第17話 魔女になったガラテア 3
完全に音が消えて辺りに静寂が落ちた時、そこにはもうステラやパナイースの気配もなくて、恐る恐る目を開けると辺り一面真っ白な世界。他の色と言ったら自分自身と、足元に描かれた
「えっと、目玉に魔力を移すイメージだっけ」
ステラが見せてくれた青く輝く波動受容体。それを意識した途端、頭の中にうねりを感じて、訳もなくそれが魔力だと理解した。
自分の中の魔力を認識できたら次にやることは決まってる。教わった通り受容体から両目に向けて魔力を流し込む想像を試してみることだ。
「わわっ、何だか不思議な感じ。これが
一瞬視界がボヤッとして、白かった世界に薄っすらと微かな青味が滲んだ。
さあ精霊を探そう。
次のステップへ進もうと首を回したら途端に違和感。髪が何かに引っかかったみたい。おもわず襟足に手を回すと。
……いる!
物に触れた感じじゃない!
適当に括った髪の裏側にこう、あったかい何かがいる!
きゃっ、きゃっ――。
赤ちゃんのようにあどけない声。そっと手の平に包んで胸の前へ持って来ると、
「可愛い! 君はだぁれ?」
ばぁぶぅ、きゃっ、きゃっ――。
真っ白な産着を着てクリックリの髪をした姿。全身から太陽の光にも似た淡い金色の光を放って、その輝きに包まれた両手はジンジンと、見る間に赤く、血行をよくして行った。まるで手の平の細胞一つ一つが叩き起こされて行くみたい。
「私はガラテア。君が私と契約してくれる精霊さん?」
ちゃぁぁい、きゃっ、きゃっ――。
すっごい笑顔。それ自体が魔法のように心を捉えて離さない。
可愛すぎて胸が苦しい!
初めて赤ちゃんを抱いた時の母親もこんな気持ちになるの? 私、この子大好きだ。
ムズムズと湧き上がる名前のない感情。ふわふわした気分でいたら、それをひっくり返すように、白かった世界に突然重苦しい影か差し込まれた。
「え、何? 急にどうなっちゃったの?」
赤ちゃん精霊は変わらず手の平の揺篭で笑ってる。でも辺りは黒に近い灰色一色。これは――。
もう一人の精霊の仕業?
「ねぇ、どこにいるの? こっちへ来て姿を見せてよ」
「……や」
ええっ、拒否された? 今「いや」って聞こえたような……。
「どうしてヤなのかなぁ? 私は君とも仲良くなりたいんだけどなー」
「……うそ」
またも突き付けられる拒絶。
どうして?
精霊は好きで寄って来てくれるんじゃなかったの?
「嘘じゃない。嘘なんてつかない。私は騎士だから、絶対に嘘はつかない」
絶対に……?
筆記試験で
大体今はそんなこと考えてる場合じゃない。
「貴女ペペリットが好きなんでしょ……。ソーニアのこと嫌いなの。だからソーニアもキライ。いまキライになった」
ペペリット? それは確か誕生霊って呼ばれてる生命の上位精霊の名前。そしてソーニアは闇の上位精霊だ。この暗がり、ソーニアが呼び出した闇?
「えーと、そっか。でも嫌われちゃったら寂しいな」
「…………」
無視――。
何にせよ色々分かったことがある。私の手の中の赤ちゃん精霊。これがペペリット。そして隠れたまま姿を見せてくれないのがソーニア。先にペペリットを見つけたからなのか、ソーニアのおヘソが曲がっちゃったみたい。困ったな。
「でもほら、きっと三人で仲良くした方が楽しいと思うよ? ソーニアもそう思わない?」
「…………」
沈黙が痛い。でもステラもパナイースも手伝ってくれる訳じゃない。私がどうにかしないと。
「それにほら、ペペリットを見て。赤ちゃんなの。だからソーニアがお世話を手伝ってくれたら私はとっても嬉しいし、助かるんだけどなぁ」
「……ソーニアがお姉ちゃん?」
反応があった!
