番号はアカデミアガーデン。

 ペントハウスとゴルフのハーフコース。

 十六面のテニスコート。

 馬術競技場。

 ポロ競技場。

 競技用馬の厩舎。

 ボートハウスと人造湖。

 五箇所のキャンプスポット。

 戦いの草原、探索の森と銘打たれた広大な競技フィールド。

 思索の森と記された、こちらも広大な遊歩道。


「これが全部サロン活動で使われる施設ってこと?」

「大方はな。この二つの競技フィールドは学期末なんかに実践教習科目の試験会場として使われるって聞いたぞ」


 なるほど。野外での実践的な戦闘技能をここでテストする訳か。これだけ広いとフィールドを把握するだけでも大変そう。


「知ってるか? このアカデミーがある場所は昔、三大騎士団の一つ、ハリン騎士団領があった場所なんだぜ」

「三大騎士団?」


 騎士のことなら興味はあるけど、まったく耳に覚えがない。


「それも知らねーか。ハレー、フェイ、ハリンて三つの騎士団が帝国軍の大看板なんだよ。ここは帝国が南伐を戦ってた頃にハリン騎士団が拠点にした場所で、正門入って真正面の円形教室や天文台は城の仕切壁クロスウォール門塔バービカンを利用して造られてるんだ」

「ああ、前庭の花時計の背景になってる建物でしょ? 確かにお城っぽいなって思った」


 アカデミーの正門を入ると先ず目に入るのが開花時間の異なる花を時計回りに植えた大きな花時計。その後背にドンと構えているのが両端に門塔状の建物を持つ城壁を彷彿とさせる建物だ。壁の一階部分は吹き放しのピロティになっていて、そこを潜ると過日入学式の行われた大講堂に出る。


「そのハリン騎士団はどこへ行っちゃったの?」

「南部の併合が終わってからは東に移ったよ。今もそこに騎士団領があるぜ。その場所は元々メテオリリーマ魔女団領って言って、百年前までは大勢の魔女たちが東部戦線を支えてたんだ。ま、ちょっとした伝説だよな」

「メテオリリーマ魔女団!?」

「お? 何だそっちは知ってんのか?」


 ステラたちの魔女団だ。人助けをする魔女たちが戦争に加わったなんて話は聞かされたことがない。たけど、長く生きていれば色んなことがあるんだろうな。アカデミーでの生活が落ち着いてきたらチャロやスニーに聞いてみよう。


「そう言えばカーブラック家って魔女とは色々と関係があるんでしょ?」

「どうかな。まぁうちが治めてるアイガイオン州には魔女大公領があるから、それなりだろうが。確かに時折、先代公爵の爺さんを訪ねて魔女が来ることはあるみたいだぜ。俺の魔法の適性を見るのにも大公領から魔女が来てくれたからな」

「それってステラ?」


 素朴な疑問のつもりだったのにフレディったら目を丸くした。


「そんな大物来る訳ねーだろ! 魔女大公その人じゃねーか、バカ」

「バカッて言うな」

「うるせぇバカ。俺の時は確か水盤の魔女ジャメブーデジャブーって小柄な魔女だったな。名前は忘れた。才能がないって言われて魔法にも魔女にも興味をなくしちまったからな」


 ふーん。水盤の魔女ジャメブーデジャブー? 誰だろう? 何しろ魔女の館には大勢がいたし、呼び合うのは名前で魔女名じゃなかったからピンと来ない。


「えっと、ナディーン様は三番のコテージって言ってたから……あっちだ」

「おい、待て。そこの女」


 後から知らない声がしたけどナディーン様を待たせる訳には行かない。


「おい、呼んでんぞ」

「探してるのは女の人でしょ」

「だからおまえだよ。今この広場に女はおまえだけだ」


 そうだった。私女だった。男気質のリバウンドでたまにそのことを忘れる。


「私に何か?」


 振り返ると見覚えのない男子生徒が二人。襟と袖の二本線は二年生だ。


「青い髪の一年。ガラテア・ブランペインってのはおまえだろ? 昨日は入学早々、魔獣相手に大活躍したって? どんな手品を使ったんだ、ガラテア・ザ・モンスターキラー」


 その恥ずかしい称号を持ち出すな。床下収納にでも仕舞っとけ。


「手品じゃない。普通に戦って倒した」


 浅黒い肌をした背の低い方に言い返すと、隣りのブロンドのっぽが口笛でいい音色を鳴らした。 


「それが事実なら、是非僕たちのサロンにお誘いしたいね。僕はレイモンド・ル・フェイ。剣十字サロンを主宰している。腕を磨くにはうってつけのサロンだよ」


 剣十字サロン? 何だかカッコイイ響き。そんなサロンがあったのか。でもこっちはとっくに先約済み。


「俺はケネス・アップルガース。おまえ、カルデネのアップルガース男爵家は知ってるか?」


 また背の低い方が口を開いた。カルデネ? 私の故郷だけど。


「知らない。私はクレサークの片田舎で育った。他所のことは何も聞かされてない」

「クレサーク? そんなド田舎、ブランペインには縁もゆかりもないだろ? それにアップルガースはブランペインの譜代の家臣だったんだ。それを知らないだと? さてはおまえ、騙りじゃないのか?」