「そう、ソーニアがお姉ちゃん。ペペリットもね、今とっても嬉しそうにして笑ってるよ?」
「……ホントかしら?」
するとペペリットを捧げ持つ腕の死角からにゅるん! 影が蛇のように流れ出て、両手で作った揺篭の縁に小さな手を引っかけた。
「あらホント、笑ってる……。嘘ついてなかったのね……」
「私を選んでくれたんだもん。嘘なんてつかないよ。これからもずっと」
無表情な顔を少しだけはにかませて、黒い肌の黒いおかっぱ精霊は、それでも中々私と目を合わせようとはしてくれない。ひょっとして照れてるのかな?
ともあれこれで両方の精霊を見つけることができた。気難し屋のソーニアが気を変えない内に、契約の申し入れを済ませてしまおう。
「それじゃあ二人ともお願い! 私と、ガラテア・ブランペインと結婚して下さいっ」
ばぁぶぅ、きゃっ、きゃっ――。
「…………ケッコン?」
……ん? 何か違う。
「あっ、間違えた! 契約! 契約ね!? ほんと何で間違えたんだ私は。ごめん、ペペリットを見てたら契約が婚約で結婚とこんがらがっちゃったみたい」
恥ずかしい! 今ここにいる中で私の頭脳が一番幼い気がして来た。
「……そそっかしい」
「本当にね……」
仰る通りでトホホでしかない。
「いいわ……、貴女ほっけとないからソーニアが契約してあげる……。それから……ケッコンもその内にね……」
「はい……。ありがとうございます。ふつつかものですがどうぞよろしくおねがいします」
お情けで契約して貰った感が半端ない。この先どうやって挽回しよう……。
でも、どっちも優しい精霊だ。
「仲良しになって、たくさん魔法を覚えて、三人で楽しくやって行こう」
愛苦しいペペリットは勿論、ジト目でへの字口のソーニアも、口振りを他所にピッタリくっついて離れない。
だからきっと仲良くなれる。
「貴女が魔法を使うのはまだまだ先の話よ」
「うん?」
言ったのはステラの声だ。いつの間にか周りは雑然とした部屋に戻ってて、足下の魔法円も奇麗に消え去っていた。
「うわっ、貴女本物ね! ペペリットじゃないの。魔女でもペペリットは中々引けないのよ?」
「そうなの?」
数ある精霊の中でも生命の精霊は上位下位を問わずとても希少なんだとステラは言った。もし仮にそうでなかったら、世の中の医者の数や地位はどれも低いものになっていただろうとも。
「ラッキーね。ペペリットの魔法には
「歳を取って行ける? 不老になる魔女が歳を取れてどうラッキー?」
「貴女が心配していた身長を伸ばすこともできるってことよ」
おお! そんなことが。
それは本当にラッキーだ。魔女になって成長が止まってしまっても、魔法の効果でなら背を伸ばすことすらできる! 凄い凄い! ペペリットに来て貰えて本当によかった。
「持ってるわねー。でも、ここで持ってるもの全部吐き出して、後は転がり落ちてくだけなんてオチはなしにして頂戴よ?」
「あはは……。そこは善処したいけど、それよりほら、ペペリットだけじゃなくてソーニアもいるよ。ソーニア、姿を見せてあげて」
お願いすると姿を消していたソーニアが肩の上に現れた。足をぶらぶらと座ったまま、おかっぱの前髪の下からジト目でステラを睨んでる。
「あらやだ、闇の精霊を引いたの? まーた辛気臭いところへ行ったわね。貴女、暗い森の暗黒騎士にでもなるつもり?」
「あ、ちょっと、そういうこと言うと……」
遅かった。ムスッとしたオーラが膨れ上がって、ソーニアの口から吐き出されたのは闇の塊り。それはステラの顔面を直撃して、ドドウッと倒れ込んたと思ったらそのまんま大鼾を掻いてムニャムニャムニャ――。
「えっと……。パナイース、これは?」
私悪くないよ? 何もしてない。
「闇の魔法、
「なるほど。でも今のは私がやった訳じゃないからね?」
「はい。ソーニアが勝手にやったことです。今はお母様がおねむですから、魔女名と
なら、ひと先ずはこれで解散か。ん、待って。
「魔女名ってどうやって決めるの?」
「先輩の魔女に決めて貰います。誰でも構わいませんけど、せっかくですからお母様に頼むといいですよ」
ステラに? だとしたら
「あと
「そうです。それも魔女名と一緒に決めます。ワンドは一度決めると変更できませんし、ワンドを持たずに魔法を使うこともできなくなります」
それも妙な話だな。
「どうして?」
「魔女の制約です」
「制約?」
「はい。魔女の魔法は強力ですから、悪いことに使ったりした時にはワンドを取り上げて罰を与えるんです」
そういうことか。確かに聞いただけでも魔女の魔法は人間とは比べ物にならない。扱える精霊の数が違うってだけでそれは分かる。
パナイースはステラをクレイジーキルトのソファに寝かせると、向かいのソファに腰を下ろした。肩にかかっていたプラチナの髪が絹糸のように流れて、思わず目を奪われる。
「制約のワンドは唯一無二。魔女名は
「体の一部がワンドになるの?」
私はパナイースの隣に座って質問した。イマイチ想像がつかない。
「ワンドの創造は多分に魔法的な現象ですから痛みも何もありませんよ」
「そうなんだ」
「はい。そして出来上がったワンドはここ、魔女の館の秘密の小部屋に仕舞います」
「え? 仕舞っちゃうの? だって、それがないと魔法が使えないんじゃ……」
パナイースはニッコリ笑って首を横に振った。
「真のワンドは門外不出。普段魔女が持ち歩くのは影のワンドです」
「影のワンド?」
最早鸚鵡返しのオンパレード。
「そうですね、例えばお母様のポイ。いつも銀製の愛用のポイを使っていますけど、本当はポイなら何でもいいんです。世界中のポイが真のワンドの影なんです。それは明日作られるポイでも同じこと」
「へー!」
「でも真のワンドを封印すれば影のワンドも一切機能しません。だから悪いことに魔法を使っちゃダメですよ?」
「それはしない。絶対しないって約束する」
私は魔女になったけど騎士だ。進むべき道は真っ直ぐで、だから悪いことは絶対しない。
「ところでパナイースのワンドって拳じゃなかった? 秘密の小部屋には拳が仕舞ってあるってこと? もし封印されたらどうなるの?」
「魔法的に切り出した肉体の一部ですから、ちゃんと拳が仕舞ってありますよ。そうですねぇ、もし封印されたら拳を握れなくなると思います。ジャンケンしてもパーとチョキしか出せなくなっちゃいますね」
「その時は私もグーを出さないでおいてあげる」
トンチンカンな答えに二人して笑って。そこへステラが鼾で相槌を打ったもんだからまた笑った。
「おめでとうガラテア。あとは魔女名とワンドさえ決まれば貴女も晴れて正式な魔女です。魔女の最初の
「マガデイム?」
「はい。それが全ての魔女のスタートラインです。これから先の活躍によって、もっと上の位階へ昇って行くこともできますよ」
位階は魔女の肩書みたいなものかな。早速
「ちなみに聞くけど、ステラやパナイースの位階は何?」
「お母様の実力は既に位階を逸脱しているので、名誉位階として
なるほど、爵位になっているのか。
私の位階が騎士爵なら、その上は差し詰め
「でもここのみんなを見てると、取り立てて位階を気にしてる風でもないみたいだけど」
魔女は誰も彼も仲良しで、仲が良すぎて喧嘩みたいなこともあるけど、縦繋がりよりは断然横繋がりだ。
「そうですね。私の位階は古参くらいの意味ですし、
腕っこき? 爵位と比べると随分急に砕けちゃった。
「
「店番!? じゃ、じゃあ
「うーん、
「騎士なのにお使い!?」
そんなバカな!
これは地位向上の為にも頑張る必要がありそうだ。
魔法のことは全部がこれからだけど、命を救ってくれた
「魔法が使える騎士か――」
うん、悪くはない。
それにしても私の身に起きたことを大叔父が知ったらどんな顔をするだろう? びっくりするのは当然として、大叔父のことだから「魔法より筋肉だ」なんて言い出すかも――。
そんな想像に含み笑いをしていると、パナイースが何事かと目を
何にせよ、こうして笑えてしまえば未来は明るい。魔法のことも、アカデミーのことも、何だか楽しみになって来た。
「よーし、私はやるぞ。苦手な勉強もちゃんとやって、目指すは大魔法騎士だ!」
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