 は? こいつ、今言ってはならないことを口にしたぞ。絶対に許さん。


「抑えろガラテア。金髪の方の襟章ピンバッジ、ティターニアはフェイ騎士団の紋章だぜ」


 耳打ちするフレディの言葉には覚えがあった。


「それってさっき言ってた三大騎士団の?」

「ああ。三大騎士団は代々ハレー家、フェイ家、ハリン家が騎士団長を務めてる。各団長は伯爵。代を譲って引退すれば侯爵になって、フェイ家の場合は紋章がオベロンに変わる。ティターニアってことは現団長の何番目かの息子だろう。相当やるだろうし、向こうに回していい家門でもねーぞ」


 なるほど分からん。とにかくブロンドの方とは揉めるなって話か。それならそれで構わない。どっちにしろ私の言うことは決まってる。


「サロンの件はお断りします。私は既にナディーン様の…………えっと、なんちゃらサロンに……」


 ド忘れした!


「北斗サロンだよ」


 さんきゅーフレディ!


「そう、北斗サロンに入ることが決まってるので」

「そうなのか。それは残念だ。でも所属サロン以外に出入りすることは決して禁止事項じゃない。僕もナディーン様のサロンにお邪魔させて貰ったことがあるからね。気が向いたらいつでも来てくれ」


 浅黒い方と違ってのっぽ先輩は当たりのいい人だな。


「それなら考えておきます。けどその前に私はそこのケネス・アップルガースに言っておくことがある。おまえ、私を騙りとか言ったな? それを今この場で取り消せ」


 私が半歩踏み込むと、ケネスも同じように踏み出した。その挑むような態度もまったく気に食わない。何なんだこいつは?


「取り消してやってもいい。だがそれにはお前がブランペインのどの血筋かを明かして貰わないとな」


 ふざけたことを言い出したぞ。


「おまえにそれを要求する権利があるとは思わない。アカデミーとは私の後見人との間で話が付いてる。だからおまえは私に取り消すとだけ言えばいいんだ」

「断る。ブランペインの名はアップルガースにとって、引いてはカルデネやワズンの民にとって血と歴史に刻まれた重い名だ。取り消させたいなら今ここで血筋を証明して見せろ」


 もし今、腰に剣をいていたなら握りに手をかけたかもしれない。けれど同じ気配がケネスからも漂っていた。それくらいブランペインの名に固執するものがあるってことか――。


「よーし、ガラテア、そこまでにしとけ。おまえが暴れると色々洒落になんねぇからな」

「ケネス。君もそう構えるな。相手は一年生じゃないか。しかも可愛い女生徒さんだぞ」


 割って入って来たのは構わないけど、一つ訂正しておく必要がある。


「そこ、可愛いとか言わない。私はカッコイイを目指してるんです」

「それは……すまなかった」


 しかし、そうは言ってもお互いに退ける状況じゃない。プライドが後に退かせないでいるとフレディが、


「よし、分かった。後日果し合いってことなら文句ないだろ?」


 果し合い? その響きは好きだな。そーゆーのもありなのか。


「それは名案かもしれない。双方の立会人もここにいることだし。明日、五限終了後にアカデミアガーデンの前庭というのはどうかな? ケネス、君はどうだ?」

「……分かりました。俺はそれで構いません」

「ガラテアもいーよな?」


 寧ろ好都合だ。このまま始めてしまったらならず者の喧嘩扱いで、処罰は免れないところ。正々堂々の場を整えてくれるなら願ったり叶ったりだ。


「分かった。果し合いの内容はどうなるの?」

「ちょっと待ってろ」


 フレディとレイモンドが協議した結果、運動場倉庫にある教習用の武器なら自由に使っていいことになった。


「三本勝負。二本先行。決定打の判定は僕とフレディ君の双方が認めた場合に限る。引き分けはなし。ガラテア・ブランペインが勝利した場合、ケネスは発言を取り消し、以降の追及も一切しない。ケネス・アップルガースが勝利した場合、ガラテア君は彼の要求に応じる。双方この条件で問題ないかな?」

「ない」

「俺もありません」

「よし。学校側には剣十字サロンの活動として場所利用と武器使用の申請を出しておこう。その関係で当日はメンバーの見学があることを了解しておいて欲しい。いいかな? ガラテア・ブランペイン君」


 私が負けることはないから誰に見られていようと問題ない。


「私は何でも構いません。でもいいんですか? 負けて恥をかくのは先輩のお仲間さんですけど」

「何だと貴様!」


 ケネス・アップルガースは気ばかり逸らせて、まるでよく吠える犬みたいだ。ふん、喧嘩を売る相手を間違えたな。明日もまた吠え面をかくことになる。


「あー、もうよせよせ! 明日やれ明日! おい、ガラテア。話が決まったんなら行くぞ。それともこのまま姉貴を待たせとくのか?」


 そうだった! 肝心なことを忘れていた。こんな場所で油を売ってる場合じゃないんだ!


「行くっ、直ぐ行こう。走るぞフレディ!」

「走んなバカ! こっちはおまえのマッサージで体中いてぇーんだっての!」


 反転からの急発進。風切って石畳の小道を駆け抜けた。やがて石垣の合間に小洒落た生垣のアーチが現れて、潜った先は左右に池のあるお庭。正面には二階建ての立派なコテージが建っていた。

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